第25話



 グロニアから離れた避暑地で開催された貴族の子女を集めた武術指南は、訓練というよりイベントの意味合いが強かったが、ニガードの件は自分が思っている以上に知れ渡っているようで、剣を初めて握るような無垢な少女たちからは羨望の眼差しを浴びせられる。

 自分で言うのも何だが、長身で顔もそれなりに整っているし、サラサラの黒髪だけは自画自賛できる。その上で目立つ長刀を携え、男顔負けの異名を持ち、「一人で五十人倒した」「いや百人だ」なんて尾ひれの付いた噂も聞こえれば、嫌でもモテる。一応は恒例行事であり、これまでザ・武人と言わんばかりの親父が来ていたのだから、先人の話を聞いていた彼女たちはさぞ気乗りしなかったことだろう。しかし今年になって同世代の「カッコイイ!」女がやってきて、色めき立っているのだ。

 …いや、「カッコイイ!」なら男であるべきだろう。女らしくないのは認めるが、高潔なイケメン騎士様みたいな目で見られても、残念ながら期待には沿えない…。

感覚のズレに戸惑いながらも、彼女たちは無視できない。なぜなら、どの子であれ、有力な家に嫁ぐ可能性はあるからだ。もちろん家の実権は当主である夫が握っているが、女同士のコミュニティーではまた別の話だ。夫の意見を変えさせるために妻を糸口にするのも手段の一つ……これはクリスチーナによる入れ知恵である。仲良くなっていて損はないという事だ。そもそもシロモリも一応貴族であるのだから面通しするのは当然なのだが、よくよく考えれば当主としての関係とその妻たちとの関係を同時に担うことになるのか…! 当主になる前はそんなこと全く考えていなかっただけに、いざ直面すると大変だ…。キャーキャー言われている今が華なのかもしれない…。

 結局武術指南もそこそこにティーパーティーが催されることに。一度席に着けば周りを囲まれて質問攻めにされる。

「どうやったら男より強くなれますの?」

 頑張れば…。

「女当主って素敵です! 私にもそういう道があるのでしょうか!?」

 さあ…?

「戦場でロマンスとかないんですか? 共に危機を乗り越えた素敵な殿方と一夜を共に過ごしたり、なんて…!」

 …女の人とあったとは言えないなぁ。

 適当に答えても一向に集中攻撃は止む気配がない。いつの間にか腕を絡めて隣にべったりくっついてくる娘まで現れる始末だ。そんなとき、黄色い声を打ち破るように野太く低い唸りが割って入った。

「失礼いたします。アケミ=シロモリ殿はおられますか」

 女たちの声が止む…。秘密の楽園に突如現れた闖入者は、あまり見慣れない制服に身を包んだ厳つい面の男達だ。声を掛けてきた先頭の男の後ろには十人もの屈強な男達が並ぶ。物々しい雰囲気だ…。

「自分がシロモリだが……お前たちは?」

「我々は憲兵隊であります」

「憲兵…!?」

 途端に周囲の子女たちがざわつく。エレステルにおける憲兵隊とは、王室直属の公安部隊の意味合いが強い。

 彼らが戦う相手は、主に不正や反抗を企てる宦官や軍人―――公職の立場にある犯罪者だ。軍人の絶対数が多いこの国では、戦士の粗野な振る舞いに対してある程度目こぼしされている部分はあるが、犯罪は別である。特に強盗・強姦・殺人・汚職は発覚し次第すぐさま軍籍をはく奪され、場合によっては死罪……つまりアケミが斬ることにもなるのだが、それでも犯罪が減るわけではない。表立っていないことを含めれば結構な規模になるはずである。これに対し憲兵隊は数が足りず、規模を拡大することもできない。現役軍人と憲兵が部隊レベルで衝突すれば、もはやこれは内乱である。予想されるこの最悪の事態を考慮し、憲兵隊はその数を制約されているのだ。しかし憲兵側は当然この状況を不服とする。そのため、憲兵隊には数の代わりに強力な権限が与えられた。作戦に必要であれば軍から一時的に戦力を強制徴用でき、容疑が確定していればたとえ名門貴族の大将軍や最高評議院議員であろうとも逮捕できる。ただし、これらは王室からの許可がなければ発動できない。逆に言えば、憲兵隊が動くときは決め打ちの段階である可能性が高い。

