第8話 使用人一家の定め

 アーサー王子とヘーデが両方ダンタリオンによって支配されてしまった。

しかし、それに対応する術もないジゼルはただその場で座り込み、何もできなかった。


 アーサー王子とヘーデがダンタリオンの指示によって両手を構え、そして詠唱をし始めた。


「——・・・・————・・・・・・・——」


 今までの鋭い黒光ではなく、巨大な赤黒い闇の光束が二人の手から座り込んでいたジゼルに一直線に放たれた。


 ジゼルのそばまでそれはものすごい勢いと風を吹かせた。

恐怖のどん底みたいな表情で皮肉にも光眩しい赤黒い闇の光束は、どんどんと彼女に近づいていった。


「——防御結界!!」


 料理店から聞こえてきた聞き馴染みの声。

その瞬間に、ジゼルに当たる寸前の所まで来ていたダンタリオンの魔法はパリーンと音を出しながら、弾き飛ばされた。


 料理店から出てきたのは、我が冒険者パーティーの僧侶、レインハードだった。

胸の傷は癒えていたが、きっとジゼルとアーサー王子が混戦中に、自分に治癒魔法を使っていたのだろう。


「レインハード、さん……」


 ここまでずっとだらしなくてダサかったあのレインハードが、一応僧侶並みに治癒魔法を使えた。

ジゼルの元へと駆け寄り、防御魔法を行使しながら、彼女に治癒を施していた。


(私は何のための召使なんだ……アーサー王子の一人も守れないのに……)


◇ ◇ ◇


「おい! レインハード! こんなことで倒れる!」


「はいッ! 父上!!」


 王族の使用人一家として生まれた私、レインハードも、子どもの頃から全ての自由を奪われて父から王族の使用人になるため、辛い訓練を受けていた。


「お前は出来損ないだ! なぜこんな容易なことまでできないのだ!」


パチンっ!


「あなた、レインはまだ子どもなのに厳しすぎよ!」


「大丈夫です、母上……」


 そんな具合で私は、使用人としての作法のみならず、剣術と基本的な防御魔法と治癒魔法を幼少時代から叩き込まれた。

勿論、外で遊ぶことも許されず、友達と呼べる人は一人としていなかった。


「そんな調子では、これから生まれてくるアーサー王子の世話はできないだろう」


 お姉様にもよく言われたものだ。

「だらしない性格をどうにかしなさい」と。

でも唯一お姉様とは仲が良かった。

彼女が冒険に出てしまってからは、独りぼっちになったけれど、楽しそうな冒険の内容が記されたお姉様からの手紙は外の世界の広さを彷彿とさせた。


 父上との訓練は楽しくなかった。

訓練をする度に自分の情けなさを思い知って、また自分のことを嫌いになった。

「我が家系を継げるのは男のお前しかおらんのだ」と父上は重圧をかけてきた。

余計に自分が憐れに思えた。


 別に子どもは親のために生まれた訳でもないのに。

自分のやりたいこともあるのに。

同じ年代の子みたいに外で元気一杯遊びたいのに。


 そう思ったけれど、私はそこから逃げ出す勇気が無かった。

だから、家出すると言い出したアーサー王子を見て、素直にかっこいいなと思ったんです。

アーサー王子、貴方は阿呆で、吸収も悪くてどうしようもない王子ですよ。

でも私が見てきた誰よりも勇敢です。


 貴方は勇者になる資格がある。

いや、貴方がならなくて誰がなるんだ。


◇ ◇ ◇


「アーサーとヘーデの頭上にいるのが、ダンタリオンです……」


「ああ、大体は把握した」


 何故か今のレインハードはいつものだらしなくてダサかった彼ではない気がした。


「アーサー様、聴こえているかは分かりませんが、剣術はもっとしなやかにやるものです。よく見ていてください」


 そう言うと、レインハードはゆっくりとダンタリオンの方に歩き出し、地面に刺さっていたアーサー王子の木刀を抜き取った。


「——・・・・————・・・・・・・——」


 ダンタリオンはレインハードに赤黒い光線を向ける。

瞬時に反応したレインハードは、それを木刀で柔軟に弾き飛ばし、そのまま歩き続けた。

眉を顰めたダンタリオンは、容赦なく次々と、古代魔法を唱えるが、レインハードに当たることは一度も無かった。


 そのまま、高くダンタリオンの方に飛んだレインハードは、木刀を構えた。


「剣術で重要なのは、重心です」


 しなやかな動きで、ダンタリオンに打撃を入れる。

その姿はまるで本当に飛んでいるようで、ジゼルは思わず、「綺麗……」と言っていた。


「次に、重要なのは精神です。清らかな心を持つことで集中力が高められれるのです」


 集中した眼差しで、段々とひよっていくダンタリオンにさらなる打撃を与え、終いには木刀でダンタリオンを斬りつけていた。

魔物特有の黒い血で木刀が染まっていき、荒い声で、あからさまに苦しんでいたダンタリオンを気にする素振りを見せず、圧倒的な力量で彼を斬った。


「最後に重要なのは……」


 と言いかけたが、ダンタリオンがもう動かなくなっていたのを見て、レインハードは動きを止めた。

見れば、アーサー王子とヘーデは既に倒れていた。


 一度も古代魔法を撃たせずに、レインハードは木刀で圧倒的な剣技を持ってして、ダンタリオンを倒した。


「大丈夫ですか?アーサー様、ヘーデ様」


 揺らして彼らを起こすが、反応が無いため取り敢えず治癒魔法を二人に使って彼らの応急処置を施した。


 その後、ジゼルも一緒に病院へと向かい、重傷だったアーサー王子とヘーデは治癒をしてもらった。


 ダンタリオンに行動を支配されていたヘーデは、レインハードの活躍によって自由となった。

ただ一つの問題と言えば……


「私は倒したんですってええ!! 信じてくださいよぉぉぉ!」


 ジゼル以外はレインハードのかっこいい姿を一度も見ていないということだ。


「嘘つけ〜! レインがやったわけないだろ!」


「いや私なんですってアーサー様〜! せ、せめてヘーデさんは信じてもらえますよね!」


「う、うーん」


「なんですかその微妙な反応ぅぅ!」

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