第4話 優しい魔王様

 モルテさん、料理しないのね。さすがに毎日、果物をかじっているわけじゃないと思うけど、何を食べているんだろう?


「あの、ここに置いてもらう代わりに、これからは私が料理を作ってもいいでしょうか?」


 予想外だったのか、モルテさんはポカーンと口を開けている。


「ダメでしたら、ムリにとは」

「い、いや。いい」


 私に背を向けたモルテさんは「調理場も食材も好きに使ってくれ」と言い残し立ち去ってしまう。


 あっ私、この世界の調理器具の使い方が分からない!


 慌てて追いかけるとモルテさんは調理場の隣にある食糧庫にいた。


「魔王様! じゃなくて、モルテさん!」


 振り返ったモルテさんは、驚いているように見えた。


「あの、お忙しいと思うんですが、あとからでいいので調理場にある器具の使い方を教えていただけませんか!?」

「あ、ああ……」


 食糧庫に用事があったはずなのに、モルテさんはすぐに調理場に戻り使い方を教えてくれた。


 形は多少違うものの、一般家庭のキッチンにあるものと変わらない。使い方も同じようなものだった。


 なるほど、電気がない代わりに魔法で動いているのね。これなら、なんとかなりそう!


 私が「ありがとうございます」と頭を下げると「……いや」と短い返事が聞こえる。


「そういえば、モルテさんは食糧庫で何をするつもりだったんですか? よければ、私にお手伝いさせてください」


 長い沈黙のあとでモルテさんは口を開いた。


「……セリカは部屋に戻ってくれ」


 その声はとても冷たい。居候の身で、家の持ち主の言うことを聞かないわけにはいかず私はうなずいた。


「あっ、はい」

「一人で戻れるか?」

「だ、大丈夫です」


 私の部屋から調理場までの道のりは、簡単だったので覚えている。来た道を戻りながら私はため息をついた。


 お手伝いさせてくださいだなんて……。モルテさんは、まだ人に慣れていないから急に距離を詰められたら嫌よね。


 私から見れば大好きな本に出てくる魔王様だけど、向こうからしたら私は名前くらいしか知らない他人だもの。これからは気をつけないと。


 一人で歩く廊下は薄暗い。壁に飾られた絵画にも、調理場のテーブルと同じくうっすらホコリが積もっている。


 うわぁ……。お姫様が来る前に、掃除したほうがいいよね? それに今は、私がお姫様の部屋を使ってしまっているかもしれないから、他の部屋に移らせてもらわないと。


 途中で見かけた部屋は、汚れていて掃除をしないと人が住めそうにない。


 このお城の中は、全部こんな感じなの? それとも、私が使わせてもらっている部屋と同じ作りの綺麗な部屋が他にもあるのかな? でもまぁ、どちらにしろ居候させてもらうんだから、掃除くらいはしないと。


 部屋に戻った私は、室内に何があるのかじっくり見ることにした。


 テーブルにソファー。ベッドに、勉強机みたいなのもある。あと重要なのはクローゼットだけど……。


 そっとクローゼットの扉を開けると、中には女性ものの服が数枚かかっていた。


 靴も女性ものだったし、やっぱりこの部屋には女性が住んでいたのね。


 しかしどれも地味目のデザインで、お姫様のものとは思えない。


 もしかしたらここは、魔王様にお仕えしていた使用人の部屋なのかも。

 使用人がどうして出て行ったのかは分からないけど、いらないものを置いて行ったに違いない。

 そう考えたら、部屋の中のものを勝手に使う罪悪感も薄れる。


 今の私も、使用人みたいなものだしね。


 ワンピースを手に取ってみる。華やかさはないし、少しホコリっぽいような気がするけどまだ着れそう。


 喪服を脱いでワンピースに着替えると、なんだか心も軽くなったような気がする。


 動きやすくていいかも? サイズは少し大きいかな。そのせいで、襟部分が広く開いてしまっている。


 私は鎖骨下辺りにあるアザにそっと触れた。


 母さんが言うには、このアザは産まれたときからあったそうだ。別に隠しているわけではないけど、わざわざ見せるものでもない。


 私は、クローゼット内にあった飾りがついた紐をベルトがわりに腰に巻き付けた。


「うん、いい感じ」


 でも、服以外が見当たらない。この世界の人、下着はどうしているんだろう……。まさか履いていない!?


 大問題だったけど、この件は今すぐ解決できそうにない。


 ひとまず私は、クローゼットの扉を閉めて机へ向かった。


 机の上にはインク瓶(びん)とペンが置いてある。


 ここで勉強や仕事をしていたのかな?


 机には引き出しがついていた。よく見るとカギ穴がある。


「これって……」


 引き出しを開けると中に小さなカギが入っていた。


 ちょうどいいから、ここに父さんの本を入れておこうっと。


 本を見ないと言ってくれたモルテさんを疑うわけではないけど、この本はこの世界では未来が分かってしまう重要なアイテムだ。できるだけ人目につかないほうがいい。


「部屋の中はもう見たから、掃除道具でも探そうかな?」


 でも、この城の主(あるじ)の許可なく勝手に歩き回るわけにはいかない。


 私はモルテさんに会うために、もう一度食糧庫に向かって歩き出した。たどり着いた食糧庫にモルテさんの姿はない。


「どこに行ったんだろう……あれ?」


 さっき来たときより、食糧庫の中がスッキリしているような気がした。


 天井まで届きそうな棚に置かれたものは、きちんと整理されている。


 私は棚に置かれているものを確認しているうちにあることに気がついた。


 あれ? 全部、私の手が届く範囲にある。さっき見たときは、高いところにも物がたくさん置かれていたのに……。これってもしかして、私が使いやすいようにモルテさんが整理してくれた、とか?


 まさかね、と思いつつ、それ以外思いつかない。モルテさんの不器用な優しさに、つい口元がゆるんだ。


 さすが、魔王モルテさん! これなら美しいお姫様が恋に落ちても不思議じゃないわ。部屋の掃除は、また今度にしてモルテさんに美味しい料理を食べてもらえるように、今から準備しよっと。


 それからの私は、調理場の掃除をしたり、食材の味見をしたりして過ごした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る