第19話 ピクニックはどうでしょう?

 外から聞こえる雨音と温かい室内。


 私はいつの間にかウトウトしてしまっていた。モルテさんの側にいると、なぜか家族と一緒にいたころのような心地好さを感じる。


 誰かに守られて心配してもらえる有難さは、両親を失ってから気がついた。それは当たり前のことではないので、一方的に甘えてばかりではいけない。


 もっと、しっかりして、モルテさんの迷惑にならないようにしないと……。


「セリカ」


 私はハッと我に返った。

 モルテさんに渡された服は、すっかり乾いてホカホカしている。


「ありがとうございます」


 先ほどと同じようにモルテさんが部屋の外に出たので、私は乾いた服に着替えた。


 着替え終わると、モルテさんに声をかけて、もう一度、感謝を伝えた。


「本当にありがとうございました。このシャツは洗って返しますね」

「別にそのままでいい」


「でも、私が着て少し濡れてしまったから洗ったほうがいいですよ」

「そう、か? なら頼んだ」

「はい!」


 私を見つめるモルテさんの瞳はどこか優しい。


「魔法って便利なんですね」

「まぁ、そうだな」

「もしかして、モルテさんは……」


 ――その魔法の力で、別の世界に行けますか?


 そう聞こうと思った瞬間に、モルテさんの悲しそうな表情が思い浮かんだ。


『俺は……セリカが、ここにいてくれるだけでいいんだ……』


 そう言ったモルテさんは、もしかしたら寂しいのかもしれない。今は、私やファルスが一緒に暮らしているけど、ファルスはほとんどここにいないらしい。だから、モルテさんはこの古城にたった一人で暮らしている。


 私は両親がいない真っ暗な室内を思い出した。


 一人ぼっちは寂しい。


 もしモルテさんの魔法で元の世界に帰れるのなら、そんなに急ぐ必要はないのかもしれない。それこそ、モルテさんがお姫様に出会って、一人ぼっちじゃなくなってから帰ってもいいのだから。


 モルテさんは急に黙り込んだ私の言葉を静かに待ってくれていた。


「モルテさんは……あっ、えっと……好きな食べ物はなんですか? その、今度それを作ろうかなって」


 誤魔化すための話題だったけど、モルテさんが私を怪しんでいる様子はない。


「……特にない」


 なんとなくそんな気がしていた。


「でも、セリカが作ったものは、全部うまい」


 予想していなかった褒め言葉に嬉しくなってしまう。


「セリカは何が好きなんだ?」

「私ですか? 私はサンドイッチが大好きですよ。母さんが作るサンドイッチがすごく美味しくて!」


 そういえば、子どものころ、遠足に持っていくお弁当は、いつもサンドイッチにしてもらっていた。思いだしたら、急に食べたくなってくる。


「あっ、明日の朝ご飯、サンドイッチはどうですか?」

「いいな」

「じゃあ、それで!」


 黒髪の隙間から見えるモルテさんの表情はやわらかい。口元には笑みが浮かんでいる。


 モルテさんってこんな風に笑うんだ……。


 その優しい笑みに少しだけときめいてしまい、私は慌てて視線をそらす。きっとお姫様は魔王様のこういうところに惹かれたのね。


 そういえば、お姫様はいつごろここに来るんだろう?

 それまでには、古城の中をもっと綺麗に掃除しておきたいんだけど……。


 父さんの本を読めば、何か分かるかもしれない。


「えっと、もうそろそろ自分の部屋に戻りますね」

「ああ」


 今度は廊下でランドルフさんに会わなかった。

 部屋に入ると私は机の鍵付き引き出しから父さんの本を取り出す。


 本のページをめくりながら、お姫様がいつごろ魔物の森に来るのか調べた。


「お姫様の登場シーンは……あ、あった! えっと、満月の夜。湖のほとり! これなら、満月の周期を調べたらお姫様が来るだいたいのタイミングが分かるし、場所を予想できそう!」


