第16話 騎士様の来訪

 太陽が沈むと古城は暗闇に包まれる。廊下や部屋は魔法で明かりがついているけど蛍光灯ほどは明るくない。


 私は縫い物をしていた手を止めた。モルテさんが貸してくれた針と糸のおかげで服のサイズ直しができた。


 でも、この服がまさかモルテさんの師匠のものだったなんて。父さんが書いた本には、魔王に師匠がいるなんて書かれていなかった。


 きっと他にも、本に書かれていないことが、この世界にはたくさんあるのかもしれない。


 明日、晴れたらこの服を洗濯しよう。そしたら、ホコリっぽさもなくなるはず。

 せっかくモルテさんが貸してくれた服だから、大切にしないと。


 針と糸を片づけた私が、もうそろそろベッドに入ろうとしたころ、部屋の外が騒がしくなった。


 扉の隙間から廊下をのぞくと、廊下の突き当りにモルテさんとファルスの姿が見える。


「だからっ!……」

「……王宮騎士が? ……!」


 何を話しているかまでは分からない。だけど、遠目で見てもファルスがあせっているのは分かった。


 何かあったのかな?


 気になるけど、必要があったらファルスやモルテさんは私にも話してくれると思う。だから、居候いそうろうの私はでしゃばらないほうがいい。


 私はそっと扉を閉めた。

 ベッドに入るとすぐにウトウトし始める。


 また両親の夢を見たけど、最後にモルテさんが出てきて『一人じゃない……俺が、いるから』と言ってくれたので悲しみが紛れた。


 *


 次の日の朝。


 皆で朝食を食べたあと、なぜかモルテさんは私のあとをついて来た。


「えっと、何か?」

「……いや」


 尋ねても答えは返ってこない。仕方がないので、私はモルテさんを気にせず洗濯を始めることにした。


 私がモルテさんに洗濯したいことを伝えると。古城の裏手に案内される。


「ここが洗濯場だ。好きに使ってくれ」

「ありがとうございます」


「今日はここにいるのか?」

「はい、洗濯が終わるまでは」

「そうか……」


 洗濯場には洗濯に必要なものがすべてそろっていた。


 魔法で動く洗濯機らしくものもあるけど、今日は洗うものが少なかったので桶に水を貯めて手洗いすることにした。


 まだ少し離れたとことにまだモルテさんがいる。初めは気になっていたけど、洗濯に夢中になってしまい途中から存在を忘れてしまった。


 そうしているうちに、ファルスが洗濯場に顔を出した。「魔王様、ちょっと!」と言いながら手招きしている。


 モルテさんは私をジッと見たあとに、ファルスのほうへかけていった。


 そんな二人を見て、やっぱり昨日の夜に何かあったのね、と確信する。危ないことじゃなかったらいいけど……。


 洗濯したものを干すと私は一息ついた。


「ふぅ」


 真っ青な空の下でワンピースが風に吹かれてはためいている。


 あれからモルテさんは戻ってきていない。私に言いたいことでもあるのかなと思っていたけど、違ったみたい。


 そのとき、洗濯場にある裏口がドンドンと叩かれた。


「?」


 扉に近づくと「誰かいないか?」と男性の声が聞こえる。


 危ない人の可能性もあるから勝手に開けちゃダメだよね?


