第14話


 いよいよヴァルメア王のご容体が悪くなってきたらしい。王室周辺に慌ただしい気配が感じ取れる。アケミは一度だけバレーナに会いに行こうと登城してみたが、やはり取り合ってもらえなかった。

「バレーナ様はご多忙でございます。日を改めて頂きますようお願いいたします」

 城中、通された客室で出迎えたウラノは淡々と決まり文句を唱え、粛々と頭を垂れた。まるで何事もないように。

「バレーナ王女のご様子はどうだ? 疲れているとか、そんなことは…」

「ご健勝であらせられます」

「周囲はどうだ? 変わった動きはないか?」

「存じ上げません」

「……あたしが側にいた方がいいんじゃないか? 何か手伝えることがあるんじゃないか?」

「特にその必要はないかと」

「あたしはアイツの味方だ! わかっているだろう!」

 思わず声を荒げてしまった。部屋に二人きりとはいえ、廊下で誰が聞き耳を立てているか知れないというのに――。

「……怖れながら申し上げますが」

 そう言うウラノが、刹那ほどの一瞬、睨んだように見えた。

「お申し出はシロモリ様の職務を逸脱しています。近衛兵を差し置いてシロモリ様が隣に立たれては、バレーナ様は権力を自らに近しい者に与える愚かな王と、武力の影がなければ立てない臆病な王と評されるでしょう。支持を失う事は間違いありません」

「それはっ…!」

 確かにそうかもしれない……しかし、それでもバレーナを助けるためにシロモリを継いだのだ。ここでただ引き下がっては何の意味もない…!!

「シロモリ様……いえ、アケミ様。アケミ様のご活躍ぶりは城中にも届いておりますよ……茶飲み話程度には。そのような薄い看板を背負ったくらいで、国を背負う次代の王の側に侍ることができるとお思いですか? 些か、身の程知らずかと」

「………!」

「シロモリは所詮武芸者……それが世間の見方です。政には参加できず、軍事でも助言しかできない。いかに一介の武人として尊敬されようと、発言力のない者など、権力を欲する有象無象は相手にしないのです。バレーナ様をお助けするにはアケミ様自身に力が無さすぎます。むしろ、現状では足手まといです」

 歯軋りした。何もかもがウラノの言う通りだ。そして何より、そこまで考えの及んでいなかった自分に腹が立つ。

「………どうすればいい」

「さて……そこまでは存じ上げません。ご自身で結論を出して頂くより他にないかと」

 ウラノは丁寧に一礼して部屋を出ていく。一人残され、窓の外に目をやる。ここからはバレーナの部屋は見えない……。




 確かに、思い上がっていたのかもしれない。

 シロモリは平時に置いては要望を優先され、有事には参謀として重宝される。ゆえに、軍では特別な存在―――そういうものだと勝手に思っていた。もちろん、全く間違っているわけではない。しかし、それも実力があっての事で、影響力を持つには実績がなければならない。それはアケミに絶対的に足りないものであり、戦争状態でもない現状では、今すぐどうこうできるものでもなかった。

(シロモリに畏敬の念を抱いて下さる有力者はたくさんいる……でも今の自分は値踏みされているのが実際のところだろう。そもそもウラノの言う発言力を持ったとして、どうする? それが一番必要なのはバレーナだろう。あたしが横合いから出たら余計なことをするだけじゃないのか?)

 ――堂々巡りである。街を彷徨いながら家に辿り着いた時はすっかり暗くなっていた。

 玄関扉の三歩前で気配を感じた。道場の脇の裏庭を覗いてみると、そこには短剣を振るうミオがいた。

 今夜は月が明るい。その月光を浴びて一心不乱に剣を振るミオ。あの決闘の直後は塞ぎこんで部屋から出なかったが、アケミが方々に出向いている間に復活したようだ。最初は食事も喉を通らなかったらしいが、徐々に持ち直し、親父殿からより本格的な実戦訓練を受けているらしい――――全て、家政婦のシャロンさん伝いで聞いた話である。任務を言い訳に家族の団欒に参加しなくなって久しい……結局、ミオとは決闘以来会話をしていない。

