第20話 いざ、ピクニックへ

 ――という話をファルスとしたのが昨日のこと。


 ファルスの予想通り、モルテさんをピクニックに誘ったときは、あまりいい顔はしていなかった。でも、「セリカは行きたいんだな?」と確認され「はい」と答えると「じゃあ、行こう」とあっさり許してくれた。


 なので、今は古城近くにある湖に向かって、私達はのんびり歩いている。


 モルテさんが防御魔法をかけてくれているので魔物に襲われる心配はないらしい。モルテさんはなぜか私のバスケットを持ってくれている。


「自分で持ちますよ」


 中身は私が作ったサンドイッチと飲み物なので重くない。それでもモルテさんはバスケットを持ってくれる。


 私の少し後ろを歩いていたファルスが「持ちたいっつってんだから、持たせときゃいーんだって」と笑った。


「でも、モルテさんは防御魔法も使ってくれているのに……」


 ここまでくるとモルテさんは、優しいを通り越して過保護のような気がしてきた。でもその気持ちが温かくてくすぐったい。


 ファルスの隣では、毒が抜けて体調がよくなったランドルフさんが「いい天気だね」と言いながら微笑んでいる。


 湖にたどり着くとファルスの言った通り、とても景色がよかった。心地好い風がふき、太陽の光を浴びた湖面がキラキラと輝いている。遠くから小鳥の鳴き声が聞こえ、静かな水音みずおとに心が癒されるような素敵な場所。


 モルテさんに「気に入ったか?」と聞かれたので「はい、とても」と笑顔を返す。


 さっそくレジャーシートを引いて4人でサンドイッチを食べると、さらに和やかな空気になった。


 サンドイッチを食べたモルテさんは「……うまい」と褒めてくれたし、ランドルフさんもサンドイッチを気に入ってくれたようで「おいしいよ。セリカを妻に迎えられる人は幸せだね」と褒めてくれる。


 ファルスだけが胃の辺りを痛そうに押さえているのが気になったけど、「オ、オレのことは気にしないでくれ」と言うのでそっとしておこうと思う。


 サンドイッチを食べ終わると、それぞれに湖のほとりでのんびりと過ごした。


 魔物の森に湖はここしかないそうなので、魔王様とお姫様が出会う場所もきっとここに違いない。あとは、いつどうやってお姫様がここに来るのかを調べたら、本のように魔王様とお姫様が運命的に出会うはず。


 私はモルテさんの側から離れて、木の根に腰を降ろしているランドルフさんに声をかけた。


「あの、少しいいですか?」

「なんだい?」


 ランドルフさんはサッとハンカチを取り出すと地面に引いて「どうぞ」と言う。ハンカチの上に座れってことかな?


「紳士ですね」


 素直な感想を伝えると「これでも一応、貴族だからね」とランドルフさんは笑う。


「ランドルフさんは、騎士様じゃないんですか?」

「貴族だけど騎士もしているんだよ」


 この世界のことはよく分からないけど、そういうものらしい。変なことを言って警戒されないようにしないと。


 緊張する私とは正反対に、ランドルフさんは穏やかに微笑んでいる。


「それで、私に何が聞きたいのかな?」

「えっと……」

「なんでもいいよ。セリカは私の恩人だからね。セリカのおかげで傷を治してもらえたから、何か礼がしたいんだ。それに、街でセリカを助けたことを利用して、強引に城に置いてもらったからね。お詫びの気持ちもある」


 そういうことならと、私は聞きたかったことを質問した。


「でしたら、お姫様のことや、王宮で開かれるパーティーのことを教えてもらえませんか?」

「王女殿下やパーティーのこと? セリカは、社交界に興味があるのかい?」

「ま、まぁ、そんなところです」


「意外だな」とつぶやくランドルフさん。


「社交界は詳しくないけど、王女殿下になら何度がお会いしたことがあるよ」

「どんな方でした?」

「とても美しい方だよ。紫色の髪に、アイスブルーの瞳だから遠目でも分かる。そういえば、もうそろそろ王女殿下の誕生日パーティーが王宮で開かれるな。王女殿下もお年頃だから、その場で婚約者を決めるだろうと言われているよ」

「こ、婚約者!?」


 私が急に大声を出したので、ランドルフさんが驚いている。


「お姫様の婚約者って、誰なんですか!?」


 お姫様は魔王様と出会って恋に落ちるはずなのに、それより先に婚約者が決まるなんて!


「まだ決まっていないよ。数人候補が上がっているだけだ。まぁ私もその候補の一人だったんだけど」

「ええっ?」


 そんなっじゃあ、お姫様をめぐって、魔王様と王宮騎士団長の戦いが繰り広げられるということ!? そんなの父さんが書いた本には書かれていなかったのに!


 一人であせっている私に、ランドルフさんは微笑みかける。


「いろいろ事情があってね。丁重にお断りしたよ」

「そ、そうなんですね……。良かった」


 私はホッと胸を撫でおろした。


 ランドルフさんは「そんな反応をされると勘違いしてしまいそうなんだが」とクスクス笑っている。


「セリカの知りたいことは知れたかな?」

「あっ、はい。大体は」

「じゃあ、次は私がセリカにお願いしようかな」


 ランドルフさんは、私に向かって左手を差し出した。ランドルフさんの手首には、銀色の腕輪が輝いていた。


 あの腕輪、どこかで見たような……?


「お手をどうぞ、セリカ姫」

「はい?」

「少しだけ、君にふれる許可がほしいんだ。少し事情があってね」

「は、はぁ? じゃあ……」


 私が右手をランドルフさんの左手に重ねようとすると、その前にその手を横からつかまれた。


「モルテさん!?」


 モルテさんが私の手をつかみ、ランドルフさんを睨みつけている。


「セリカに何をするつもりだ?」

「危ないことはしないよ」

「……魔道具を持っているな。それも強力なやつだ」


 ランドルフさんは「モルテ卿にはお見通しか」と言いながら左手首にはめた腕輪を見せた。


「この腕輪は、大切なものを見つけられる腕輪なんだ。私の大切な人はどうやらセリカらしい」

「なっ!?」


 言葉を失っているモルテさんに、ランドルフさんは淡々と話しかける。


「モルテ卿に話があると言っていたのは、あなたとセリカの関係を聞きたかったんだ。もし、二人が恋人同士だったら引き離すのは忍びないからね。でも……」


 ランドルフさんはニッコリと笑う。


「その心配はないようだ。セリカは自分のことを居候いそうろうだと言っていたし、モルテ卿とは男女の関係ではなさそうだから」

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