第13話
「……ふぅむ」
ナムドは深く息を吐きだした。
死傷者0。ほとんど少女小隊と言っていい4人が余裕綽々で、狩りで得物を獲ってきたかのごとく、わずか半日で賊を捕縛したのである。
「今のところ、軍属である証拠は見つかっていません。しかし時間の問題かと」
報告するハヌマ兵長自身も内心信じられないといった心持だろう。
「兵長……どう思うね?」
「は?」
「敵方の油断もあっただろう。しかしあのシロモリ殿は初陣だ。だというのに堂々としたあの態度。シロモリとはああいうものなのかな?」
「まさか…。彼女の父のガンジョウ殿は武人ではありますが軍属ではありません。戦術のオブザーバーであっても前線の将軍ではない。全く戦場に出ないわけでもないですが、積極的に作戦に参加する立場ではない、というのがシロモリのスタンスだと聞いております」
「ならば彼女はなぜ?」
「さあ……性格ではないでしょうか?」
ハヌマらしくない回答だ。しかしそれくらいしか思い当たらないのも事実。
ハヌマの言った通りシロモリは軍属ではなく、「専門家」「研究者」といった役割が大きい。もちろん代々の当主は個々の実力もあり、軍にも大きく貢献しているし、戦士が誇りであるこの国においても人一倍高潔であるがゆえに、人気も知名度も高い。だからこそ発言権を強めないよう、軍に直接関わらないようにされていると聞いている。逆に要職に就かないからこそ、一定の地位と権限を約束されているとも言える。
そこにおいて、アケミ=シロモリの行動はなんなのか? シロモリを継いだ直後でやる気になっているのか、単に性格か。実力には期待するが―――……
「若いだけなのであればいいが…まあ、それはお互い様か」
漏れ出たナムドの独り言を、ハヌマは聞こえないふりをした。
「こんなに上手くいくとは思わなかったな」
砦の食堂で、未だ納得できないといった面持ちのウェルバーが呟く。これでもう何度目かわからない。
第二大隊からの出張組であるウェルバーたちはエレステル側から森に入る入り口付近で待機しており、囮部隊が敵を捕らえれば移送を、戻ってこなければ応援に向かう準備があった。てっきり後者の役回りだとばかり思っていたウェルバーは予定の時刻の一時間前に動きだそうとしていたが、それよりもさらに三十分早くアケミたちは戻ったのだった。
しかし作戦メンバーが集まったささやかな祝勝会の席で、アケミはそれほど喜んでいなかった。
「大した相手ではなかった……とは言い切れないけど」
「うん? そりゃどういうことだ?」
「割としっかり待ち伏せされていた。人数がそれなりにいて、騎馬もいて、高所から矢を射られた。たまたま兵力が集まったところにぶつかったんじゃなく……情報が漏れている」
皆が声を上げそうになったところで「しー」とジェスチャーして抑える。
「クーラさんはどう思いました?」
「同感ね。エレステル軍の侵入に備えていたと仮定するなら、馬まで用意していたのに数が中途半端だった。私たちを相手にするのに合わせていたのかもしれないわね。これまでこちらがやられたのもほとんどが奇襲だったというし、情報漏洩の可能性はある。でもそれだと、少し疑問が残るわ」
「疑問? 何が?」
ウェルバーが相槌を打ちながらスペアリブを摘まむ。
「事前にアケミが50人抜きした話を知っていたのなら戦力が少ない。もちろん人員の都合がつかなかった可能性もあるけれど。でもそれよりは、女数人と侮っていたか、50人抜きが接待プレイだったと見ていたとするほうが現実的かしらね」
「でもあの稽古?は手加減するとか、そんなのなかった気がするんスけど…」
ミリムは声を潜める。やられた人間の耳に入ったらまた睨まれる。
「そこがポイントだな。実際に見ていない、又聞きした情報を仕入れる、少し遠い人物。それが賊と繋がっている…」
「――と、結論付けるのは早いけれどもね。ともあれ、アケミ隊長の手際のよさで手掛かりが掴めたわけだし、上々の成果だったということで、かんぱぁい!」
クリスチーナの音頭に流されるままにグラスを上げる一同。「いや、隊長オレ…」というウェルバーの呟きは見事に無視され、盛り上がる。だが前線基地の砦では飲酒は禁止されている上、アケミたち補給部隊は年少者が多いため元々酒を嗜む人間は多くない。雰囲気だけだが、それでも新兵にとって初任務成功の達成感は大きい。直接戦闘に参加しなかった者も笑顔だ。それからしばらく歓談して、早めに解散した。