 そこでふと、疑問が湧きおこる。


「どうしてお姫様がこんなに危ない魔物の森に迷い込んだんだろう? しかも、一人で」


 本を読んでいるときは気がつかなかったけど、現実的に考えると違和感があった。


「もしかして、お姫様は何かの事件に巻き込まれていたのかな? ……誘拐された、とか?」


 もしそうだったら、犯人から身を隠すために、すぐに王宮に戻らず、魔王様の古城にとどまったのだと説明がつく。


「何気なく読んでいたけど、この本、けっこうシリアスな話なのかも?」


 私は本の続きを読んだ。


 本の中では、魔王様とお姫様は、一緒に王宮のパーティーに参加する。そこに悪いドラゴンが現れ、それを魔王様が退治する。そのことで英雄になった魔王様は、お姫様と結ばれてハッピーエンド。


「……ということは、王宮で開かれるパーティーの日にちも重要になってくるよね」


 そんなのどうやって調べるの、と思ったけど、私は王宮に関りがある人がいたことを思い出した。確かランドルフさんは、王宮騎士団の騎士団長と言っていた。


 さすがにお姫様のスケジュールは教えてくれないと思うけど、次にパーティーが開かれる日くらいは教えてもらえるかも?


 でも、よく分からない人と二人きりで話すのはためらわれる。そんなわけでファルスに一緒に来てほしいとお願いしてみた。


「はぁ!? イケメン騎士団長に聞きたいことがあるから、オレも一緒に来てくれって……ぜってぇやだ!」


 ファルスは首をブンブンと音がなりそうなくらい振っている。


「そんなに? どうして?」

「ややこしいことになるに決まってんじゃん! オレじゃなくて魔王様に頼んだら?」

「分かった。じゃあ、モルテさんに頼むね」

「ああ、そうしてくれって……いや待て! それはそれで、すっげーややこしいことになりそうな気がする!」

「え、ええー?」


 しばらく頭を抱えていたファルスは、「もういっそのこと、皆で集まるってのは?」と言いだした。


「皆でって……。じゃあ、ランドルフさんの体調がよくなったら、皆で一緒にご飯でも食べる?」

「それだ! ついでに何が起こっても大丈夫なように古城の外で食べようぜ」

「わざわざ外で? 危なくないの?」


「まぁ、魔王様が結界はったら、一時的に魔物が来なくなるから大丈夫っしょ」


 ファルスは深刻な顔で「セリカも、古城の屋根が吹き飛んだり、半壊したりしたら住むとこなくなって困るだろう?」と物騒なことを言う。


「何が起こったらそうなるの?」

「魔王様と王宮騎士団長のガチバトル、とかかな」

「えっ? あの二人、そんなに仲が悪いの?」


 ファルスは、何か言いたそうな目で私を見ている。


「いや、今はまだそこまでじゃねーけどさ。イケメン騎士団長様がここに来た目的によっては、これからそうなる可能性が捨てきれないってーか……」

「なんだかよく分からないけど、とりあえず、外で食べたほうがいいってことだよね」


 そういえば、ちょうど明日はサンドイッチを作ろうと思っていた。


「だったら、明日、皆でピクニックするのはどう?」

「そうすっか! どっちにしろ、あのイケメンの目的も探らないといけないし。イケメンはイケメンで魔王様に話があるって言ってたからなー」


 深いため息をついているファルスに、私は「ねぇ、古城の近くに湖ってある?」と聞いてみた。


 どうせ古城の外に行くなら、お姫様が現れるかもしれない場所を確認しておきたい。


「ああ、あるぜ。大きいのがな。あそこなら景色がいいからピクニックに最適かもな。じゃあ、オレはイケメンの体調を見てこの話をしてくるから、セリカは魔王様の説得を頼んだ」

「頑張ってみる」


「あ、もし魔王様が嫌がったら『じゃあ、仕方がないから三人で行ってきますね』とか言えばいいから。そしたら、嫌々でも着いてくるわ」

「そんなに簡単にいくかなぁ……」

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