第15話


 

 やれることをやる―――それは自分に言い聞かせた言葉だったのかもしれない。

しばらく考えた末、エレステル全域を回ることにした。表向きは視察であるが、その目的は地方領主の王室に対する動きを探ることにある。

 ヴァルメア王はイオンハブスのガルノス王と非常に懇意にされており、歴史的にも兄弟国である二国が最も深い結びつきを持つに至ったと評価されている。しかしそれを良しとしない者たちも少なくない。なぜなら、二国の間には根深い差別感情が未だ存在しているからである。

 かつてイオンハブスとエレステルは、祖先を同じくする血統の本家と分家であったとされる。本家筋であるイオンハブスは大陸の端にその領土を持ち、東から南にかけて海に面している。エレステルはそのイオンハブスの西側から北側を覆うようにあるのだが、それが両国の関係性に軋みを生む一因……外敵と直接対峙するのは周辺国と国境線が接しているエレステルだけという現状がある。

 イオンハブス側から見れば自国が狙われているわけではないので援軍を送らなくとも問題ではないのだが、「兄弟国」である以上、不義理には感じる。かつてはイオンハブスも援軍を寄こして共同戦線を張ったらしいが、直接的な戦争のない昨今では、イオンハブスの軍がエレステルのためにどうこうすることはない。こうした状況が数十年と続いた末、イオンハブスの中にはエレステルを単なる守備の防衛ラインと認識し、それが分家国であるエレステルの義務だと公言するものが現れた。それは上流階級の人間ほど顕著であり―――エレステル国民の耳にも入ることとなる。こうしていつしか、二国の間には潜在的な差別意識が生まれていた。これを憂えたヴァルメア王とガルノス王は国境を越えて首都同士をつなぐ中央街道を作った。この一大プロジェクトによって流通はとても盛んになり、交流が増すことによって人々の意識も―――少なくとも民衆のレベルでは変わっていったのである。

 しかし今でも、敵愾心を持つ人間が消えることはない。特に任務によって殉職した戦士の家族はそうだ。もっと戦力があれば助かった、そう思うのは仕方がない…。

アケミはどっちもどっちだと思う。エレステルをイオンハブスの尖兵のように言う奴は確かに許せないが、だからといって憎しみが芽生えるようなことではない。兵士が外敵と戦うのは当然であって、イオンハブスに同じように戦う事を求めるのは筋違いである。さらに大局的に見れば、エレステルはイオンハブスを含めて四カ国と接しているが、その内の一つが背中から攻撃してこないなら有益なことである。それに実際は資金・物資の面で援助は続けられている。これは両国の首脳同士で話し合って決めた支援策であり、そのことを全く理解してないわけではないはずだが……染みついた劣等感は消えないものなのだろうか。ヴァルメア王がガルノス王と仲良くされることを「媚びへつらっている」としか見られない貴族もいる。もはや感情的に決めつけてしまっている……。

 バレーナもイオンハブスのアルタナディア姫とは姉妹同然の間柄であるから、協調政策は今後も変わらないだろう。ならばこそ、貴族や高名な人間の中に、ヴァルメア王亡き後クーデターを起こす気配がないか、バレーナのことを次代の王としてどう見ているかを徹底的に調べる必要がある。そのための遠征だ。

さすがに時間が掛かる長旅になる。それに一人では行けない。試行錯誤し、五人ほど軍から借り受けることにした。

 クリスチーナ、ミリム、マユラの三人に、ジラー、ミハルドの二人が加わる。ミハルドはマユラと同じ第五大隊から引き抜いたが、ジラーは第三大隊所属で、アケミとは初見である。

「全く、どうしてガキのお守なんかしなきゃなんないんだよ、ったく…」

 顔合わせ早々、正面切って不満をぶちまけてきたジラー。仕方がない。ジラーもミハルドも歳は三十過ぎで、前線の兵士としては隆盛の時期だ。それを新兵同然且つ親の七光りで戦士面している小娘のアケミの下につけと命じられれば、当然不満もあるだろう。

 だが、アケミは譲らなかった。

「拒否したければ構わんぞ。従わせるだけだ」

「あぁ…!?」

 ジラーの表情が剣呑になる。そもそも軍を通しての命令だから拒否権はない。その上で今の言葉は、ただの挑発に過ぎない。

「ミハルドは不満か? 正直に言ってもらっていい」

「命令に異存はない。シロモリ殿の戦闘能力は認めるし、今回の作戦の目的も理解している。ただ、指揮官としては期待半分といったところではある」

 ミハルドは今回のメンバーの中で一番大柄だが、とても落ち着いている。腹の底は知らないが、荒くれを無理に従わせるよりはいい。直接手合わせをしていないが、同じ第五大隊のマユラが納得する実力なら十分だろう。

 ではジラーはというと、クーラさんの推薦だ。どこでこんな男を見つけてきたのか…。

「今回は長距離を行くために馬車での移動になる。ジラーは馬が得意と聞いた。だから操車を任せたい」

「ふざけんな!! 御者の役なぞそこらの誰かに任せりゃいいだろうが!! 俺は騎兵だぞ!? 馬に乗るんだよ馬に!!」

「だからその腕を買っていると言った」

「…!? どういうことだ…?」

「そのままだ。出発する」




 国土の東に位置する首都・グロニアから出て、南側から西、北へ……時計回りのルートで行く。東には兄弟国であるイオンハブスがあり、南は海に面しているため比較的安全だが、西と北は緊張状態が続いているため注意しなければならない。また、首都から離れるほど治安は悪くなっていく。少数部隊の幌馬車は格好の的だ。

