第33話
指定された場所は以前ニガードを追い、ジャファルスの手の者たちと交戦した地点だった。待ち伏せを警戒するが、見渡す限りの砂と岩の大地、そこにわずかな木が生えるだけのこの場は、乾いた風が吹くだけで、人の気配がしない……。
いや――…
「待っていたわ、アケミ」
木の陰から抜き出るように現れたのは、最後に見た時と何ら変わらないクーラさんだった。
「………」
…駄目だ、言葉が出ない……。
クーラさんは小さく微笑み、歩み寄ってくる。十数メートルの距離が十メートル、七メートル、五メートルとなって……互いの武器の間合いに入る直前でクーラさんは右手の槍を捨てた。それだけで刀に伸びようとしていた手がピタリと止まってしまった。そのまま何もできずに三秒……三十センチも距離がない至近距離まで詰め寄られてしまった。
近い……。
いつの間にか無意識に息を止めてしまっていたが、その理由はすぐに知れた。触れるか触れないかだった距離をさらに半歩詰められ、シャツ越しに柔い膨らみが押し合う……落ち着かない息遣いを、忙しなく鳴り響く鼓動を読み取られてしまいそうで……
クーラさんの白い指が肘の辺りをそっと摘まんで、引く。鼻先が触れそうな距離で瞳を潤ませ、吐息がねだる様に肌をくすぐってくる……もう身体に沁み込んでしまった、キス直前の感覚。爆発するように沸き上がる衝動を必死に堪え、目を逸らすが、そんな小さな抵抗はクーラさんの嗜虐性を煽るだけだった。
すうっと脇腹を撫でられる―――ピクンと身体が折れ、
「ぁ…」
一瞬の隙。クスリと笑い、クーラさんは唇を重ねてきた。
甘い……今までで一番甘いキスだったかもしれない…。欲しくて欲しくてたまらない、待ち望んでいた感触だった。それはクーラさんも同じだ、どこかぎこちなくて、興奮しているのが伝わってくる。頭を両手で引かれ、唇の隙間に割入ろうとする舌先に屈しそうになって―――……
「…やめて、ください……」
ぐっと押しのけて、拒絶した。息を乱すクーラさんは戸惑いと驚きで愕然としたが……やがて目を細め、手を払うと、下がって―――転がる槍を、手に取った。
熱を冷ますように風が打ちつけ、二人の間を沈黙が流れる…。
言いたいこともやりたいこともたくさんあった。抱き合えば全てを曝け出せた。なのに今は……言葉を交わすことすら、怖い……。
「うれしいわ……あなたがここに来てくれたこと」
見慣れた微笑を浮かべて――誰にでも見せる表情で、クーラさんから声をかけてきた。
「もう会えないと思っていたから……書き置きに気付いてくれたの、本当に嬉しくて……これでも舞い上がってるのよ、私――」
「………どうしてミリムを殺したんですか」
思ってもみないほど低い声が出た。恨みがましく聞こえたかもしれない。いや、恨んでいる……仲間を殺し、こんな状況にしてしまったこの人を……。
クーラさんは顔を伏せ……小さく溜め息をつく。
「………間が悪かったとしか、言いようがないわね…。私としては殺すつもりはなかったのよ。言い訳にしか聞こえないでしょうけれどね…」
「最初から……裏切るつもりだったんですか。あたしに近づいた、のも……」
ああ、こんな女々しいこと聞いてどうするんだ…。ベッドに誘い込むのも手段の内だと教えられていたじゃないか。それを改めて聞かされたところで……あたしはどうしたいんだ!
