第6話 暴走

 争いの後、ジゼルとお姉さんはレオンハルト王国の大病院にそのまま入院した。


「…ん…」


 先に起きたのはジゼルだった。

アーサー王子とレインハードはほっとしたように彼女を見つめた。

アーサー王子は彼女の手を掴み、そして

「本当に良かったっ……」

と安堵して溜め息を吐いた。


 少し時間が経ち、落ち着いた所でレインハードは具体的な状況説明を求めた。

 

「あたしもよくわからなかったわ。病院内に入った時に意識を取り戻したんだけど、なんだか様子がおかしくて……苦しそうにしてたら急に立ち上がって、雰囲気がガラッと変わったのよ。」


 ジゼルにもよくわからなかったのだと言う。

ならばお姉さんがまた意識を戻す前に彼女を拘束すべきだと、彼女が言ったのでジゼルは重傷を負ったまま、無理にでも立ち上がってお姉さんに拘束魔法をかけた。


「そういえば、彼女の魔法、何語だったんですか? 上手く聞き取れなかったんですが……」


「あたしもわからないわ。どこかで聞いたことあったけど、知らない言語だわ。」


 アーサー王子とレインハードはジゼルの心配をしていたせいか、ドッと疲れが溜まりその日は二人だけで宿舎に戻った。

そして次の日の朝にはまたジゼルとお姉さんのいた病院に戻った。


 病院に向かうと、お姉さんは起きていた。

拘束魔法で縛られながらも、正常に戻っていたのだ。


 ジゼルが怪我してしまったことを詰めようとレインハードが言い詰めようとするが、その前にお姉さんは謝った。


「本当にすみませんでした!!」


「でも貴方のしたことをわかっているんですか?」


「そ、その……記憶がないのです……」


「……え」


 ジゼルは束縛魔法を解いたが、暴走も何もなかった。


 詳しく話を聞くと、彼女の名前はへーデ=ダイアン・ハーストというらしく、23歳なのだと言う。

ここ最近になって記憶が時々途切れてしまうのだと。

記憶がよく途切れてしまうため、あんな山奥にいたらしく、気づいたら火傷を負っていたのだと言う。


「呪いとかなんですかね」


 無礼にもジゼルがそう言うが、ヘーデにも何が原因で記憶の途切れがあるのかがわからなかった。


 彼女は、初めて来た冒険者の国、レオンハルト王国で帰る場所であったり、故郷の帰り方がわからなかったため、ヘーデもとりあえず退院したら、アーサー王子らと行動を共にすることになった。


◇ ◇ ◇


——数日後。


 無事、ジゼルとヘーデは退院し、なぜか莫大の入院費を全て支払うこととなったレインハードは、請求書を見て「私の人生は終わりです。これからは借金返済の生活が待ってるんです」と訳のわからないことを言い出していた。


 そんな姿を見たジゼルは少しばかりの慈悲で入院費を彼女が払った。


「当たり前だろっ」と小言で言っていたレインハードには是非、ジゼルの慈悲深さを見習ってほしい所存である。


「どこ行こっかな〜」


 アーサー王子がそう言うと、レインハードはジゼルとヘーデの体調を気にして、「そんな呑気なこと言わないでください、アーサー様」と呆れながら言った。


「いえいえ、私のことはお気になさらないでください」とヘーデは優しい声で言った。


「それで、冒険者の国に来たらまずは、武器店だろ!!」


 そう言ったアーサー王子は皆んなを連れて、街一番の武器屋に立ち寄った。


「おう、坊主! なんでも見てくれ!」


 気前の良さそうな武器屋の店長は、背の高い坊主頭のカシラっぽい人だった。


「めっちゃ色んな武器があるじゃん〜!」


 店に展示されていたのは、片手剣、槍、斧、弓、杖といった一般的な武器屋の品揃えだったが、全て一級品であったため、金貨が全てジゼルの魔法によって燃やされたアーサー王子は結局何も買うことが出来なかった。


 ジゼルはと言うと素晴らしい品ばかりの魔法の杖を全て細かく見ながら、うふふと笑みを浮かべていた。

それを見たアーサー王子は「キモっ」と彼女には聞こえない程度の声で言った。それに対して、ヘーデとレインハードは抑えめに笑った。

(わかります、アーサー王子)


