第23話



 国葬が行われて半月が過ぎた―――。

 第五大隊の駐屯地に入ると、意外な顔がいた。ミリムだ。マユラと一緒に第五大隊の兵士に混じって模擬戦を行っていた。

 ミリムとマユラのコンビは前以上に息が合っているように見えた。特にミリムは味方のマユラだけでなく、背後の敵の位置さえ察知しているような動きだ。相手を撹乱するように動き回りながら、狙いを向けられたら大きな盾を構えるマユラの影に隠れ、マユラが敵を受け止める一瞬の隙に反撃する。倍の人数でも、あの連携を崩すのは難しそうだ……それだけミリムがよく動けている。

 訓練が終わり、ミリムがこちらに気付いて、走り寄ってきた。

「先輩、お久しぶりッス。今日はどうしたんスか?」

「どうしたって…こっちのセリフだ。ケガは大丈夫なのか?」

「おかげさまで……ご心配おかけしました。正直、あのとき気絶するほどのモンじゃなかったんですけどね……ホント面目ないです」

「……ちょっとむこう向け」

 ミリムが返事する前に肩を掴んでぐいっと回れ右させると、シャツを捲りあげる。

「うわわっ!!? ちょっ…なにするんスか先輩っ!!?」

 胸まで捲り上がりそうなのを慌てて押さえながらミリムが悲鳴を上げる。

 右の肩甲骨の下……確かに深い傷ではなかった。だが、痕は消えないだろう……。

 解放すると、さすがのミリムも涙目になって眉を釣り上げた。

「何で、よりによって今、ここで見ようとするんスか! 先輩じゃなかったら訴えてるとこッスよ!?」

「あ、悪い…」

 確かに、衆目に曝されている…。

「……取り合えず、中で話したらいいと思う…」

 歩いて追ってきたマユラの提案は、もっともだった。




 ミリムはマユラと同室だった。

 負傷して療養所に送られたミリムのケガは、幸いにも骨や筋に損傷を追わせるほどではなく、運動機能に障害を残すようなものではなかった。ただし、日常生活レベルでも身体を動かせば傷が開くため、しばらく寝たきりだった。それに包帯を替えるのも上手くいくわけがない。そこでマユラから相部屋に入らないかと提案があったのである。マユラは一時とはいえ戦友だったミリムを気にかけていたようだ。第五大隊と入れ替わりで国境警備に出発した第二大隊に置いてきぼりにされているミリムを引き受けていた。以来、第五大隊駐屯地内第五養成所の寮で二人は過ごし、今に至るのである。

「悪かったな、見舞いに行くタイミングはあったんだが……ちょっとゴチャゴチャしててな」

「いや、別にいいッスよ、気にしないでください。王様がお亡くなりになって忙しかったでしょうし、それに先輩は王女様と幼馴染みなんスよね? だったら王女様の側にいたほうがいいですよ」

「……スマン。本当にすまん…」

 後ろめたさが背中をうつ。別に悪いことをしたわけではないが、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「まあちょっと出遅れましたけど、近々第二大隊を追いかけて国境警備の任務に就く予定です。新兵一年目でちょっと幸先悪いッスけど、これも経験かなって」

 しかしマユラがミリムの肩を引く。

「まだ早い…。寝たきりだったから体力も筋力もまだ戻ってない。もう少し訓練してからのほうがいい…」

「ベッドの上にいたのはたった十日じゃないスか。さっきあれだけ動けたんだから大丈夫ッスよ!」

「ダメ。甘く見てると怪我だけじゃすまない…!」

 どっちも引かない…。

「お前ら、仲いいな」

 姉妹のようにじゃれ合うみたいで微笑ましいが、ふとミオの事を思い出して複雑な気分になる…。

「……ちょっといいか。二人に話があるんだが」

「? 何スか?」

「まだ何も決定してないんだが……バレーナ王女のための部隊を作ろうと思ってる。といっても、そんな大規模なものじゃなくて、意味合いも兵というより、様々な面でサポートする補佐が目的となる。もちろん、護衛できるだけの戦闘力は必用だ。ロナがいただろ? アイツもその一人として考えてる。お前たちも……加わる気はないか?」

 二人はきょとんとし……ミリムは慌てて頭を振った。

「いっ…いやいやいや! それはないッスよ!? だってっ……マユラさんはともかく、私は新兵も新兵っていうか、まだ兵士として何もやってませんし! 王女様のお側仕えなんてとてもとても!」

「要件は女性であること、そしてバレーナと同じ年頃であることだ。その中ならお前の実力は十分及第点だし、求められるのは単純に腕っ節というわけじゃない。それよりも忠誠心の方が大事だ」

「忠誠心って言われても………正直、私は王女様のこと全然わかんないッスよ…」

「フ、そうだな。要は真面目ならいいんだよ。…背中の傷ってのは臆病者の証なんて言われてるが、お前のそれはニガードを逃がさないように一人で飛び込んでいった末にできた、いわば勲章だ。誇りと思っていい。あ、女としては身体に傷が付いたことを申し訳なく思っているが……すまん」

