第26話


 時間は少し遡る。場所は第二大隊が受け持つ拠点の一つ、サダン砦―――。

「え!? どうしてマユラさんがここに…?」

 任務中のミリムを訪ねてきたのはマユラだった。マユラの所属する第五大隊は現在防衛任務を終えて準待機中。実質休暇中である。

 マユラは軍から支給される軍服を着ているが、武装は腰の剣のみで軽装。代わりに大きなリュックを背負っている。

「陣中見舞い…。新人は特に、一カ月を過ぎるとダレてくるから…」

 腰を下ろしたマユラは、リュックを開けてゴソゴソと差し入れを並べていく。

「…ここ、4人?」

 マユラが聞いたのは、この部屋で生活している人数だ。ミリムに割り当てられている部屋は二段ベッドが部屋の両サイドに一つずつあり、その間は幅二メートルほどのスペースもない。文字通り、兵士が寝るだけの部屋だ。

「自分含めて三人スよ。自分と同じ新人と、一つ上の先輩…」

「そう…じゃあその人たちにもわけてあげて。差し入れは特に許可がいるわけじゃないけど、一応受領報告しておいた方がいい……ピリピリしてきたときに一人だけ物が増えてると余計な疑いかけられることもあるから」

「疑い?」

「近くの村から盗んできたんじゃないか、とか…。口から出まかせでも、嫌疑がかけられた以上は軍も体面があるから……必要以上に取り調べされた人もいた…」

「そうなんスか!? それであらかじめ報告して……あ、ルームメイトの分も用意してあるのも機嫌を損ねないように…!」

 マユラはこくんと頷いた。

「ありがとうございます! …でも、なんでこんなにして下さるんスか?」

「…迷惑だった?」

「いえ、そんな……ただ、お休みの時にわざわざこんな遠くまで差し入れ持って来てもらえるなんて、ちょっと驚いたっていうか……」

 小柄なミリムが上目遣いにマユラを見詰めると、大柄なマユラはほんの少し気恥ずかしそうに目線を下げる。

「………王女様のお側仕えの話、どうするか決めた…?」

「ああ、それは……どうしようか迷ってるのか現状というか…。なんっつーんスかね、それこそ自分はまだ新米じゃないッスか。マユラさんは経験も実力もあるし、先輩はもう別格だし……生まれも実力も平凡な自分が王女様……将来的には女王になられる方のお役に立てるとは、とても……」

「――それは違うと思う」

 マユラにしてははっきりした口調で否定し、ミリムは目を丸くした。

「ミリムにしかできないことがあると思う。自分でできることならわざわざスカウトしないし……ミリムの才能は、私も認める」

「さ、才能なんて私にはないッスよ…!」

「経験を積めばわかってくる…自分に何ができて、何を必要とされているのか。それにリハビリ明けにタッグを組んだときも、ミリムなら背中を任せられるって思ったし……これからも一緒なら、いいなって…」

 言葉が切れて、マユラは俯き……顔を手で覆って縮こまった。

「なんかこういうの、恥ずかしい……」

「え……」

 マユラは盾を構えれば敵の攻撃に揺るがない逞しさがあり、若くして歴戦の戦士の風格さえ漂わせている。しかしこれはどうだろう……歳は四つ上だというのに、身長は三十センチ以上も開きがあるというのに、ミリムはマユラのことを、可愛い人だと思ってしまった。

「ああ、その……そう言ってもらえると、私としても吝かではないというか……いえ、スイマセン、ホントなんて言ったらいいのかわかんないスけど……ありがたいというか、うれしいというか……ミリムさんは心強いですし………やってみようかな、って…」

「……本当に!?」

 マユラの顔が花開くようにぱあっと明るくなり、ミリムは言葉に詰まる。やはりこの人、本性は乙女だ……自分の方が格下なのに、何だか放っておけない気になってしまう。

 一つ咳払いして、ミリムは居住まいを正した。

「えと……まあやるとして――――ただ、気になることが一つあるんでスけど…」

「…何?」

「部隊ってことは、隊長がいるんスよね? だれが隊長をやるんスか?」

「特に聞いてない……けれど、王女様のお付きなら、対外的に通用する人がなるんだと思う。貴族の出身か、あるいは軍の将校とか…。今、参加するであろう人の中で私が有力だと思うのは―――」

「クーラさん、スよねぇ……」

 ミリムの顔が曇る。

「……どうかしたの?」

「いえ、その…まぁ…」

 誤魔化すように目線を窓の外に向けたミリムだが、その途端、表情が変わる。何を見ているのかとマユラも視線の先を追うと、今話をしていたクリスチーナと並んでジラーがいる。一目を避けるように建物の陰にいて、なんというか……近い。

「…どうしてあの人がいるの? 第三大隊だったはず」

 マユラの眉根が寄る。マユラにしては珍しいが、隊を組んでいたときのジラーの態度の悪さはミリムもよく知っている。

「伝令って言ってよく来るんスけど、どうもその、クーラさんが目的っていうか……それにクーラさんも満更ではないというか……」

「ふうん…。でもお側仕えには男は入ってこれないし、気にしなくても……」

「そういうのじゃないんスけど…」

「…じゃあ、クリスチーナ中隊長補佐が嫌い?」

「ううんと……すみません、上手く言えないッス」

「……」

 それ以上ミリムは語らなかった。

 