 そういえば、先日の囮作戦で捕らえた賊は、盗賊であることに間違いはないが、どうも大きな組織から派生した一派らしい。正体不明の人物から依頼を受けたらしいとのことだ。だが軍を狙うのはリスクが大きすぎる。襲われた兵士に油断や慢心があっただろうから上手くいっていただけで、軍が本気になれば早晩潰されていただろう。あのナムド中隊長は若いながらも、無能という雰囲気ではなかった。なら、あえて手を打たなかった? 賊を泳がせ……その向こうにいる人物を探っていたのか。いや…あるいはもう目星がついていたのか?

 しかし重要なのはその犯人というより、国の直轄である軍に手を出すというその気風である。戦士に誇りと敬意を持つ国民性こそがエレステルの根幹であり、それを統括するからこそ王は偉大なのだ。逆に言えば、軍に手を出すことすなわち王に刃向かう事、王に仇成すことと言っていいかもしれない。だとすると、敵とは……

「―――先輩」

 いつの間にか荷台に乗りこんでいたミリムに声を掛けられ、考えを中断する。馬車の前に一人、両脇に一人ずつ、交代で見張りながら行軍している。ミリムの代わりに、先程まで正面に座っていたはずのマユラがいない。

「何だ…?」

「あの……どうして私まで隊に組み込まれたんスか?」

「…不満か?」

「いえっ、そういうんじゃないスけど……私一人が新米じゃないスか、足を引っ張るんじゃないかと…」

 小声になるミリム。外に、というか馬を操っているジラーに聞かれたくないのだろう。すかさず文句を言ってきそうだ。

「軍人としての経験値ならあたしも一緒だ」

「確かにそう……いや、そういうことじゃなくて…!」

「……理由を問われれば、必要だからというより他にないな。ミリムの視野の広さと戦場把握能力、加えて身の軽さ足の速さは偵察任務にうってつけだ。この間のマユラとの連携もよかったし……お前はあたしと付き合い長いからな、万が一の時にも対応できるかとも考えた」

「ま、万が一…!?」

「たとえば、隊が分断されたとき。お前ならあたしの考えを読んで上手く合流できそうだ」

「や、そんな……それは自信ないッスよ」

「まあたとえばだ、たとえば。新兵だからって気にするな。あてにしている」

「はあ…」



 王の世代交代が間近であろうと噂される中、地方で特に目立った動きはない……というより、思ったより上手く探れなかったというのが正しい。そもそも王の崩御を話題にするなど不敬であるし、腹に一物あったとしても、まだ小娘であるアケミに曝け出して見せるはずもない。新米であることをまざまざと思い知らされたのは自分だったのだ。

 ただ、別の問題を訴えられた。最近賊が増えているのだという。特に国境付近の地域はその傾向が顕著で、軍も警戒しているが目覚ましい成果は挙げられていない。少数ながらも一応軍を借り受けてやってきたアケミは、シロモリの後継者としては認められたらしく、「くれぐれもよろしく」ということだった。

「――まあようするに親父殿、その先にいるお偉方によろしくということなんだが…」

 視察ルートのちょうど中間地点である都市・サイグレンの宿で、アケミは食後の紅茶を啜りながら唸った。他の面々もすでに食べ終わっている。さすが軍人だけに食事は早い。

「この…視察? 意味あんのかぁ? 成り立てのシロモリ様は適当にあしらわれているだけじゃねぇの?」

 ジラーが楊枝を銜えながらニヤつく。眉を吊り上げるミリムを手で制して続ける。

「どうも国内を荒らし回っている奴らが多いな。しかも中々捕まえられない…」

「…根城は国外にあるのかも」

 マユラがぼそりと呟く。

「あン? なんだそりゃ」

 ジラーは齧った楊枝を吹いて皿に捨てた。

「今、兵力は首都であるグロニアに集中しつつあるッスよね? だからちょっかいを出して、軍がどう動くのかを見ているんじゃ……」

「グロニアの兵力を少なくするわけにはいかない。でも手をこまねいていれば軍の評価は下がり、王室の権威も落ちることになるわね」

 ミリムの後半をクーラさんが引き継いで続けてくれたが、まさにそうだ。しかしそうすると、盗賊のバックにいる者を単純に外敵だと決めつけることはできなくなる。バレーナにどれだけ優秀な為政者の素質があっても、結婚しない限り王座が空席であることにかわりはない。その椅子を狙う者が王室の弱体化を目論んでいる可能性もある。

 ミハルドが挙手した。

「それゆえの視察だということはわかる。しかしシロモリであるあなたは軍に提言できても直接指揮できる権利を持っていないのでは?」

「確かにな。だが、やりようはある」

 多くが「?」と首を傾げる中、ミリムは表情を曇らせた。

「先輩……よからぬこと考えてるッスね…」




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