第17話



 ――――元々、気になっていた点はいくつかあった。

 まず、キーム砦周辺に出没していた盗賊はことごとく軍の裏をかいて奇襲を繰り返していたことから、内部から情報が漏れていたか、あるいは内通者がいた可能性が高い。これは誰しも予測できることだが、特定するのは難しかった。なぜなら賊の襲撃に一定の法則がない。強いて挙げるなら兵が少人数の時を狙っているようだが、これは当然のことだ。さらに軍属と賊との接触も見られない。もしかすると伝書鳩のような特別な手段を用いているのかもしれないが、伝書鳩は軍でも使っている。不用意に使えば見つかるリスクが大きい。

 次に盗賊の規模と装備だ。情報が漏れていたなら、囮作戦の時の盗賊の対応に納得がいく。貴族の子女として演出し、自身を誘拐対象として賊を釣り上げる作戦だったが、本当の狙いは砦内での特訓によって示された自分の実力を相手が知っていたかどうかの確認だ。相手の対応を見れば情報が漏れたかどうかがわかる。結果、女4人に対して弓兵から騎馬兵まで用意していたのだから狙い通りの結果がでたのだが、逆に謎が深まってしまったとも言える。一体どこから漏れていたのか?

 これらの疑問に解答をもたらしたのが商家の子女・ロナ=バーグである。彼女が辿り着いた、盗賊に組みする裏切り者とは―――

「ニガード=サラマウンドだと…!?」

 顔を歪めて立ち上がったのは、普段大人しいミハルドとマユラだった。珍しい反応だが、理由はわかる。現在第五大隊が駐屯しているこの地域一帯の地方領主であり、第五大隊が守護する対象である。

 ロナは淡々と報告を続ける―――。

「きっかけは、知り合いの商人の話でした。商談でニガード邸を訪れたとき、ニガード様から家宝の自慢をされたとか。頻繁に強盗の被害に合っているのに、です。調べたところ、これまでニガード様が奪われたのは銀食器や宝石の原石のかけら……確かに盗みやすいものではありますが、何度も襲撃する割には欲が無さ過ぎます。もちろんこれらの品は足が付きにくいというメリットもありますが、それは普通の泥棒の話です。地方領主を相手にする盗賊がブラックマーケットを知らないはずがありません」

「知らねぇよ盗賊の都合なんか。ポリシーなんじゃねぇの? もしくは度胸がないだけとか」

「茶化すな、ジラー」

 口を挟むジラーをミハルドが低い声で唸るように注意する。これまた珍しいが、彼とマユラにとっては他人事ではない。ミハルドを手で制し、ロナに続けるよう目で促す。

「理由は簡単です……盗まれていないからです。ニガード邸における強盗被害は自作自演でした。裏付けも取れています」

「裏付け? どんな?」

「マーケットでの品と金の流れです。体裁を繕うため盗品そのものは流出していますが、換金されて最終的にニガード様に戻っています」

「はあ? そんなことしてどんな意味があるっていうんだよ?」

「――そこからはあたしが話す。ありがとうロナ」

「いえ…」

 ロナは目を伏せて一礼し、一歩下がる。そのロナを末席――ミリムの隣に座るよう指さした。クリスチーナが怪訝な表情をしたが、その場では流した。

「ニガードが自作自演で被害者を装う理由……それは軍の情報を引き出すためだ。こちらの警備情報や部隊の動きなどは保護対象であるニガード卿に知らせる必要があった。しかし卿はその情報を盗賊に売っていた。結果、盗賊はその情報を逆手に取り、補給部隊や少人数の偵察部隊を襲う。強盗被害の状況が続く限り、卿には軍の動きを教え続けなければならないというわけだ」

