第8話

 

 家督を継いで五日後。

 アケミとガンジョウはエレステル王・ヴァルメアに拝謁していた。それも王様の自室で、である。お加減がすぐれないこともあるが、それでも普通は有りえないことだ。シロモリの名と、ヴァルメア王とガンジョウの間での信頼関係ゆえに成せるのだ。もちろんお付きの家臣やバレーナもいたが―――。

「ほう…美しくなったな、アケミよ」

「え? あ、は…」

 養成所なんかで色っぽいとかエロいとか言われることはあっても「美しい」なんて褒められたことはあまりない。ちょっと照れる。

「幼いころからバレーナと城内でチャンバラをしていたな。あの時はこの娘たちはどうなるのかとハラハラしていたが……成るようになるものだな、ガンジョウ」

 ヴァルメア王は苦笑するが、親父殿は固い表情で頭を下げる。

「アケミはまだ未熟…まだ全てを継ぐには至りませぬ」

「継ぐ? 養子を迎え入れるのではなく、アケミがシロモリを継承するというのか?」

「本日はそのご報告に参りました。我が娘の望みなれば……」

「そうか……よいのか、アケミよ」

 王様もシロモリの仕事をご存じらしい、表情から読み取れた。当然か…。

「才能がありますから」

 冗談のつもりで軽く答えると親父殿が固まり、王様は目を丸くした。

「ほう、なんとな…! はっはっは……頼もしく、楽しみでもあるなガンジョウ」

「は…」

 親父殿の声が重い。後で絶対怒られるな……。

「父上、そろそろよろしいでしょうか?」

脇に座っていたバレーナが立ちあがる。

「ん? 何だ、もう少し話してもよかろう。久方ぶりに顔を見たのだ」

「ええそのとおり。久方ぶりだというのに、父上ばかりアケミと楽しそうではありませんか」

「ふむ…仕方あるまい、子供は子供同士遊んでくるがよい。怪我は困るぞ?」

 王様は朗らかだが、親父殿の顔はおっかないほど怖い―――。

「もう子供ではありません。では、アケミは頂いていきます」

 バレーナは一礼し、合わせるように自分も頭を下げた。



「全く、子供同士などと言われるとは思わなかったな」

 部屋を出てすぐにバレーナは大きな声で不満を漏らす。

「おい、聞こえるぞ」

「いい。聞かせているのだからな」

 バレーナが悪戯っぽく笑う。本当に子供みたいだ。自分と同じく実年齢より上に間違われるルックスだから、バレーナを見慣れない市井の人間が見たらギャップを感じるだろう。

 バレーナの後に続いて廊下を歩きだすと、後ろから一人ついてくる。

(この間のメイド……ウラノだっけ?)

 さっき部屋にはいなかったから、外で控えていたのか。

「それにしても突然来たな」

「まあな、あたしも親父殿から突然言われたし……思ったよりお加減よさそうだな、ヴァルメア様」

「今日は特別だ。あんな父上は最近珍しい……来てくれて感謝する。ミオも来ればよかったのに」

「あ、ああ、まあ…。それよりどこに行くんだ?」

「少し付き合え」

 連れて行かれたのは裏庭だ。しかしさすが城中、裏庭とはいえ広い。そこで壁に立てかけてあった棒の一本を投げて寄こす。木剣だ。

「…おい」

「勝負だ」

 バレーナはにやりと笑って自分の木剣を正眼に構える。

「ちょっと待て、バレー…」

「――差し出がましいようですがバレーナ様、お止め下さいませ」

 間に一歩踏み出したのはウラノだ。相変わらず口調は淡々と、少し冷たくも感じる。

「木剣で野試合など、王族のなさることではございません。ましてアケミ様は手加減を知らぬ猛者とか。昔も王女さまに大怪我を負わせる大罪を犯したそうではありませんか」

「ほう、よく知っているな」

 バレーナは感心するが、こっちにとってはトラウマだ。幼い頃、バレーナを引っ張り回してチャンバラごっこをした挙句、バレーナの腕を折ってしまったのだ。あの時ほど激高し、青ざめた親父殿は見たことがない。それからバレーナから遠ざけられ、一緒の時は監視が置かれるようになった。今も状況は変わらない……。

