第37話
軒下でぐーっと伸びをするミーシャは手をゴツンと縁にぶつけてしまい、肩を落とした。ミーシャの大きな身体では普通の尺度の建物は狭い。親は二人とも並以下の体格なのにどうしてこんなに大きくなってしまったのか、自分でもわからない。とはいえ鍛冶は腕力と体力の仕事なので恵まれている……と言われている。実際は二回り小さい父・マクベスにまだまだ追いつける気がしない。筋肉は付いているから「戦士やらないか」と冗談か本気かよくスカウトされるが、アケミに言われるまでもなく鈍臭いと自覚しているので、まあ鍛冶仕事を継ぐのも仕方ないかなと思っている。細かい作業は割と好きだし、最後の調整だけとはいえ、アケミのロングソードを任されたときはやりがいも感じた。ただ……「長刀」をアケミが持つようになってから武器に対する自分の印象が変わってきた。
武器は所詮道具、どう使うかはその人次第で武器に罪はない。そう思っていた。しかしアケミは上手く使う……見事に、殺す。エレステルがいくら戦士の国といっても、殺伐としているわけではない。西に接するジャファルスと緊張状態が続くとはいえ、日常に死があるわけではない。だから子供の目には戦士の持つ逞しさだけが映り、憧れるのだ。
武人の子として剣を振りまわすアケミも、武器を作るために鉄槌を握る自分も、みんながカッコイイと羨むことをやっていると、どこか誇らしくすらあった。
だが、結局あの処刑の場でのことこそ行き着く先だと知ると、やはり武器屋なぞ狂気の沙汰だなと思った。父や祖父、ご先祖様を否定するわけではないが、自分が鉄を打つと人が死ぬ……そういう職なのだ。いや、自分はまだいい。実際に剣を振るうのは戦士……アケミなのだから―――…。
ふと見ると、工房に続く緩い坂を上ってくるアケミがいた。
「…? 何赤くなってる?」
「いや…」
ミーシャは目蓋を擦る様な仕草で俯いた。頭に姿を浮かべた瞬間に本物が現れて、なんだか気恥ずかしくなる。
「あたしの刀、仕上がってるか」
「あ、ああ…」
工房の奥から用意していたアケミの長刀を持ってきたミーシャだが……
「…何だ」
なかなか刀を手渡さないミーシャをアケミが睨む。
「お前さ……しばらく剣から離れたほうがいいんじゃないか?」
「はあ? 何言ってるんだお前」
「この間の処刑の時―――お前、おかしかったぞ…」
「…………」
無言のまま奪い取ろうとするアケミから一歩下がり、ミーシャは長刀を頭の上に高々と上げる。こうすればいかに長身のアケミでも届かない……もちろんジャンプすれば届くが、子供の時からこうするのがミーシャの唯一の反抗だった。
「チッ…ふざけるな。さっさと渡せ」
「お前の、その……噂、俺も聞いてるよ。いや、噂なんて半分以上はデマなんだろうけど、それでもああいうお前を見たら、やっぱ……」
「……かわいそう、か?」
「わかんないよ、俺には……大事な人を手にかけるのなんて想像したくもない。ただ……お前、剣の才能は凄いよ。でも、でもな………言いにくいっていうか、聞きたくないだろうけど………」
「なんだ…はっきり言え!」
「向いてないんじゃない、か……斬るのは」
一瞬瞳が潤み、表情が崩れかけたのをミーシャは見逃さなかった。
「初めて処刑したときも、お前突っ張ってただろ。本当はやりたくないままずっと来たんじゃないのか? まして、あの……大事な、人だったんなら……」
剣を握る度、人を斬る度に思い出す……トラウマになっているに決まっている。
アケミは溜め息を吐いて肩を落とすと………ミーシャに近づき、近づき……ぴたりと寄り添った。
「えぅ……うえぇぇ!?」
子供の頃でもこんなことはなかったんじゃないか。胸元に顔を埋め、アケミがぼそりと洩らす―――
「お前が……あたしを慰めてくれるのか」
「……」
固まった。愛する人を失った女性に対する「慰め」とは、つまり――――……
「……い、いや……そういうのは、違うんじゃない、かな……?」
「………」
直後、鳩尾に容赦ない拳が叩きこまれ、ミーシャは身体をくの字に折って膝をつく。そして長刀を奪い取ったアケミは、
「…ガキ」
短く吐き捨てて立ち去ってしまった。
残されたミーシャは脂汗を流しながら顔を上げることもできない。
「くっそっ……なんなんだよアイツ、人が心配してんのに…!」
「……情けねぇなぁ、オイ」
「オ、オヤジ…!?」
いつからそこにいたのか、オヤジ―――マクベスが、工房の入り口から近づいてくる。いや、それよりも―――
「……み、見てた…?」
「見ちまったよ、息子の情けねぇ姿をよ。グダグダ抜かしやがって、がばぁって抱きしめてやりゃいいじゃねぇか」
「だ、だだっ、抱きしめるって…昔とは違うんだぞ! アイツ、なんかあったかいし、柔らかいし、いいニオイするし……! 斬馬刀とか使うからもっとガチガチムキムキかと思ってたのに、なんだよあの身体! 特に胸とか―――あ……」
我に返ったミーシャが振り返ると……マクベスが憐れむような目で見下ろしていた。
「頼むオヤジ………聞かなかったことにしてくれ……」
「……ガキ」
ミーシャは耳まで真っ赤になった顔を両手で覆い、乙女のように悶えた。
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