第9話


「え? 正式に後継者になった?」

 クーラさんには珍しい素っ頓狂な声。養成所の他の面々も驚きを隠せないようだった。

 そんな中、拍手をくれる者もいた。ミリムを始めとする後輩たちである。

「凄いじゃないスか! これからは先輩がエレステルの全戦士の模範となるわけですね!」

「いや、そんなプレッシャーかけられてもなぁ……そんなわけないし」

「ですよね!」

「あ? どういう意味――」

「で、で? どんな秘奥義を伝授されたんですか!?」

「え? んー……心構え?」

「えー、誤魔化さずに教えてくださいよ」

「誤魔化してない。つーか教えたら秘奥義にならないだろ」

「じゃあその武器が凄いんですか!? それ、カタナっていう剣なんですよね!?」

 ミリムの視線が刀にくぎ付けになる……というより、野次馬の大半の興味はこの刀だった。エレステルでは刀は珍しい。そもそもこの国に流れ着いたシロモリの祖先が持ち込んだものだし、製法が普通の剣と違って打てるのは実際オウル工房のみ。手間がかかるし、何より刀身の細さが頼りなさげで使おうという気にならない人間が多い。しかし人気は高く、独特の反りと鋭さ、美しい波紋が目を惹きつけて止まないのだ。シロモリ一族の自分は比較的見慣れているが、その気持ちはよくわかる。

「抜いて見せてくださいよ」

「やだ」

「なぜですか、もったいぶらないでくださいよー」

「なんか嫌だ。見せびらかすモンじゃない。これは………斬るためのものだ」

 無意識に声に力が入ってしまった。いや、力だけでなく――…

「え…と…」

 周囲の空気が冷めていく。しまった、囚人を斬った時のことを思い出して無意識に殺気を放っていたらしい。もう少しコントロールできるようにならなければ。

「はいはい、そろそろ訓練に戻りなさい。休憩は終わりよ」

 クーラさんがパンパンと手を叩いて兵士を散らす。それでようやく本題に入れる。

「えっと……それで、以前にもお話していた従軍の件ですが、軍の上層部から正式な許可をもらったので」

「行くの? ふうん…どうかしらね。実際には応相談というところじゃないかしら」

 クリスチーナ中隊長補佐に連れられて隊長室へ。一度も入ったことのないそこは意外と広く、しかも結構な人数がいた。

 奥のデスクで座っているのがこの第二大隊の責任者であるムネストール=ギーナス大隊長。脇に立つのがクリスチーナの直接の上官であるガルマー=ノニム中隊長。他、壁際に何人か立っているが、顔を知っていても話したことのない人間ばかりだ。しかし皆、小隊長以上の階級バッジをつけている。さながら第二養成所のトップ集会といったところだ。部屋の空気に重厚感がある。

「こういう形で話すのは初めてかな、シロモリ殿」

「『殿』は不要です。未熟な若輩ゆえに呼び捨てにしていただいて結構です」

「それは安易なことではないな。書類を」

 親父殿伝いで発行された従軍許可証を提出する。受け取ったムネストールはさっと目を通すとすぐ机上に置いた。

「君が従軍に参加したい理由は何かね?」

「軍の活動と実状を学びたいからです」

「これは訓練ではなく実戦だ。それは理解しているか?」

「無論です。こちらには何度も勝手にお邪魔していますが、正式に訓練を受けた期間はわずかですし、兵としての練度が足りないことは承知しています。全てにおいて、末端の一兵士として扱っていただければ結構です」

「ふむ……」

 ムネストールはぐるりと首を回して再びこちらを見据える。

「君は自分の現状の立場をどのくらい認識している?」

「小娘がわがままをごり押ししていると思われているだろうな、とは」

「フッ、明け透けなところは個人的に好ましい。しかし我々としては、君の想像以上に君の扱いに悩む。この中に同じ貴族出身の者はいたか?」

「ウェルバーがそうじゃないかしら」

「えっ、俺?」

 クリスチーナに指名されたウェルバー兵長――壁に立っていた一人だ――は若く、二十代前半くらいだろうか。貴族と言われれば、ああそうかなと納得できる小ざっぱりした印象で、ルックスもそれなりにいい。

「同じ立場の君から教えて差し上げたまえ」

「ええ? なんて役回りだ……」

 ニヤニヤする周囲に舌打ちして、ウェルバーは一歩前に出た。

「お前が一兵卒と自認するから『お前』と呼ぶぞ。現状、お前はシロモリとして従軍に参加するが、お前の従軍が『シロモリの任務』である以上、軍が責任を負う立場にはない。しかしお前の行動はエレステル国に対し多大な責任が生じる。加えてお前は貴族の子女だ。軍としては護る対象に当たる。でも考えてみろ、エレステルの武人代表みたいなシロモリの後継者がボディガードされて従軍しましたなんてシロモリのメンツが立たないし、国の兵士の士気にも関わる。つまり……えーと……」

「お守をしなきゃならないけど手出ししにくいジレンマにかられると?」

「お、おう…そういうことだ!」

 代わりに回答すると周りがクスクスと笑う。「だから嫌だったんだ」ともう一度舌打ちしてウェルバーは下がった。

「概ねウェルバーの言った通りだ。君の立場は理解するし、家名を背負う覚悟も努力も認める。しかし面倒でもある。気を悪くしないでほしいが」

「…………」

 そんな風に言われては反論しようがない。しかし、実績を積まなければいつまで経っても現状のままだ。

「いいんじゃないですか、別に」

 助け船を出したのは今しがた恥をかかされたはずのウェルバーだった。

「シロモリは普通の貴族と違って軍寄りですし。それである種の特権を与えられながらも政に関しては権力が与えられないんだと聞いています。んだから……アレです、お家芸なんですから、お嬢様感覚で扱わなくてもいいんじゃないですかね。まして、あんなバカ長い剣持って飾りなんてこたぁないでしょ。自分の身は自分で守るということで。現にウチの新兵よりは強いみたいですし…」

「ウェルバーくんより強いだろうことは皆理解している」

「はぁ!?」

 ドッと笑いが起こる。どうもこのウェルバー兵長、イジられ役のようだ。

「大隊長、兵を貸し出すという形でどうでしょう。それなら問題なくこちらも護衛できます」

 クリスチーナが提案すると、ムネストールも頷いた。

「まあそれが妥当だな。さて、そうするとだ…」

 ムネストールが部屋を見回すと、ウェルバーが「あ」と何かに気付いたようだった。

「シロモリ殿の立場がよくわかっているウェルバー兵長に頼もうか」

「マジかよ…!」

 そこでまた部屋は憫笑に包まれた。

つまりこの場に兵士が集められたのは、アケミの同行者を選ぶためだったのだ。

「私もつきます。よろしいですか、大隊長」

 クーラさんが挙手してくれてよかった。正直、ウェルバー兵長だけでは不安だ。

「シロモリ殿はレディだ、女性は必要になる。加えて知った仲だ。頼めるか?」

「はい、このコはお気に入りですから」

 クーラさんが腰に腕を回してきた。耳に吐息がかかってドキッとする。ムネストールは目を細めた。

「…君が彼女に言い寄る狼たちから守るのだが、わかっているかね?」

「もちろん。男に譲る気はありませんよ」

 アケミとクリスチーナに周囲から奇異な視線が集中する。前例があるだけに、絶対誤解されている……。




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