「初めから裏切っていたのかと言えば…そうね、その通りよ。そもそも私は情報を流す役目だった。機密に触れるために潜り込む手段が軍に入隊することだった。上級貴族や評議員の妻になる道もあったけれどね」
「じゃあ、バレーナに近づくのが目的だった…!?」
「………」
不快感を露わにするクーラさんは足元の石をコンコンと槍の石突きで叩く。
「……私があなたを待っていたのはね、アケミ……あなたをスカウトするつもりだからよ」
「は…?」
「ジャファルスが嫌ならどこでもいいわ。あなたを連れて新たな場所に行きたい。あなたがシロモリでなくなれば、私がこんな役回りでなくなれば、何者でもない二人になれたら……」
「何をバカな……わけがわからない! 出頭してください。今さらどうにもならないけど……せめて、ミリムの両親に謝って…!」
「あなたこそ何を言っているの……そんなのは余計な苦悩を与えるだけよ」
「それでもっ…!」
「何もかも忘れろとは言わないわ。許してとも言わない。ただ黙って私と一緒に来て。お願い………これが、最後よ」
最後―――その意味するところは……
思い出が走馬灯のように頭の中を駆け抜ける。
決して長かったわけではない。楽しかっただけでもない。
それでも、軍に入って、様々な人と出会って、共に剣を振るったからこそ、今の自分があるのだ。
ミリムがいたから、「先輩」であり続けることができた。
クーラさんがいたから、甘えることを知った。
そのかけがえのない二人を―――手放すことになる……。
「……できません」
「そう……」
クリスチーナの槍がぎゅるんと空を切る。長刀を持つ左手に力が入る…。
「こうなるかも、とは思っていた…。でもね、もう少し時間があれば……もっとあなたと愛し合えば、違っていたわ」
「あたしは……そうは思わない…」
「でしょうね。あなたはまだ子供なのだから」
言葉に含まれた小さな棘。少しずつ、少しずつ、痛みが広がっていく……。
「そんな迷いだらけで戦えるの? その刀で斬れるの? この私を」
斬る。クーラさんを、この手で―――。
ミリムの仇はとらなければならない。
クーラさんを斬れるはずがない。
その両方を満たすには、クーラさんを無力化し、捕らえればいい。クーラさんには厳しい尋問、拷問、果ては極刑もあるかもしれないが……少なくとも自分が斬らなくても済む。だが―――それでは駄目なのだ。
初めて囚人を処刑したときのマクベス親方の言葉を思い出す―――「迷った時は、自分の根っこを見る」。
自分はそもそも何のために刀を手にした? シロモリを欲した? 全てはバレーナを助けるためだ。そのために力が、名が要るのであり……原初の目的のためには、裏切ったクーラさんは切り捨てなければならない。
ああ……だからなのか。今、はっきりとわかった。自分とクーラさんの密愛を噂にして流したのはやはりクーラさん自身だ。スキャンダルが軍の上層部まで知れ渡っている今、スパイに協力していたのではないかという嫌疑を払拭するには、もはや弁明では足りない。
すなわち、クーラさんを斬って汚名を雪ぐか。全てを諦めてクーラさんに従うか。二者択一を迫っているのだ。
なんて残酷なことをするんだ、この人は……!
フ、とクリスチーナの唇が歪んだのが見えた。これまでで一番怖い笑みだ。そして真顔に戻ると同時にゆらりと槍を構える。ぞわっと毛穴が収縮したのがわかった。殺気を中てられて反射的に長刀を腰だめに構える、が…
…え? もう斬り合う時なのか? 今? もう…?
その逡巡が命取りだった。飛び込んでくるクリスチーナに対し、完全に出遅れた。槍使いに先手を取らせるなど、愚かでしかない。反撃しようにもリーチ差を埋めるためには距離を詰めなければならず、その一歩分のアクションがさらなる後手を生むからだ。
槍の穂先を向けながら低い姿勢で突進してくるクリスチーナは牽制するよりも一撃必殺狙いのようで、減速する気配がない。当然だ、これは試合じゃない、殺し合いだ!
間合いを見極め、刀を抜く姿勢のまま向かって右側に飛ぶ。クリスチーナは右利き……槍を使う場合、右前左前をあまり選ばないが、威力の大きい攻撃ならば動きは剣と同じになる。つまり右利きなら左足を前に右手で槍を持ち、身体の捻りを加えて全力の突きを繰り出すのだ。ならば槍を繰り出す瞬間に相手の左―――相手の背中側に飛べば届かない。戦いのセオリーである。
しかし、それは甘い見通しでしかなかった。
突進し、ベストの間合いで足を止め、勢いが死なない内に体重移動と身体の捻りを連動させ武器を真っ直ぐに繰り出す―――一流と二流の違いはこの一連の流れの速さと精度の差であって、動きそのものは変わらないはずであった。だがクリスチーナは必殺の間合いを越えてもまだ攻撃の動作に入らない。
(撃たない…!?)