アケミが部屋に戻ってベッドに腰掛けると、同室のクリスチーナが隣に座った。
「少し強引で危なっかしいところもあったけれど、戦闘の指揮は中々のものだったわ」
「どうも」
クリスチーナに褒められると素直に嬉しい。
「あなたには軍を率いる素質がある。どう? 正式に入隊すれば? シロモリは妹さんか、養子になる人に任せれば」
「いえ……そういうわけには」
「うん? ああ……そういうこと」
と、クリスチーナの細い指が頬に触れてくる。あれだけ槍を振りまわしているのに、不思議とタコもなく、柔らかい。その指先が頬から顎をつうっと撫でてきて、肩が震えた。
「あの…クーラさん?」
「治ったわね、顔の傷」
何のことか一瞬わからなかったが、バレーナに付けられた傷だ。擦って赤くなった程度だったから自分では気にも止めていなかった。
「これからもこういう事をするのなら、傷ついては駄目よ。傷跡が勲章なんていうのは、ブサイクな男の言い訳なんだから」
そう言ってクリスチーナは傷のあった場所にキスした。
「ちょっ…」
「おやすみのキスよ」
「そんなの、ウチではしませんよ」
「されなかった?」
「……ええ」
…そういえば、どうだっただろう。母がミオにしている場面は頭に浮かぶのに、自分がされた記憶がない。いや……単に思い出せないだけだ。考え過ぎるな―――
「…アケミ」
「え――んっ!?」
呼ばれて返事できなかった。口は、唇で塞がれていた。
以前酔っていた時にされた以上に強く、長く吸われ、静かに音を立てて離れた。
唇の先に、痺れるような感触―――。
「おやすみ」
もう一度囁かれて解放される。
「…おやすみなさい」
もやもやは何もかも吹っ飛んだが、すぐには眠れなかった。
部隊の随行を皮切りに、アケミは軍事への参加と挨拶回りを繰り返した。父・ガンジョウと繋がりのあった人物や王侯貴族を始めとする有力者たちを洩らさず、徹底的に回る。その間に何らかのポイントを稼ぎ、名声を上げていく。やや急過ぎる行動にいい顔をしない者も多いだろうが、しかし今でなければできない。今なら「所詮小娘のやること」の一言で済ませられる。それを計算づくでやっていると思われれば、なお結構――――。
「…上手く立ち回っているようだな」
夜、道場で正座して向かい合った父は、嘆息を漏らした。
「お褒めいただき、ありがとうございます」
目を合わさず、しれっと答えて頭を下げる。声のトーンで父が渋い顔をしているのはわかる。
「剣の才能は認める。人の上に立つ資質も認める。しかしここまで無理を押し通せる娘とは夢にも思わなんだ」
「無理、とは思っていません。若い女だから悪目立ちしているだけでしょう」
「その『女』を武器にしているとか」
「………」
…今度は無意識に目を逸らした。それだけで父は察した。
「全く、どこで覚えたのだ。さすがに看過できん」
「誤解だ親父殿…! その……なんかそんな目で見られたときに、ちょっと便乗して無理を通してもらったりしてるだけで、もちろん肌を曝したり触らせたりなんてことは―――」
「無理を通しているではないか、このバカ娘が」
「う……」
そこは申し開きできない…。
「…だけど、あたしはそういうのも込みでいいと思ってる。男であれば強さを求められるだろう。女が美しさを求められるのも然りだ。バレーナを支えるなら……隣に立つのなら、必要だ」
そう答えると、父は小さく唸った。
「…何とも言えん。そういうのは、ワシからは上手く助言できん。ただ、心配させるな。親からすれば……奔放な貴様でも、自慢の娘だ」
「……は?」
「何でもない。二度は言わん」
珍しく狼狽している親父殿。まさか、「娘」として褒められるとは思わなかった…。
しばらくお互いに無言の時間が流れ……思い切って切り出した。
「なあ、親父殿」
「なんだ」
「あたしが深いスリットの入ったドレス着たら似合うかな」
「なっ…ばかものが」
わざとらしく咳き込む親父殿。意外と悪くない…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます