第16話
行程も三分の二を過ぎ、進路はグロニアへと折り返し始める。
ここまで、胡散臭そうな領主や小悪党の集団に遭遇などしたが、概ね無事に通過してきた。だが、これは自分の望むことではない―――。
「先輩、見えてきました!」
アケミの反対側―――馬車の左側に立つミリムが声を上げる。目的地が岩山の陰からちょっとだけ見えている。
キーム砦―――三カ月ぶりだが、まだ第五大隊のナムド隊が駐屯しているはずだ。
「…何を企んでいるのかしら?」
隣を歩くクーラさんが横目で訊ねてくる。この行軍中、荷台で待機する番の時はアケミと並んで歩くことが多い。一応この隊では隊長と副長だから何かと相談することも多い、不自然ではないのだが…。
「別に、何も」
「ウソね」
「ウソ…でもありません」
「うん? どちらにしろ、あまり無理難題をふっかけないようにね。第五大隊は任期を終えて交代の時期だから、面倒なことを言うと私たちあの部屋に押し込められて出られなくなるわよ」
「あの部屋…?」
不意にクーラさんの唇の艶めかしさを思い出す―――。
「…クーラさん、近いです」
「あら…」
顔を近づけてきたクーラさんを離す。
「どうかしたの? 今回の行軍、あなた少し変よ」
「真面目にやってるじゃないですか。クーラさんこそ私で遊び過ぎです」
「構わずにはいられないのよね」
「必要なときだけ助けてください」
「もちろん。いつだってあなたを助けるわ」
「………」
言い方が変わっただけで何だか意味深に聞こえる。ふと、馬車の向こう側からこちらの様子を覗き見ていたミリムと目が合って、ミリムは慌てて荷車の影に顔を引っ込める。ああ、絶対勘違いしてる…。どうしてクーラさんはあたしをからかうのだろうか。
キーム砦に到着したアケミたちは歓迎されず、無視もされずといったところだった。
「――何人かは『特訓』で君一人に手も足も出なかった。その上、手を焼いていた盗賊をあっさり捕まえてしまったんだ。あまり好意的に思っていない者もいるかもしれない。が、概ね実力を認めたのでしょう」
ナムドが微笑しながら言うが、半分真実で半分皮肉だろう。だがむしろ鼻で笑って返す。
「フ、それはよかったです」
予想外の反応にナムドが、そして隣にいたクリスチーナも首を傾げる。
「それはともかく―――捕まえたその盗賊、どうなりましたか?」
「残念ながら取り調べでは埒が明かなくてですね。というのも、傭兵崩れの雇われで、トップと直接繋がりを持っていなかったらしい……まあこのあたりのことは聞き及んでいると思いますが。こちらで継続して拘留する理由がなくなったので本隊へ移送しました。一応、一味のアジトらしきものも発見したのですが、既に引き払われた後でした」
「なるほど」
エレステルは戦士の国とはいえ、誰しもが軍人になれるわけではない。入隊したい人間は多いが、戦時中ではないので必要な軍人の数は限られている。軍事が特色でありながら、実は軍は狭き門なのである。そして夢破れたり、軍規違反の末追放された戦士が盗賊となると、それらに対する形で、これまた軍人未満の戦士たちによる傭兵ギルドが乱立される。エレステルにとってはどちらも国の手から離れた存在であり、頭を悩ませる問題である。盗賊たちがトカゲのしっぽ切りにされたというのもありがちな話だ。
とりあえず一応の結末を見たのだが、
「ナムド中隊長。もうすぐ引き継ぎの時期ですよね」
「ああ、5カ月の任期を終えてグロニアに帰還することになりますが……」
「最後に手柄を立てませんか。協力していただければ有力者に口添えしますよ」
ナムドやクリスチーナ、ハヌマ兵長も目を丸くする。
ややあって、
「フフ……くっくっくっく……ははははは…!」
初めて見るくだけた表情でナムドは笑い始めた。
「面白いですねアケミ殿。まさかそのような提案をしてくるとは。しかも腹に一物あることを隠す気がない……いや、そもそもする必要もないか、あなたが正式にシロモリの要請として持ち込めばそれで済む話でしょうから」
「特に謀があるわけではありませんよ。ただ、乗り気になって頂いたほうがこちらもやりやすい」
「なるほど。しかし手柄を私に渡して、君は何を得る?」
「手柄がなくとも名声は得られます。それであたしは結構」
「…………」
一転してナムドは押し黙った。アケミの言う名声とは何か? 「アケミが協力したことでナムドは手柄をあげた」ということを指すのだろう。それはつまり、アケミがいなければナムド隊は無能ともとられかねない―――そこまで読んだ上で、ナムドは首を縦に振ることに決めた。
「わかりました。仕事納めとして、我々も協力しましょう」
「よろしくお願いします」
頭を下げるアケミをナムドは薄目で見つめる――。
目先の手柄に釣られれば後に恥辱を受けかねない。だが、それを差し引いてもシロモリに貸しができることは大きい。まして、アケミはバレーナ王女と気が置けない仲とも聞く……そう、これはアケミの将来性を見切れるか―――そしてそこまでこちらの思慮が及ぶかをアケミが値踏みする駆け引きだったのである。そしてこの駆け引きはナムドの勝ちであり、負けでもある。アケミはどういう形であれ、コネクションを築ければいいのだから。
怖ろしい…。幼いころからある程度の教育は受けていただろうが、それでも初めて会ったときとは感触が違う。もう自分が得た「力」を使いこなしつつあるのか。
ふと、アケミの隣に座るクリスチーナと目が合う。「どう?」と眼差しが自慢しているのがわかった。
(全く大した女たちだ……)
例によって食堂の片隅に座っていたアケミ一同だったが―――。
「―――盗賊団の討伐ぅ? どうして俺たちが参加しなきゃならない。なんだ、第五大隊は通りすがりのガキ部隊の手がないと盗賊と戦えないのかぁ?」
ジラーがくだを巻くように唸ると普段大人しいマユラもむっとする。それを軽く手で制し、説明を続けた。このやり取りはお決まりのパターンになりつつある。ジラーは息をするように悪態をつく。
「この隊はシロモリ隊だ。シロモリは要請があればオブザーバーとして参加する、当然のことだ。まあ関係ないと言いたいのももっともだから自由参加とする。今回は本腰を入れてかかるからな、実力者が欲しい」
「はあ!?」
間髪入れずジラーが挑発に乗ってきた。
(馬より扱いやすいな)
―――その場の誰もが思ったことだろう。
「作戦というほどのこともない、有象無象の捕縛が目的だ。無論、相当武装している可能性もある。敵対行動をとった場合は反撃するも止む無しだが、首謀者は必ず生かして捕らえること。これは当然だな」
「だがその首謀者はどこに? 組織の全貌は未だに掴めていない」
ミハルドの疑問こそ基本にして最大の謎だ。
「どうかな…。まあ、確証が得られればいいだけだ」
「?」
と、その時。
「先輩、ただいま戻りました」
ミリムだ。ただ単に外出していたにしてはいくらか装備が重い。
「どうだった」
「はい、まあ一応……それで、外に――…」
「わかった。ナムド中隊長には話を通しているが、迎えにいこう。他の皆はこの場で待て」
「んん? 何だぁ?」
アケミとミリム以外は何もわからないまま、そして二人は一度出ていくと、三人になって戻ってきた。
二人の後に現れたのは庶民的なドレスを着てメガネをかけた若い女性。アケミたちと歳の変わらない少女にも見える。それだけでジラーは気に入らなかったようだ。
「ロナだ。見てわかる通り軍属ではない。場所を移すぞ」
宿舎エリアから砦へ移り、空き部屋に移動したシロモリ隊はテーブルを囲み、作戦会議を開始する。が、ジラーの態度は一層悪化した。これにはさすがのクリスチーナもあきれ顔だ。
「テーブルから足を下ろせ。作戦会議だぞ」
「作戦なんて無いと同じだって言ったじゃねえか。大体何なんだお前は。どうして一般人が、小娘がここにいるんだよ、ええ!?」
しかし小娘呼ばわりされたロナは物怖じ一つせず、丁寧に答える。
「私はシロモリ様の要請を受けて調査を行っていました」
「あ? 何だそれ」
「それについて、詳しく話していこう。ロナ、頼む」
ロナは頷くと、厚い表紙のノートを開いて解説を始める。
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