「……憲兵隊がこんなところまでどのようなご要件だ?」

「先日、兵士が他の兵士に危害を加えて脱走いたしました。シロモリ殿にはこの脱走兵逮捕のためにご協力いただきたい」

「断る。そんなのはシロモリの仕事じゃない」

 全くもって間違いではない。人手が欲しいなら軍から取ればいいしシロモリは武人であって軍属ではない。

 しかし、憲兵は引くどころか、眉根の皺を深くし、態度を硬化させた。

「…我々は王室の命を受けております。その意味をご理解いただきますよう」

「………」

 王室といっても、バレーナ一人ではない。王族には複数の相談役がおり、彼らの見解を踏まえた上で王が自らの意見を発する。現在王座は空位だが、「王室の意見」とは「王族の総意」であるため、天涯孤独の身の上となったバレーナが一人で決めることになる。まさかバレーナが率先して憲兵を送り込んできたとは思えない、相談役の言う事をしぶしぶ承諾したのが実際だろう。なら……承諾せざるをえなかった事情があるということか。

 改めて憲兵の様子を見る……協力を求めるだけなら総勢十一名も必要ない。確認できる装備は腰に下げたサーベルだけのようだが……

「……わかった。しかしこの場を納めてからでいいか。お集まりいただいたご令嬢方に失礼だ」

「…できるかぎりお早めにお願いいたします」



 グロニアに戻り、憲兵隊の本部へ同行する。憲兵隊の本部は軍とは違い城に近い位置にあり、グロニアの中心部に陣取っている。宿舎もすぐ近くにあり、関連施設を含めると意外と広い。

 高い塀に囲まれた三階建の建物に入り―――地下へ。

「どこへ行く…?」

「こちらです」

 通された先は窓のない小さな部屋。壁には黒板もあるが、会議室というよりは……取調室か。

 勧められた椅子に座ると二人が後ろに立ち、さらに横に男がやってきて手を出した。

「剣をお預かりします」

「剣は持っていない。これは刀だ」

 屁理屈をかますと正面の案内役の男が怪訝な顔をする。それを鼻で笑ってやった。

「そう不快な顔をするな。これは単なる武器ではなくシロモリの証だ。それに、たとえそちらが抜いてもあたしは抜きはせんさ」

「……結構です」

 案内役が下がれと目で合図すると、隣に立っていた男は不満を顔から滲みだして入り口に張り付いた。

「…で? あたしに何の嫌疑がかかってるんだ。お決まりのセリフだろうが、身に覚えはないぞ」

「正直に申し上げれば、我々も半信半疑です。むしろあなたは巻き込まれた…いや、利用されたのではないかと見ています」

「利用…!?」

「脱走者は二名。クリスチーナ=ガーネットとジラー=オムホース」

「…は!?」

 耳を疑う。だが、男は全く表情を変えず、ただ淡々と続ける。

「この二名にはジャファルスのスパイの容疑も掛けられています」

「なっ…ふざけるな、ジラーは知らんがクーラさんがスパイなわけないだろ!」

「内容は不明ですが、クリスチーナがジラーを介してジャファルス側と何らかのやり取りを行っていたことは確認されています。そしてこの事態に気付いたと見られるミリム=スピートを殺害しマユラ=ボーディに重傷を負わせ、今なお逃亡中です」

「………え?」

 もう、言葉は出なかった。

 ミリムが……死んだ?

 クーラさんが、ミリムを殺した……?



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