ベストの間合いは繰り出した槍の穂先二十センチ以内が相手を刺し貫く距離。それ以上接近すると威力が半減してしまい、さらに槍の長所そのものを殺して逆に不利になる。
クリスチーナの攻撃はその常識を覆すものだった。反射的にこちらが飛んだのを確認したクリスチーナは、身体を捻りながら右手で押し出した槍を滑らせて左手に持ちかえ、左手で突きを繰り出しながら手首を捻ってその穂先の軌道を変える。まるで蛇のように弧を描く槍はこちらの動きを追って、その先端は心臓を狙う……!
死ぬ―――!?
全身に鳥肌が立つのを感じながら身体を捻る。しかし避けることはできず、槍は右の二の腕に深く刺さる。
「ぐぅっ…!!」
長刀の柄を握っていた右腕に痛みが奔る。その間にさらに接近してきたクリスチーナは槍を引いて短く持ち直し―――まずい!
槍が三度閃く! 辛うじてバックステップしたものの、鋭い三連突きは右手と右肩を切り裂く。そのまま転げるように後転し、素早く起き上がるが、クリスチーナは追撃してこなかった。
まずい……本当にまずい。クーラさんを……クリスチーナをナメていた。この人は本物だ!
戦士が誇りであるエレステルにおいても、「武人」と称される達人はほんの一握りしかいない。武技を受け継ぎ、進化させ、鍛え上げ、必殺の技を持つ者……それが武人である。無論、誰かが認定するわけではないのだが、本物は誰の目にもわかるものだ。この人は、その鋭い爪を今の今まで隠していた。
いや、むしろはっきりと見せていたのかもしれない……女性の平均身長より短い愛用の槍は、槍としては短すぎる。加えて飾り気のない実直なシルエットに先端に小さな穂先を付けただけのシンプルな形状は、先程の技―――片手で槍をしなるように操るために重量を削ぎ落した結果だったのだ。槍使いであるはずのクリスチーナが最も得意とする間合いは実は剣と短剣の中間程度。逃れようとする敵は槍を伸ばして串刺しにする。接近戦こそクリスチーナが水を得る場なのだ。
この距離はアケミにとっては不利である。長刀は槍より短いが剣より長い間合いが最適。それに右腕がやられ、瞬く間に繰り出される突きに対応するのは苦しい。
劣勢……いや、これ以上押されれば確実に殺される。それができる実力をクリスチーナは持っている……。
「単純に剣技ならあなたの方が上。でも戦いなら別。あなたは自分と同等以上のレベルの人間とぶつかった経験がなさすぎる。あなたが唯一私と張り合えるのは、ベッドの上だけよ」
槍の穂先に付いた血を指で拭い、舐め取る仕草が見覚えのある艶めかしさを醸し出す。
一方でアケミに余裕はない。どんなシミュレーションをしても追い詰められる結末しか浮かばない…。
まず突進してきたクリスチーナに対し、避けるか待ち構えるかの選択を迫られる。避けなければ突進突きを受け止めなければならず、左右に避ければ軌道を変えて追ってくる秘技からの接近戦を仕掛けられる。かといって真後ろに下がるなど論外―――どのタイミングでも、後出しができるクリスチーナに攻めの機転を奪われてしまう。
これを打破するには相手の突進前にこちらから仕掛けるしかない。だが傷つけられた右腕は力が入らず、いやそれ以前に……
「その手……なぜグローブをつけているのか気になっていたけど、やっぱりケガしているのね」
見抜かれている……。ジラーとの戦いで皮の剥けた掌は包帯を巻いているが、未だ血が滲み、それを隠すために皮手袋を付けていたのだが、逆効果だった。そもそも中々長刀を抜けない時点で異常があると自白しているも同然か……。
「勝負にならないわ……諦めて降伏しなさい。今ならまだ間に合う……全てを捨てて、私と来て。信じられないかもしれないけれど、あなたを一番愛しているのは私。一番理解できるのも私。私なのよ……!」
