第15話【ランドルフSide】
私と共に行動しているエドは、先ほどから同じ言葉を繰り返していた。
「ランドルフ様……すごいです」
「そうかい?」
エドはぶんぶんと音が鳴りそうなくらい勢いよく首を縦に振る。
「いや、本当に! あなたがすごいことは前から知っていましたけど、今日改めてただ者じゃないと思いました」
セリカが持っていた箱から突き止めた店は、女性のランジェリーを扱っている店だった。
店に入ることをためらっていたエドに外で待つように伝えて、一人で情報収集して戻ってから、彼はずっとこんな調子だ。
それほど、あの店に入るには勇気がいるらしい。
貴族が妻への贈り物に高級ランジェリーを贈るのは珍しいことではないのだが。エドは平民出だから感覚が少し違うのかもしれない。
尊敬に目を輝かせながら、エドは「で、情報収集はどうでしたか?」と聞いてくる。
「まぁまぁかな」
本当なら顧客情報を聞き出すことは難しい。しかし、『禍を招く者』捜しのために、国王陛下からどこを捜索してもいいという許可証をもらっている。
これがある限り、店側もよほどのことがない限りウソはつかないだろう。もし、ウソをついたり捜査に協力したりしなければ、国王陛下への謀反を疑われてしまう。
店員によると、セリカは常連ではなく初めてのお客さんだったそうだ。大金を持っていたから、裕福な商人の娘か貴族のお嬢様だと思うと言っていた。
買ったものはその場で持ち帰ったので、どこに住んでいるのか分からなかった。
私に話してくれた店員は、セリカについて、こんなことも言っていた。
「おそらく、アルミリエ公爵様のご子息様に関係がある方かと……」
「それは、どうして?」
「付き人の一人が、ファルスさんだったからです」
「ファルスさん?」
店員はこくりとうなずく。
「ファルスさんは、まだお若いんですが、ご子息様の代理人のような方なのです。この街でファルスさんを知らない人はいません」
「なるほど。もしかして、そのファルスって人は、金色の髪で一部分だけ赤くなっている少年かな?」
「はい、そうです。その方がファルスさんです」
アルミリエ公爵の子息といえば、今、この国で一番強い魔力を持っているとされる人物だ。公爵の婚外子らしいが、妻との間の子どもを二人続けて亡くしたことで、急遽(きゅうきょ)、公爵家の跡取りになったとか。
魔物の森に一匹の竜が現れたときに、その竜をたった一人で倒し、瀕死だった王家の討伐隊を救ってくれた英雄でもある。
しかし、そのあまりの強さに彼のことを魔王と呼ぶ者までいる。
社交界には一切出てこないが、魔物討伐のときに何度か顔を合わせたことがある。それでも、親しい間柄ではない。
長い黒髪に鋭い目つき。不愛想で必要なこと以外喋らない。近寄りがたい人物だと思った。
許可証を使えば無理やりにでも、アルミリエ公爵子息に会うことはできるだろうが、それは最終手段だ。
それよりも、ファルスという少年を見つけてアルミリエ公爵子息に繋げてもううほうがことが穏便に進む。
宿泊している宿に戻ると、配下の騎士達が私の帰りを待っていた。報告を聞けば、やはりセリカと一緒にいた少年はファルスで、アルミリエ公爵子息に仕えている者とのこと。
「ファルスの出身は?」
「わかりません」
「平民なのか?」
「それもわからないんです。この街の連中は、皆、ファルスのことを知っているのに、彼の素性は誰も知りませんでした」
報告を終えた騎士に「ファルスに会いたいのだが、彼はどこに?」と尋ねると、「今日の夜、集会所に来ます。会議があるそうで」と答えた。
「では、その集会所の会議に私も顔を出すとしよう」
「はい、そのように伝えておきます」
*
夜に私が集会場に顔を出すと、そこにファルスがいた。
私を見たとたんに、「え? あんたが、オレを捜しているっていう王宮騎士団の騎士団長!?」と驚いている。
「ランドルフです」
「オレがファルスだけど……。なんの用?」
その顔は引きつっている。
「今日、あなたと一緒にいた女性のことでお聞きしたいことがーー」
「あっオレ、急用思い出したわ!」
勢いよく立ち上がったファルスは、私の横をすばやくすり抜けて集会所から出て行く。
外には騎士団が大勢いるから大丈夫だろうと思い後を追うと、エドが「すみません! すごい勢いで出て来たから追ったんですが、すぐに見失ってしまい!」と報告する。
「なら、仕方ない。今日はここまでだ。宿に戻り各自しっかり休息を取るように」
「はい!」
騎士達が素直に帰っていく中、私とエドだけが残った。
「ランドルフ様は帰らないんですか?」
「私はもう少しやることがある」
「お供します」
「いや、一人のほうが都合がいい」
ファルスがアルミリエ公爵子息と繋いでくれないのなら、こちらから直接会いにいくしかない。
公爵の城にたどり着くには、魔物の森を通る必要がある。その際、私より剣術が劣るエドを庇いながら進むと時間がかかってしまう。
「私は数日戻らない。その間、騎士団はこの街で休暇をとるように。もし、一週間経っても私が戻らなければ王都に戻り、兄に私が魔物の森で失踪したと伝えてくれ」
「魔物の森って……」
「今は説明できない」
「……わかりました」
エドは反論せずに素直に去っていく。エドなりに私のことを信用してくれているのかもしれない。
「さてと」
私は一人で、暗闇が広がる魔物の森へと足を踏み入れた。
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