「私も噂は聞いているぞアケミ。この間は道場破りをしたのだろう? 破天荒すぎるな、お前は!」

「からかうな、道場破りの真似ごとで悪評が立った。もうすでに苦い過去だ」

「ハハハ、面白いな。だが剣の腕が立つことに変わりはない。私もある意味借りがある。リベンジに付き合ってくれてもいいだろう」

「断る。大体お前、ドレスだろ……これ以上何かあったら親父殿に首を刎ねられる」

「誘ったのは私だ。怪我をしても文句は言わんし、言わせん。そうだな、ウラノ?」

 ウラノはわずかに眉間にシワを寄せて、答えない。

「私もそれなりに訓練を積んだ。私が勝つかもしれんし、そのつもりだ」

「ダメなものはダメだ」

「そうか……では言い方を変えよう」

 木剣をすっと下ろしたバレーナの雰囲気が変わった。

「アケミ=シロモリ。シロモリを継ぐならば、私の家臣になるということで間違いないか」

「何だ、突然…? 間違いじゃないが」

「エレステルの武を司るシロモリの当主が飾りだけの女では困る」

「何?」

「その名を継ぐだけの実力を見せよ。武国と名高い我が国の家臣に、弱卒はいらん」

「…なかなかナメた挑発をするな。ちょっと頭にきた」

 肩に担いでいた木剣を構える。バレーナがフッと笑った。

「私にこんなことを言わせたお前が悪い」

「だが少しやる気が出た」

 二人の間の空気が威圧的なものに変わっていく。

「お二人ともお止め下さい。これでは勝負ではなく、ケンカではありませんか」

 ウラノは慌てることなく、場違いなほど淡々と忠言する。それで逆に平静を取り戻させるつもりだったのだろうが、二人には無意味だ。

「いや……あくまで勝負だ!」

 バレーナが踏み込む! 合わせてアケミも踏み込んだ!

 一、二、三合―――木剣が激しくぶつかる。

(強い…!?)

 それが実感だった。思ったより鋭く、想像できなかったほど力強い。気迫なら養成所の兵より勝るかもしれない。一体いつこんな剣技を身につけたのか?

「もう少し力を出すぞ。お前も多少本気を出せ」

 バレーナがさらに振りかぶる。強烈な一撃は木剣が折れそうなほどだ。手がしびれる!

「ちっ…!」

 こちらから振り出す。まだ本気ではないが、それでも脅かせるだろうと踏んでいたが、甘かった。易々と避けられ、逆に喉元を狙われて冷や汗が噴き出る。

 これ以上手加減するのは無理だ…!

「ふうぅぅっ!」

「はあっ――!!」

 打ち込み、避け、返し、かわされ、剣が重なり、また打つ――――乱打戦は鋭く長く、しかし互いの身には触れない。その間にも二人の剣は冴えていく―――。

 ヂッ――!

「くっ…のぉ!」

 バレーナの木剣が頬をかすめて一瞬加減を忘れてしまった。反撃にバレーナの木剣は弾け飛び、次の一撃はバレーナの喉元で切っ先が止まった。

「はっ、はっ……フ、私の負けだ」

 バレーナが息を荒げながらも悔しそうに笑い、こちらも肩を上下させたまま剣を下ろす。

「また私の負けか。憎たらしい奴だ」

「お前、どんな訓練積んだ? ちょっと納得できないぞ……勝ってもこっちの面目丸つぶれだ」

「秘密だ。だが楽しかった。城では本気で相手してくれる人間はいない。王子ならともかく、王女ではな…」

「……わからなくもない。お前ほどじゃないけどな」

「そうか。まあ負けはしたが、ウラノを驚かせることもできたし、よしとしよう」

「え?」

 ウラノに目をやるが、先ほどと同じく姿勢よく立っているだけだ。特に表情が変わっているようには見えないが……。

 と、バレーナの指先が頬を撫でた。

「赤くなっているな。さっき当たった時か? すまなかったな」

「いい。昔の事に比べれば些細な仕返しだ」

「だが顔だ。父上じゃないが、お前は器量がいい。性格はともかくな」

「一言余計だ」

「フ…だがアケミ、お前もシロモリという貴族の顔になるのなら、女として身なりにはこだわった方がいい。お前なら派手なドレスもよく似合う」

「よせ、ガラにもない…」

「照れているのか? ハハ、似合わんな」

「うるさい…!」

 その後、しばらくぶりに楽しい時間を過ごしたが、案の定木剣で打ち合ったことがばれ、親父殿に恐ろしいほど静かに叱られたのだった。





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