 と、ミオがこちらに気付いた。こちらを見つけた瞬間、びくりと肩を振るわせ、顔が引きつったのがはっきり見えた。

 何を怯えて……いや、自分のせいか。あの時、殺しかけたから――。

一度恐怖を味わわされれば身体が竦む。そして恐怖で戦えない者は戦士ではない。あの決闘で、自分はミオの戦士生命すら奪ってしまったのだろうか。だとすれば、ミオの恨みは想像を絶するはずだ……。

 しかしミオは呼吸を整えるように深呼吸すると、落ち着かない自身を隠そうとしながら両手の剣を腰に納めた。これを見て、明確な根拠があったわけではないが、恐怖と闘っているのだと直感的に理解した。

「…お帰りなさいませ…姉さま。シロモリのお務め……お疲れ様です」

「ああ…」

 そこから続かない。話題を思いつかない……いや、話し方から忘れてしまったようだ。

「あの…」

 目線を合わさず、ミオの方から切り出してきた。

「あの時の姉さまと相対した時の凄まじい気迫……姉さまはどうやってあれを身につけられたのですか」

 ぞくりと、背中に怖気が奔った。

「…なぜそんなことを聞く?」

「私も身につけたいんです! 父様に無理を言って、出稽古で様々な方と手合わせして頂きましたが、正直……姉さまほど怖ろしい相手はいなかったです。でも、それでも勝てなかった…!」

「…当たり前だ。お前はまだ子供だ」

「でも姉さまはっ…せめて姉さまほどの気迫があれば…!」

「…………」

 まるでこの間までの自分を見ているようだ…。

「お願いします姉さま、アレを私に教えてください! 父様に聞いても教えて頂けないのです……だから…」

「……じゃあ、そういうことだろう」

 ミオの目に動揺と怒りが交る。それを確認した上で続ける。

「殺気は努力で得られる類のものじゃない。資質の問題だ。無理な奴はどうやったって無理だ」

「…私が姉さまより才能がないことは理解しています。でも、やってみないとわからない…!!」

「ならやってみろ、今」

「……く!」

 ミオが睨む。だが以前の決闘の時と変わらない、あくまで少女の怒りだ。昔の自分はこんなだったのか…。

 そのうちミオの声が震え、泣き顔になってきた。

「私は、どうして、こんなっ……力が、誰よりもバレーナ様をお助けできる力が欲しいのに…!!」

「――――!!」

 そうか…ミオもそうだったのか。親を亡くして一人になるバレーナのために力を尽くそうとしていたのか。自分よりも早く、明確な答えを出していたのだ――。

「……剣の腕だけがバレーナのためになるわけじゃないだろ」

「え…」

「あたしには、政治的な能力というか……いや、違うな、単純に気配りができない。王の側に仕えるにはマイペースすぎる。何度も指摘され、辛辣な言葉を浴びせられたしな」

「姉さまが、ですか…?」

「今さらだが、これまでの素行だって褒められたものじゃない。じゃじゃ馬が急に畏まって見せたところで、鼻で笑われるだけだ」

 言ってて自分で嫌になる……悩んでいるのはどっちだ。

「あたしはシロモリの看板を背負っている。誰よりも最強である必要がある。だがお前までがそうである必要はないだろ。むしろはっきり言ってやる。お前が剣であたしに勝つことは一生ない。どうやったって、自分ができることをするしかないんだ」

「……ふざけるな」

「あ?」

「一生勝てないなんて冗談じゃない!! 自分だって半端者のくせに!! 私は勝つ! あなたを越えてみせます!!」

 震えながらもギリッと奥歯を噛みしめるミオから発する気迫は、殺気とは別種の、熱いものだった。

 それを感じた瞬間、複雑な気分になる。コイツは結局、私にないものを既に持っているのだ。

「……がんばれ」

「え…?」

「もう寝る」

 ミオに背を向けて屋敷に向かう。刀が重い……。




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