「許せないッスね…」

 ミリムがポツリと洩らした。皆同じ気持ちだろう。

「…だが、それだけじゃない。前回の囮作戦のときに薄々感じていたことだが、盗賊の本拠地は国境の向こうだ。そして盗賊はジャファルス軍と繋がっている可能性もある」

 そう言うとミハルドとマユラは少なからず動揺した。敵国がスパイ活動しているとなれば警戒は一段階、いや二段階は上がることになる。

「ロナによれば、ニガード邸に出入りしている一団が国境を越え、それらしい人物と接触しているらしい。その報告を受けて、検問所で仲間と思われる人間をすでに何人か捕らえている。だが下っ端だったせいかジャファルス軍との繋がりまではわからずじまいだ」

「でもニガードと盗賊の繋がりの裏付けは取れたのね?」

 クリスチーナが鋭い視線で訊ねる。その意味はつまり―――

「あたしたちはこれから盗賊団の討伐、同時にニガードの捕縛作戦を開始する。これはあたしが第五大隊に属さないからできることだ……当然極秘任務だからな。これからの行動はあたしから直接指示する。それまで各自待機。いつでも行動できるよう準備しておけよ」



 その日の晩、やはり同室になったクリスチーナにじっと見つめられる。

「あの…なんですか?」

 またイタズラされるのかと思ったが、警戒を顕わにするとかえって煽ってしまいそうで、装備の整理をするフリをしてできるだけ自然に振る舞う。

 しばらくアケミをじっと見つめ続けたクリスチーナはふっと視線を逸らすと、ベッドの上でくつろいだ姿勢をとった。妙に艶めかしい……。

「あのロナって子…いつから声をかけていたの?」

「ああ……シロモリの次代として各方面に挨拶に回っていた時に知り合いました。バーグ商会の娘で………まあなんというか、ああ見えて結構気が強いみたいで」

「んん?」

 クーラさんが首を捻るのも当然だ。当初は自分も全く同じ感想だった。

「優秀なんですけど、商家としては必要以上に正義感が強いらしくて。で、そこに同世代の、女で、それなりの立場のあたしが現れて…」

「自分にもできるんじゃないかと?」

「ええ、まー……そんな感じです」

 接触してきたのはロナの方からだった。彼女は商いよりも国のためになるような仕事がしたかった。バーグ商会は評価の高い優良企業だし、経済を潤すことはそれはそれで立派な仕事だと思うのだが、彼女にとっては違うらしい。協力させてほしいと猛アタックを繰り返す彼女についに折れ、以前からグレーだと睨んでいたニガード卿の周辺の調査を依頼した。何か簡単な金の流れでもわかればいいなという程度だったのだが、結果的に今回の件の解決に繋がる決め手を掴んできてしまった。彼女の分析能力は予想外に非凡なものだったのだ。商才も高く、若くして横のつながりも広い。その伝手を使って今回の情報を仕入れたのだから、まったくもって侮れない―――。

「へぇ……大したものね」

「全くですよ。嬉しい誤算ではありましたけど」

「そう…」

 ふっと息を吐き、クーラさんはベッドに寝そべった。

「……あの、怒ってます?」

「何が?」

「ロナのこと、何も言わなかったから…」

「フッ、やめなさい。それじゃ私が面倒くさい女みたいじゃない。大体、隊長であるあなたが全てを部下に報告する義務なんてないのよ。……でもま、焼きもちは焼いたかしら。もっと頼ってくれてもいいのに」

 結局は拗ねているらしい…。

「それで、どうするの」

「? どうって?」

「スカウトしないの? あなたの私兵に」

「―――!」

 ぞっとした。それこそ、まだ誰にも言っていない。いや、具体的に計画すらしていない。ただ、なんとなく思っていただけなのに―――……

「…あたしの部隊なんてありませんよ。シロモリは軍事に直接関われないんですから。今だって形式上隊の形をとっているだけで、あたし自身は面倒見てもらっているだけだと思っています。ただ……」

「ただ…?」

「『あたしの部隊』があったら、クーラさん入ってますよ」

「それはうれしいわね」

 クーラさんは機嫌が直ったのか、身体を起こして頬にキスしてきた。



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