そしてその夜。宿舎から離れた別棟に泊まったマユラは、窓の外で素早く駆けていく人影を見た。

「ミリム…?」





 

 明くる日。マユラは帰り支度を整え、ミリムに声を掛けようと部屋に向かったが、いない。

「…任務?」

 声をかけられたルームメイトたちは素早く「気をつけ」の姿勢を取る。

「いえ、午前中の訓練が終わって二時間は待機時間なのでありますが……」

 「同室の一つ上の先輩」は、ガチガチに固まって普段使わない口調になっている。マユラの方がキャリアが上なのでさもありなんだが、それ以上に長身に驚いている。軍の兵士は総勢三万名程いるらしいが、これほど大きな女戦士もいないものだ。

 待機時間とは、実際には休憩時間である。食事込みの自由時間と言っていい。もちろん非常招集がかかればすぐに動けなければならないので何をしてもいいというわけではない。ミリムの性格だと合間にカードで遊んだりはしない。どこかで剣の訓練でもしているのだろうか?

「…わかった。戻ってきたら、私は帰ったって伝えてくれるかな」

「は、はい、了解いたしました! ……あ! あのっ…差し入れ、ありがとうございました!」

「うん…がんばってね」

 頭を下げるミリムのルームメイトたちに手を振り、マユラはその場を後にした。

伝言を残したものの、やはり直接会ってから帰りたい。まして、昨日の不安げな顔を見ていてはなおさらだ。しかしマユラはこの砦に入ったことがなかったので勝手がわからない……そんなとき、中央広場に見知った顔が現れた。

「…お?」

「あ……ウェルバー兵長、お疲れ様です」

 ウェルバーの前できっちり頭を下げるマユラ。「お、おう」と答えつつも、ウェルバーは内心ドキドキしている。以前それほど会話しなかったし、寡黙でコミュニケーションが苦手なタイプだと思っていた。そのマユラにまさかこんなに丁寧に挨拶されるとは思わなかったのだ。

 同時に、周囲からも注目される。普段イマイチ冴えないウェルバー(本人は否定)が、自分より強そうな女に頭を下げられている! その絵面がウェルバーを知る第二大隊の兵士たちの笑いを誘う。

 ウェルバーは周りが面白がっている気配を感じつつも、ここは一つ、上官らしく(?)振舞ってみる。確かこの女はシロモリ隊に引き抜かれていたし、アケミに近い女に負ける(?)のは何か嫌だ……と、自分でもどうかと思うそんなくだらない動機からである。

「ど、どうした、一体ここで何してりゅ…」

 ――噛んだ。

 遠目で見ている数人がプッと噴いたのが聞こえてきてウェルバーは赤面した。状況がよくわかっていないマユラは小首を傾げる。

 ウェルバーは誤魔化すように咳払いし、続ける。

「あー…ここで何をしている。貴様は確か、第五大隊所属だったはずだろう?」

「陣中見舞いにきました。ミリムの……ウェルバー兵長もよかったら。持って帰ってもしかたないので……」

 背負っていたリュックを下ろし、包みを渡す。予想外のことにウェルバーも反射的に手を出して受け取ってしまった。紙袋の中を覗くと、ふむ、と頷く。

「なるほど、石鹸と新品のタオルか…! 確かに、石鹸は支給される数が決まっているからな。雨中の哨戒任務や訓練やらで何だかんだ使うし……いやてっきり、オレは酒とかかなと」

「………」

「いやそんな目で見るなよ? わかってるよ、任務中に酒を飲んだりしない………ミリムにも同じものをやったのか?」

 マユラが首を縦に振り、ウェルバーは顎を撫でた。

「ふぅむ……女にはこういうのが喜ばれるのか。なるほどなるほど……」

「―――あの……ミリムを見ませんでしたか。帰る前に挨拶しようとしたんですが、部屋にいなくて……」

「ふん? おぉい、だれかミリムを見ていないかぁ? ちっちゃい女の新兵だ」

 ウェルバーの呼びかけを受け、なんとなく遠目で見ていた野次馬は顔を見合わせる。と、通りすがりの一人が「外に出たの見ましたよ」と教えてくれる。

「外…? 何か任務を受けたのか?」

 ウェルバーとマユラは作戦室へ。任務と言っても様々で、「物資補給任務」の名目で上官が近隣の村に煙草を買いに行かせたりもする。ミリム一人で出たのならそういうことかもしれない。新兵にはよくあることだ。

 しかし作戦室の外出届には記載がない。砦から出るには門番に許可証を提示しなければならないが、それも形式上の話で、脱走の気配がないミリムのような優等兵であれば顔パスになりがちだ。

「おい、ミリムという女の新兵が出たはずだが、どこに向かった?」

「は、先に出たクリスチーナ中隊長補佐の手伝いをするということで村の方へ向かいましたが」

「あぁ?」

 門番の回答に、マユラとウェルバーは首を捻った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る