「じゃあどうして……どうしてこんなことになってるんですか! 仲間を奪って、信用も奪ってっ……あんまりじゃないですか…!」
「………止めなさい。泣き言は聞きたくないわ」
再び構えるクリスチーナ……まるで掌を返すように冷徹になるその眼こそ、アケミは信じられない。
「負ける要素はないはずだけれど、あなたに何度も同じ技が通じるとも思えない……だから、殺すわ。今度は確実に」
低い姿勢から真っ直ぐ向けられる槍は、距離が離れていても喉元を狙っているのがわかるほど研ぎ澄まされて見える。
「…死ねない。あたしにはやらなきゃいけないことがある。それに、こんなわけがわからないまま死にたくない……!」
「………」
アケミは長刀を腰に、重心を低く……居合い抜きの構えだ。何度か見せているこの技の速さと威力はクリスチーナも知るところだが、果たして負傷している今、どれほどの一太刀を繰り出せるかは疑問だ。が、クリスチーナは油断しなかった。負傷しているからこそ一撃に賭けるのだ。後がないからこそ全力を出してくるとわかっている。
互いを真っ直ぐ見据えたまま、二人は集中力を高めていく……その差は歴然だった。右腕に激痛が走り、反比例して血と力が抜けていくアケミは、時が過ぎるほどに苦しくなっていく。柄に添えられた右手はやがて小刻みに震えだし………がくんと、肘から下がった。
――その隙を見逃すはずもなかった。
クリスチーナは突進突きを狙う。チャンスがあれば確実に葬るのが闘争の鉄則――先程のような細かい攻撃は仕掛けず、全力で仕留めにかかる!
それはまるで矢が飛んでくるような速さで、防ぐにも避けるにも刹那の反応速度を求められる一閃。アケミはその挙動に合わせて抜刀する―――ことはしなかった。傷が発する熱と痛みを鎮めるべく、すぅっと息を吐きだし……槍が放たれる瞬間、左足を軸に左回りに半回転し、鞘に収まったままの長刀を突きだす!
「―――!!」
鞘の先はクリスチーナの槍の先端を捕らえ、突きと突きが激突する。威力は拮抗―――いや、木製の長刀の鞘はパキリと音を立ててひび割れる。しかし右手を柄尻に押し当てていた分、槍を片手で握っていたクリスチーナを押し返して弾き飛ばした。
激突の衝撃に視界がぶれながらクリスチーナは理解した。今のは奇跡でも偶然でもない、確信的な反撃だ。わざと隙を見せたのかどうかはわからないが、突進から真っ直ぐ突きを出すことを読んでいた。そして過去に見た自分の動きから槍の軌道を予測していたのだろう。
この槍技の肝は次に繰り出す手を読まれないようにすることだ。そのために攻撃直前の動作を全て同じにしなければならない―――これこそが奥義。だが、逆に言えば必殺の威力を持つ全ての攻撃は全て同じ挙動、同じ軌道から繰り出されることになる。武術を習得するため気が遠くなるほど反復練習を重ねた故に身体に染みついた弱点……たった一度の攻防でそれを見抜き、髪の毛を斬る様な精度で合わせてきたのか!
―――やはり、このコは天才だ…!
三歩下がって体勢を立て直したとき、アケミの姿はない。代わりに、痛々しく割れながらも真っ直ぐ立った長刀の鞘が一本―――
「やああっ!!」
頭上からの声に見上げる間もなく、クリスチーナの背が斬られる。棒高跳びの要領で飛び上がったアケミは上昇する勢いで長刀を抜きながらクリスチーナの頭上を飛び越え、落下に合わせて左手に握った刃を振り下ろしたのだ。
右手はもはや使い物にならない……左手のみで行える、一か八かの攻撃だった。間違いなく致命的な一刀だったのだが……!
「あっ……」
斬った……斬ってしまった。クーラさんを、斬ってしまった…!
