第34話



 息を吸えば肺まで凍りそうな早朝の地下―――。

 また、この日がやってくる。

 場所は刑務所。死刑囚の男以外は二カ所の扉を塞ぐ二人の所員、刑の執行を見届ける所員。そして特別にブラックスミスの男二人、そして執行役の女とその付添人……。

 この場所は、いつも息苦しい……。

 女が若い方のブラックスミスから半ばひったくる様に剣を奪う。緩やかに反りのある細身の剣―――否、細く見えるのは長いからだ。長身の女と比べても長く見えるその剣は、抜くと独特の美しい波紋が流れ、その刃先は紙よりも薄く研ぎ澄まされている。凍てつくような鋭さと惹きつけられる美しさを合わせ持つ「刀」は、女の一族の象徴である。

 抜き身の長刀に水を垂らす……岩壁に開いた小さな窓から差し込む光が当たり、朝露のように眩しく煌めく。その刀身をゆらりと振りかぶり―――女は構える。

 目隠しをされた今日の囚人は静かだった。諦めか、はたまた直前の牧師との対話に救いを求めたのか……眠っているように落ち着いていた。

 ほんの一呼吸の静止……小部屋のような処刑場は音が消えたかに思われた。

 しかし―――いつもよりもその間が長い。誰もが執行人の女を凝視した瞬間、

「――ぅああああああぁぁぁ――――っ!!!」

 誰もがぎょっと驚いたその時には刀は振り下ろされ、刑は執行される。また静寂が戻る……ことはなかった。女は荒々しく肩で息をしている。

「お、おい……大丈夫か……!?」

 若いブラックスミスが恐る恐る声をかける。今部屋にいる人間の中では一番大柄だが、気は小さい。

 女は滴り落ちる汗を拭う事もせず、黙って長刀を渡した。その手は、小刻みに震えていた。

「………後は任せる」

 女はドアを開け、重い足取りで出ていく。その後ろ姿を見送りながら、年季の入ったブラックスミスは独り言のように呟く。

「……アンタの予感が、当たっちまったようだな…」

「……………」

 付添人は何も応えない。

 と、若いブラックスミスが怪訝な顔をして長刀を差し出してくる。血で汚れた刀身は、切っ先がわずかに欠けている。

 付添人―――ガンジョウ=シロモリは、眉間の皺を深くした。









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