 辺りを見回してモルテさんを捜したけど、ここには戻ってきていない。


 扉はまだドンドンと叩かれている。私はおそるおそる扉に近づき「あの、どちら様ですか?」と尋ねた。


「良かった人がいた」


 扉の向こうの人物はホッとしたようだ。


「モルテ卿を訪ねてきたんだが、なぜか正門に近づけなくてね。ここもカギがかかっているようだ」

「そうなんですね。モルテさんを捜してくるので少し待ってくれませんか?」


「ああ、頼んだよ。魔物の数が多すぎてケガをしてしまったんだ。引っかかれた爪に毒が含まれていたようで左腕が痺れて動かせない。急いでくれると助かる」

「あっ、はい!」


 私が振り返ったと同時に「セリカ!」と名前を呼ばれた。見るとモルテさんがこちらに向かって駆けて来ている。


「どうした!?」


 そう言うモルテさんは、ものすごく怖い顔をしていた。


「ちょうど良かった、モルテさんにお客さんが来ていますよ」


「相手にしなくていい」

「でも、ケガをしているみたいなんです。毒がどうとか? 早く手当てをしないと!」


 モルテさんはしばらく私の顔を見たあと、ハァとため息をついた。


「じゃあ……手当だけ」


 モルテさんが片手を上げるとパキンッと音がして扉が開く。


 扉の向こうの人物と目が合い、お互いに「あっ」と叫ぶ。そこにいたのは、街でしつこくナンパされたときに助けてくれた青年だった。


「あなたは、あのときの!」

「やぁ、また会えたね。君はセリカだよね?」

「どうして私の名前を!?」


 私が驚いていると、青年は私の背後を指さした。


「さっき、モルテ卿が大声でセリカと叫んでいたからね。街でも君の連れが、君の名を呼んでいた」


 なるほど、と納得していると、青年は私に向かって爽やかに微笑む。


「私はランドルフだ」

「ランドルフさん。よろしくお願いします」


 ランドルフさんの左腕には赤黒いシミができている。


「ケガしたのはここですか?」


 私がそう尋ねると、ランドルフさんは「ああ、少し引っ掻かれた」と苦笑いする。


「セリカから離れろ」


 そう言って、モルテさんが私とランドルフさんの間に割り込むように立った。そして、どこからともなく小瓶を取り出したかと思うと、モルテさんは小瓶の中身をランドルフさんの左腕にかけた。


 シュウと小さな音がして、ランドルフさんが目を見開く。


「痛みがなくなった。傷口が塞がっている。モルテ卿は魔法だけでなく作る薬もすごいというのは本当だったんだな」

「毒の効果が完全に消えるまで2~3日はかかる。安静にしておけ」


 ランドルフさんは感心したような目でモルテさんを見ている。そんなランドルフさんをモルテさんは睨みつけた。


「……ここにはなんの用で来たんだ?」

「その前に、まず挨拶と感謝を」


 居住まいを正したランドルフは、右手を自身の胸に当てた。


「私はエーベルト侯爵家のランドルフと申します。魔物退治にて何度かお会いしたことがありますが、先ぶれもなく突然の訪問お許しください。手当をしてくださりありがとうございました」


 モルテさんがものすごく迷惑そうな顔をしている。こんなに表情がはっきりと顔に出ているのも珍しい。


「普通に話せ」

「しかし、あなたはアルミリエ公爵の――」

「かまわない」

「そうか? ではお言葉に甘えて、そうさせてもらおう」


 モルテさんは、ランドルフさんが入って来た扉に目を向けた。


「……もしかして、おまえ一人で魔物の森を抜けて来たのか?」

「そうだ」

「なんのために?」

「それはもちろん、モルテ卿に会うためだ。話したいことがある。時間を作ってほしい」

「断る」


 少しの間も開けず、モルテさんはきっぱりと断った。


「ケガは治してやったんだ。今すぐここから立ち去れ」

「さっき、君に2~3日は安静にしろと言われたばかりだが? この状態で魔物の森を抜けて街まで帰れと?」


「……転移装置で街まで飛ばしてやる」

「それもいいが、セリカ。私を2~3日ここに置いてもらえないかな?」


 ランドルフさんは、なぜかモルテさんではなく私にそう言った。


「わ、私はただの居候いそうろうなので、そんな勝手なことはできません」

「居候、か。モルテ卿の態度を見る限り、そんな風には見えないが……」


 モルテさんの表情がさらに強張っている。


「うーん、そうだな。あまりこういう手は使いたくなかったが仕方ない。セリカは、先日街でしつこい男に言い寄られていた」


 モルテさんの目が大きく見開いた。


 私はランドルフさんが、何が言いたいのか分かった。

 おそらく『自分はセリカを助けた。だから、今回は私を助けてほしい』と言いたいんだと思う。


 モルテさんが嫌がっているのに、ランドルフさんの肩を持つようなことをするのは気が引ける。でも、助けてもらったのは事実だ。


 私は困りながらモルテさんを見上げた。


「そうなんです。そこにランドルフさんが通りかかって、助けてもらって……」


 私の言葉を聞いて、ランドルフさんは嬉しそうに笑う。


「モルテ卿の居候セリカを助けた礼として、ケガが完治するまでこの城においてほしい」


 深いため息がモルテさんの口から出た。


「わ、私のせいですみません」


 謝るとモルテさんは「ちがっ」と慌てる。


「……分かった。ケガが治るまでは置いてやる。だが、剣は預からせてもらうぞ」

「かまわない」


 ランドルフさんは、ベルトを外すと剣をモルテさんに差し出した。

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