あっという間に背中が赤く染まるクリスチーナは前のめりに崩れ……踏み止まり、身体を捻りながら槍を振りかぶる! これまでにない殺気が肌に触れた瞬間、頭で考えるより早く身体は動いていた。
長刀はクリスチーナの左太腿を刺し、
投擲された槍はアケミの左肩を深々と切り裂いて地面に転がった。
二人とももう血塗れだ。クリスチーナは地面にうつぶせのまま息を荒げ、アケミは出血で朦朧としながら顔をくしゃくしゃにしていた。
「もういやだ……こんなのいやだよ…っ!」
涙が止まらない。こんなに涙が溢れるのはいつ以来だろうか。子供のときでも、こんなに泣いた記憶はない…。
「敵を前に…泣く、なんて……」
ずるりと身体を起こし、クーラさんが左足を引きずりながら迫る…。
「敵なんかじゃない……今、この時になってもっ……クーラさんが好きだよ! 殺せないよ…!」
「でも、あなたは剣を取り……私を、斬った…。私より、大事なものがあるから…」
「どうして!? クーラさんがいれば、クーラさんがいるから、何でもできると思った! 親衛隊をつくる私の目標は、クーラさんと同じだと思ってたのに…!」
「……フ、フフ…」
引きつった笑みを浮かべるクーラさんの表情は驚くほど暗い。
「ヴァルメア王が亡くなった頃から、あなたは時にどこか上の空で……時にガムシャラに私を求めた……。すぐにわかった……あなたの心の中に、別の人間がいることに……」
「!? そんなの、いるわけ――」
「バレーナ。バレーナ=エレステル。違う?」
その名は、なぜかズンと胸の奥に響く――。
「なっ……何を言ってる、の……バレーナは、幼馴染みで、クーラさんとは違う…」
「最初はそうだったでしょう……でも、あなたは、女を愛することを知ってしまった……私が、教えてしまった…。あなたの中で、あの女に対する想いの形は、変わっていった…」
「違う! そんなことはない…!」
「じゃあ様子が変わったあの日―――あの告別式の日に、何があったの!?」
「告別式の、日…?」
告別式の日……バレーナとアルタナディアがキスしていたと知ってしまった日……あの日から、あたしが変わった?
意識した途端、自分の知らないピースがどんどん現れ、組み合わさっていく――。
二人の関係を知った時に浮かび上がった言いようのない感情、バレーナに当てつけのようにクーラさんとのことをバラしたのも、全て………
……ああ、そうか……私、嫉妬してたんだ……
アルタナディアに嫉妬して……でも、それはバレーナにそういう想いを抱く様になっていたから…⁉ わからない……でも確かに何か胸の中に渦巻く淀みはあった。クーラさんはそれに気付いて………そうだ、だから国境警備に出る時クーラさんは浮気しないようにと……!
「……思い当たる節が、あった? ようやく気付いたようね…」
「違う…」
全てを理解して、あたしは恐怖に震えた。
――じゃあ、じゃあ、今こうして血みどろになっているのは…!
「許せなかった……無意識でも、別の女を忘れるために求められる私が…」
「違う、そんなことない…」
――ミリムを殺したのも、あたしに全てを捨てろと言ったのも……!
「我慢できなかった……離れている間に、あなたの心があの女に向くんじゃないかと…」
「そんなことあるわけない…」
――全部、全部………あたしが原因じゃないか!
「あなたを愛して……本気になって、自分が抑えられなかった……」
「あたしだって…あたしだって……」
クーラさんは私が両手を添えるようにして辛うじて握っている長刀の刃を取り……震える手でその切っ先を、自らの胸に向ける。蒼白になった顔に、力のない微笑みを浮かべて。
「この……うらぎりもの」
全ての感情を吐きだし、クリスチーナは倒れ込むようにして自らの胸を刺し貫く。その感触は、アケミの両手に染みるように記憶される…。
「あ、あ、あ、あぁ、あ―――――」
破滅的な絶叫は荒野に吸い込まれるように消え……アケミの意識もまた、瓦解するように途切れていく。
後は横たわる二人の女を撫でるように、風が吹くだけだった……。
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