第20話
パーティ会場は久方ぶりの賑わいを見せていた。普段は老人ばかりの会場に、極上の美女が現れたからである。
「ミノハウゼ侯爵の御招待で参りました、アケミ=シロモリと申します」
恭しく一礼するうら若い美女に客は沸いた。
まだ二十歳も過ぎていないが抜群のスタイル、そして纏う空気はすでに女性として完成されつつある。その証拠に、背中の部分が開いた白のドレスがよく似合う。エスコートするミノハウゼ侯爵も鼻高々だ。
「おや……アケミではないか」
取り囲む群衆の中から、穏やかながら重厚なオーラを纏った老紳士が現れる。その姿を見た途端、アケミは危うく「げ」と微笑みを崩しそうになった。
クマイル卿。引退したが、議会の中心で政治を続けてきた重鎮。そして幼い頃、バレーナとチャンバラして腕を折ったときに居合わせた一人でもある。かなりの老骨のはずだが、未だに背筋を曲げず真っ直ぐ立っていて、隙がない。
「美しくなったな。それにとても落ち着いている。噂はあてにならんものだな」
「う、噂、ですか…?」
「シロモリの新しい女当主は男勝りの剣の使い手で、兵士たちの間では『長刀斬鬼』の異名をとるとか。しかし言うに事欠いて鬼とは、見る目がないのか的を射ているのか」
「ははは…」
苦笑いするしかない。温厚そうな顔で、ムカつくジジイだ。
「いやいや、シロモリならば剣の腕があって当然! クマイル卿、このような麗しい御令嬢に失礼ですぞ。どれお嬢様、じじいではありますが私と一曲踊っていただけませんかな」
「ワシとも、ぜひ!」
迫られても落ち着いて微笑み返す。ほとんど親父殿より年上の老貴族ばかりだが、悪い気はしない。
「私(わたくし)、恥ずかしながらダンスは不慣れでして。ご指南いただけますか?」
老貴族たちの顔はほころび、手を差し出す。その手を取って、一人ずつ順番に付き合っていく―――微笑みを絶やさずに。
ニガードの事件の後、アケミは地方遠征に出るのを止めた。遠征の目的は地方領主の様子を探ることと、バレーナのための部隊の人員をスカウトすることの二つだったが、ヴァルメア王の御容態の悪化により王権交代の空気が濃厚になっているため、地方より中央の動きを重視するべきだと判断した。部隊のスカウトについてはロナに任せておけばいいだろう。もちろん戦闘力も必要になるが、それよりも大切なことはバレーナに対して忠誠を誓い、裏切らない人格だ。しかしそれも、ロナが選別すれば間違いない。一流商社のバーグ商会ですでに頭角を現し始めている彼女は、人を見る目も抜群だ。きっといい人材を連れてきてくれる。だが、集まった人員をどのようにバレーナの元に置くかという基本的かつ最大の問題が残っている。軍属にするなら新部隊として議会にかけなければならないだろうし、元々王の護衛に当たっている近衛兵の反感を招く。バレーナの側用人扱いにするのが現実的だが、それでは部隊としての権限は無きに等しい…。人数は十人程度を考えているが、そもそも現段階では自分が勝手に動いているだけであって、バレーナが必要としているかをまだ確認していない。しかしこういうことはきちんと整った場で議論すべきであって……今、バレーナにその時間と労力を割いてもらうのは難しい。
難問を先送りにしつつも、一先ず、かねてより考えていた上流階級の社交場への参加を本格的に開始した。
王政に対する反対勢力はどの時代にもあるものだが、ヴァルメア王の治世では王よりも議会の政策に対する不満が多いようだ。しかしそれも割合の問題で、内政に関しては良好と言っていい(いくらか勉強した)。ただし、外政についてはそうとは言えない。問題はやはり隣国・イオンハブスとの関係か…。その辺りの実態を正確に掴むために、まず外堀から埋めていく。一線を退いた老人は、かつての信念を絶やさず秘めていても、ありのままを語ってくれるものだ。それに未だに各方面に影響力を持つ者も少なくはない。面を通しておいて損はないはずだ。
そうして社交界に出た結果、掴みは上々。クーラさんの指導、そして今さらではあるが、母さまの躾の賜物である。
一方、城ではバレーナがヴァルメア王自身の指示により王権授受のための準備に追われているらしい。アポを取ろうとして城に出向いたが、やはり駄目だった。
「バレーナ様はご多忙でございます。日を改めて頂きますようお願いいたします」
応接室で決まり文句を言って出迎えたのは、やはりウラノである。お決まりの淡白な表情、声色である。
「バレーナの様子は?」
「ご健勝であらせられます」