「いや、これは私が突っ込んじゃったせいで………それに、普段訓練でボコボコにしてくるのは先輩なんで、今さら傷がどうって言われても…」

「あん?」

「何でもないッス!」

 背筋を伸ばすミリムを見て苦笑する。本当に必要なのは、心許せるこの性格だ。実務以上に、ミリムはバレーナの助けになるだろう。

「マユラはどうだ? お前みたいなのがバレーナの隣にいると心強い」

「……まだわからない。でも、考えておく…」

「頼む。さっきも言ったが、まだ決まっているわけじゃない。私が考えている段階だ。実際にはいろんな調整をしなくちゃならないだろう。その前にこの話が明るみに出ると問題になりかねない。くれぐれも洩らさないようにな。事態が進行すればまた伝える」

 二人は快く頷いてくれた。



「あの…」

 帰りがけ、駐屯地を出て少ししたところで、ミリムが追ってきて声をかけてきた。

「どうした? 何か忘れ物してたか?」

「いえ、そうじゃなくて……」

「?」

 ミリムは何か言おうとして口を開きかけるが、また閉じて、目線を逸らす。

「なんだ? 何かあるんじゃないのか?」

「あ、その……………やっぱり何でもないス」

「遠慮するな。何でもできるわけじゃないが、話は聞くぞ。文句や恨み事でも怒らない……話によるが」

「そんなんじゃ…。えっと……例の部隊の件ですけど、隊長は先輩がやるんスか?」

「あたしは無理だ。シロモリは基本的に官職には就けないことになってるからな。とはいえしばらくはあたしが引っ張っていくことになるだろうが……気になるか?」

「まあ…」

 ミリムはどこか煮え切らない返事だ。

「…一応、あたしなりに皆が納得できる人間に任せたいとは思ってる。ただ……女王の側に立つかもしれないことを考えると、少しは箔の付いた人物じゃないと格好は付かないかもな。でもそれはこれからの活躍次第だ。だからがんばれ。だけど怪我はするなよ。無事に帰って来い。いいな?」

 頭をクシャクシャと撫でてやると、ミリムはくすぐったそうに、でもどこか気まずいような薄い笑顔を見せた。

 

 その顔は、二度と忘れられなくなった。








 国境警備に出払った第二大隊駐屯地は、今はほとんど人がいない。寮も管理人以外はおらず、がらんとした有様だ。その中の士官室の扉の前で、アケミはクリスチーナと向かい合っていた。

「見送りに来てくれたの? 嬉しいわ」

「国境警備の任につけば、しばらく会えなくなるでしょうし……あたしのほうでなんとかできればよかったんですけど」

「私は中隊長補佐よ? これ以上サボったら降格させられるわよ」

「サボりだなんて、クーラさんは私を助けてくれてますし、その………」

「………フフ」

 クリスチーナが一歩踏み出す。吐息が届く距離になって、空気が重くなる。釣られて胸が高鳴った。もう何度となく交わした、キスする前の緊張感。

「もう行かないと…」

「だからよ」

 瞳に引き寄せられるように唇を重ねる。唇をぐっと押しつけられ、さらに濃厚な絡まりを予期して舌先が動き始めた、そのとき―――

「いッ…!!?」

 ガリっと下唇の先を噛まれた。声の出ない痛みと血の味がして、クーラさんを凝視する。クーラさんはいつも以上に微笑んで、私の肩を引き寄せた。

「おまじないよ」

「おまじ…? なんの?」

「…………浮気しないように」

 そう言われて、自然と眉根が寄る。苛立ちと焦燥が込み上げてきて、クーラさんを睨んだ。

「浮気なんてするわけないし、バカバカしい…!」

「惚れた方は不安になるものよ。あなたも私に本気になってくれればわかるわ」

「私は、クーラさんのこと……!」

「じゃあ―――次はもっと激しいの、期待してるわね?」

 肩から胸、腹、腰まで……細い指で爪弾く様にたっぷりと撫で回され、嫌でもその意味がわかった。きっと耳まで真っ赤になっていた…。




 ひとまずアケミ隊は正式に解散。今後はバレーナ親衛隊(仮)のメンバーのスカウトを再開、部隊設立を目指す。もちろんシロモリ本来の任務もこなさねばならず、研究成果のレポートを提出したり、出稽古に赴いたりと、自由業のようでありながらスケジュールにあまり余裕はない。中でも刑の執行はこちらで日取りを決められない。最悪父に代執行してもらうとしても、それが常態化してはシロモリ当主として失格である。とはいえ、ロナという情報収集能力を持つ優秀な仲間ができたことは大きい。ロナが候補者をある程度絞り込み、それを元に直接本人と接見する。

 ロナの選定は実に見事だ。紹介されたイザベル=マラーノとハイラ=ミスマイルは、ともに十六歳。二人とも上級貴族の家系でありながら、どちらも剣士として筋がいい。もちろん基本的な所作は完璧、バレーナの側にいても申し分ない。そして何より人格が優れていた……こう言っては何だが、自分がいかに貴族の子女として捻くれているか、足りていないかを存分に思い知らされた気分だ。まだまだ本決まりではないが、バレーナの脇を固めるならこの二人がいいだろう。もちろん、相当に鍛え上げた上でのことだが―――しかしよくロナはこんな二人を引っ張ってこれたな…本当に感心してしまう。

 幸先よくスタートしたことに気を良くし、次いでロナの情報網に引っかかるまで自分でも探してみようと遠征稽古を計画したのだが……

「あの、アケミ様……確認なんですけれど、部隊の件は王女様の内諾を頂けたのでしょうか…?」

「…………まだ」

 やんわりとロナに釘を刺された。しかし、そうでも言われなければ会いに行く気にはなれなかっただろう…。



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