第7話 ダンタリオン

 レインハードに直撃した黒い光は彼の急所は免れたものの、相当な出血をしてしまったレインハードは痛みに耐えきれず、そのまま気絶してしまった。

暴走してしまったヘーデは今度はアーサー王子たちの方を向き、そして手をまた彼らに構えた。


 それに気づいたジゼルとアーサー王子はドラゴン料理に一口も口をつけず、すぐさま席を立ち、ドラゴン料理店から逃げ出した。

こちらを睨んでいたヘーデは構えていた手をおろし、素早く彼らを追っかけた。


 夜の暗い通りに二人は出たが、そこにはまだ騒がしい冒険者の酔っ払いがたくさんいた。

付いてきたヘーデも店を出て、その通りに向かった。


「ふうぇえ……ヒック……」


冒険者の酔っ払いがふらふらと歩きながら、こっちに向かってきた。そして、出てきたヘーデにぶつかった。


「おい! なにぶつかってきてんだよ!!」


「お前だろ、ぶつかったのは! げっはははは」


 酔っ払い冒険者の仲間らしき人が二人の間に入って冗談っぽくそんなことを吹かしていた。


 ヘーデは彼らを見ると、無感情で手を彼らに向けて、「——・・・・・—・・—」と低い声で言った。


ピュンッっ!!


 黒い光は彼の胸を貫通し、そして酔っ払いの二人はバタッとその場で倒れた。


 「キャアア!!」と叫ぶ声がそこら中で聞こえながら、ヘーデは倒れた二人を気にするそぶりを見せずにアーサー王子とジゼルのいた方向を向いた。


 そして、全く躊躇せずに手をアーサー王子たちに構えた。


「回避してください!」


 ジゼルがアーサー王子に指示を送る。それを聞いたアーサー王子は頭を下げて、ヘーデの攻撃をギリギリで避けた。

「炎の精霊よ、炎獄の呪文を我に授けよ。滅びの火となりて、全てを焼き尽くせ『業火の裁き』!」


 ジゼルが盗賊を倒した時と同じ詠唱魔法を唱え、そして彼女の杖からは獄炎の炎が直接ヘーデに当たった。

退院したばかりのジゼルは魔力量の回復ができていなかったため、盗賊にぶつけた魔法よりは威力が霞むが、それでもなお正確な魔法でヘーデの急所に当たった。


 獄炎の煙が、なくなりヘーデの姿が見えた。

だが、しかし何もなかったかのように彼女はそのまま立ち尽くしていた。


「なに……!威力は弱くても、『業火の裁き』が効かないとは……」


 呆然としたジゼルにすぐさま、ヘーデの攻撃が再度、飛んできた。上手く防御魔法で防げれたのはいいものの、このままでは何もできずに、ジゼルの魔力量が消失していく一方である。


 アーサー王子は無謀にも、手に持っていた木刀を振り回し、ヘーデの元へとダッシュしていった。

驚くことに、ヘーデは魔法を使わずに、ただそのまま動くことなく立っていたため、近づいたアーサー王子は数回、木刀を振りかざし、彼女に弱小すぎる攻撃を与えた。

「ふふっ、どうだ」と言わんばかりの表情で彼女を見つめたアーサー王子は、もう一度攻撃を与えたが、どうにもヘーデには効いていない様子だったため、残念そうに彼は地面を軽く蹴りながら、ジゼルのところまで戻ってきた。


「どうでしたか、アーサー? 攻撃の感触はありましたか?」


「うん、なんか攻撃与えてる時、ちょっと苦しそうだったよ。でも僕の攻撃に対して苦しがってるとかじゃなくて……何者かに操られてる感じがした」


「操られてる……!」


 「そうか!」、と何かを思い出した表情で、ジゼルはアーサー王子にこう言った。


「ヘーデは操られてる! イルマ様と共にしていた時に一度遭遇したことがあるのでわかるの、このタイプの魔物」


「魔物? じゃあヘーデの意思で攻撃してる訳じゃないってこと?」


「うん……確か、頭上で糸操り人形のように、魔物が人を操ってるの! 名前は『ダンタリオン』。だから、ヘーデの言っていた言語が聞き取れなかったのね、魔物しか扱えない古代魔法の詠唱だから」


「でもどうやって倒すの!!」


「直接、ヘーデを攻撃するだけじゃヘーデ自身にダメージが入るだけ……彼女の頭上を狙って。そこにいるはずだから、彼女を操ってる黒幕みたいなやつが!」


 ジゼルの魔力量はこの時点で文字通り、空っぽだった。

この場で唯一ダンタリオンを倒せたのは、——アーサー王子だけだった。


 武器は木刀しか持っていないアーサー王子だったが、幼少期から叩き込まれた剣術の基本で、なんとかするしかなかった。


 ヘーデ、いやダンタリオンはまたもやヘーデを操り、古代魔法の詠唱を唱え始めた。


「——・・・・」


 アーサー王子は瞬く間の隙に、ヘーデの方に走っていった。

そして、高く飛び、ヘーデの頭上で木刀を大きく振りかぶった。


「ギェィ!」


 薄汚い呻き声が聞こえた。

きっとこれが、ダンタリオンの正体なのだろう。

アーサー王子の攻撃が当たった瞬間、操られたヘーデは攻撃をやめて、そして目視できなかったダンタリオンは姿を現した。


 仮面のようなものが頭部を覆い被さり、まるで人間になりたかったのになれなかった、人間に近いそれは、お世辞にも綺麗とは言い難かった。

装飾品を纏い、それで自分の醜さを軽減させようとしているかにも見えた。


 ダンタリオンは、姿を現した瞬間、凶暴化した。

同時に、ヘーデは余計に苦しそうな素振りを見せ、状況を緊迫させた。


「——・・・—・・・・・——・・・・———・・」


 今までとは異なる、長い詠唱を唱えたダンタリオンは、近くにいたアーサー王子を標的とした。

ヘーデが両手を突き出し、そして魔法は放たれた。

周辺を黒い影で覆い、アーサー王子は段々とその影に吸い込まれていった。


 黒い影が少しずつ薄れていくと、アーサー王子は倒れていた。


「アーサー!」


 そうやってジゼルは叫んだが、アーサー王子にその声は届かなかった。


 アーサー王子はヘーデの横で立ち上がり、そしてジゼルの方向を向いた。

彼もダンタリオンによって操られた状態にさせられてしまったのだ。

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