「ウラノは元気?」
「……特に問題ありませんが」
ウラノが訝しげな表情を見せて、内心ガッツポーズをする。
「あたしの噂は?」
「存じております。作戦を主導してニガードの不正を暴いたとか」
「バレーナはどう言っていた?」
「いかにもアケミ様らしい、と仰っておられたそうです」
「ウラノはどう思う?」
「私ごときが評価するなどもってのほかにございます」
「そ」
「…………」
紅茶を啜りながらウラノを見つめ続ける。さすがに気まずくなったのか、ウラノの方から口を開いた。
「もうよろしいでしょうか…?」
「座って」
「…使用人風情がお客様と席を――」
「座れ」
ウラノは一瞬無言になり、言われるがままアケミの対面のソファに座る。刹那の間、殺気に似た尖った気配を感じてアケミは満足した。どういう形であれ、ウラノが本性を垣間見せた。と同時に、どれだけ毒を吐こうとも、有名貴族であるアケミの方が立場が上であることをはっきりさせたのだ。
さて、その上で、だ。
「バレーナと話せる時間を作ってほしい」
対し、ウラノははっきりと呆れた表情を見せた。
「私は王女殿下のスケジュールを管理する立場にございません。全てはバレーナ様がお決めになることです」
「だからバレーナに時間を作るように口添えしてほしい」
「ですから、そのようなこと…」
「バレーナのためにプライベートな戦力を集めている」
「…!? どういうことですか?」
「国内を回り、同年代で高い素養を持った者たちを揃えつつある。もちろんバレーナを常時守れるように全員女性だ」
「…いかに王族でも、理由なく私的な戦力を持てば問題になります」
「だからバレーナと話しておく必要がある。バレーナに王位が移ることを良としない奴らは城中にもいるようだしな。手続きをしないうちにこのことが露見すればバレーナは足元をすくわれかねない」
「…勝手ですね」
「承知の上だ」
「………」
ウラノはこちらを睨むようにして押し黙った。こちらも静かに見返す。
おそらくウラノは意図を読んでいるだろう。バレーナの弱点になりかねない計画を明かしたのは、この情報がどう扱われるかによってウラノの立ち位置がはっきりするから……つまり、暗にバレーナの敵か?味方か?と問うているわけだ。
わざわざこんな遠回しなことをするのにはわけがある。ウラノの経歴だ。調べた結果、ウラノは至って中流の家庭で平民として育ち、一般的な採用試験を受けて城の召使となった。優秀であり、歳が近いからバレーナ専属の側用人の一人となっている。不審な点は見当たらない―――だから、怪しい。
ウラノとは指折るほどしか会っていないが、他の召使たちとは明らかに目線が違う。王政に対する文句や不満を漏らすのではなく、俯瞰の目線で物事を批評するのだ。その批評の元となる論理思考の土壌はどこで培われたのか? そこに疑問が生まれるのだ。調べれば調べるほど平凡な経歴―――ゆえに、限りなくグレー。その正体がわからない。だからこそ今、この場で、味方になるかどうかを見極める必要がある。
ただし、前回この応接室で会った時と今回は違う。今ウラノの目の前にいるのは、帯刀している「長刀斬鬼」。いささか厳つ過ぎる異名だが、こういうときは役に立つ。
「……無礼を承知で申し上げてよろしいでしょうか」
ウラノにしては面白い言い回しだ。大事な場面なのに興味が沸いてしまった。
「何だ?」
「非常に不愉快です」
怒りの目を向けられて「だろうな」と思った。見るからにウラノはプライドが高そうだ。今回のように試されるのは最も嫌うところだろう。さらに言えば、逃げ場がない。秘密を無理矢理押しつけた上に、裏切り、敵となるなら斬ることも已む無し―――こちらがそういう姿勢を見せている以上、始めから選択の余地はない。しかしウラノがそこまで理解しているのなら、やはり優秀であることに違いない。
「わかりました……シロモリ様のご提案、バレーナ様に進言する価値あるものと判断いたします。その上でどうなさるかはバレーナ様次第です」
「余計な尾ひれはつけなくていい。バレーナと話したい、それだけで十分だ」
「かしこまりました」
立ち上がって一礼するころにはいつもの表情に戻っていた……いや、視線が十倍冷たい。
ともあれ、これでなんとかバレーナの周囲を固めることができそうだ。もっとも、正確にはまだメンバーが十分とは言えないのだが……それは追々考えることとしよう。
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