 ジゼルの要望により次に向かったのは魔法書店だった。

魔法書がズラーっと並んでいた店は少し古めかしかったが、品揃えは実に素晴らしかったとジゼルは言う。

結局、彼女も金貨をあまり持ち合わせていなかったため、何も買うことはなかった。

と思われたが、店を出る直前、彼女は興奮した目で、とある魔法書を手に取った。


「こ、これ、本当にやったの1ゴールドですか!!」


 声を荒げて、そう店長に聞くと、いかにも魔法使いのような見た目をしていたインチキそうなおばさん店長は、「ああ、だがEランクの魔法書だぞ」と言った。


「それでも転移魔法の魔法書で1ゴールドは破格ですよ! 買いますこれ!」


 と言ってジゼルが即買いしたその魔法書は転移魔法の魔法書だった。

イルマがアーサー王子とレインハードを転移させた魔法が使える魔法書だった。

ただ一つの違いはイルマの転移魔法はSクラス相当であり、ジゼルが購入した魔法書はEクラスのゴミだと言うことだ。


「なんかあのインチキ魔法使い店長、これは買わない方が良いみたいな雰囲気出してたけど買って良かったのか、ジゼル?」


「当たり前でしょ! 転移魔法はEクラスであっても非常に珍しくて、高価な魔法のはずよ」


 大丈夫かな……と思いながらも、良い買い物ができて嬉しそうなジゼルを見たヘーデとレインハードは我が子を見るような目で微笑み合った。


「次は、ヘーデの番ね! どこ行きたい?」


 アーサー王子がそう言うと、レインハードは「私の番はないんですか」と文句を言っていたが、それを無視して彼はまたヘーデに同じ質問をした。


「うーん、そうですね〜。そろそろ夜ご飯が食べたいと思います! み、みなさんが良ければですけど……」


「うん! ちょうど僕もお腹空いてた!」


 ホッとした表情をしたヘーデは、アーサー王子らに連れられて、冒険者の国では珍しくないドラゴン料理の店に入店した。


「僕、この分厚いドラゴンステーキ!」


「じゃあ、私もそれで……あ、あとお酒も」


 レインハードはいつもアーサー王子と同じものを食べる。

フィテルベルク城にいた頃でもそれは変わらなかった。

ある意味、毒味役としてだが、今でもその癖が抜けないのだという。


 ジゼルは、「ドラゴン肉と舞茸の炒め物」を頼み、ヘーデも合わせるように同じものを頼んだ。


「いただきま〜〜す!!」


 全員が声を合わせて、そう言うと、「おいしい、おいしい」と言いながら、アーサー王子がヘーデに質問を投げかけた。


「僕、ヘーデのこと好き! 優しくて、頼り甲斐がありそうだもん! 帰るところが無いんだったら、僕の仲間になってよ!!」


「——え」


 そう言ったヘーデは急に泣き出して、「……うんッ!」と笑って答えた。


「こんな風に旅に出たのは初めてで、私嬉しくて……! これからもどうか、よろしくお願いしま——」


——バタッ!


 ヘーデはそう言った瞬間、座っていた椅子から転げ落ちてしまった。

大きな衝撃で落ちた彼女を見て、アーサー王子らだけじゃなくて、その場にいた全員がこっちに注目してきた。


「大丈夫ですか! ヘーデさん!」


 こんな時にはしっかりと駆け寄るだらしないレインハードはそういうと、チャンスだと思いながら彼女を腕で抱え上げて、ボディータッチを試みた。


 苦しそうに踠いていた彼女は、胸を抑えてうめき声をあげていた。

そして、瞬く間に気を失った。

彼女は数秒後に目を覚ましたが、温厚そうな雰囲気とはまるで違う彼女が目覚めたようだった。

レインハードの腕の中にいたヘーデはすぐさま立ち上がり、そして彼を押しのけた。


「だ、大丈夫ですか、ヘーデさん!」


 押されたレインハードがそう言うと、彼女は彼を睨み、そして近くにいた彼に手を向けて構えた。


「——・・・・・—・・—」


 何を言ったのかは聞き取れなかったが、聞き覚えのある言葉だった。

瞬間にして、黒い光が彼女の手の先からピュンと飛び出し、それはレインハードの胸を直撃した。


 ヘーデはまたあの姿へと変貌したのだった。

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