第4話 盗賊

 レインハードは荷台で寝ていた二人を時々、チラチラと確認しながら、馬車を操縦していた。

森に通ずる一本の道をずっと運転していたレインハードの疲れも徐々に溜まり、少し森の木々から日が差し込まなくなった頃に、馬車を一時停止させた。


「おーい、お二人さーん!」


 アーサー王子とジゼルの肩を揺らしながら、二人を起こそうとするが、中々起きない。

アーサー王子は一度眠ってしまったら、しっかりと眠るまで起きることはないのをレインハードは知っていたが、ジゼルもどうやら同様、寝起きが苦手な方だったらしい。


 何度起こそうとしても起きなかった二人を一度、放っておいたレインハードは夕飯の準備をするために焚き火を起こした。

夕飯は今朝村を出た時に村長が渡してきた食材を使うことにした彼は、アーサー王子が枕として使っていた布に入った袋を手に取り、中身を確認した。


「げっ、全部潰れてんじゃん」


 今日の夕飯、チキンクリームシチューの材料の鳥もも肉、じゃがいも、人参、玉ねぎは全てボロボロに砕けていた。

大きな鍋にとりあえず今日もらった食材を入れて、牛乳と水を入れたら、チキンクリームシチューの完成! と言ってもあまり料理が得意ではなかったレインハードのシチューの見た目はあまりよろしくなかった。

ただ、匂いは普通のシチューとなんら変わらず、その香ばしいクリームの匂いにつられて、おこしても起きなかったアーサー王子とジゼルは目を覚ました。


「やっと起きましたか、二人とも」


 レインハードがそう声をかけると、うんと頷いた二人は、「いただきます」とテンション低めに声を揃えて言った。 


 レオンハルト王国までの距離は時間でいうとざっと2時間ほどだったが、暗くなった状態で馬車移動は危険であるし、馬の体力を考慮したレインハードはここで一泊し、明朝に出発しようと決めた。

まだ寝ぼけたまま、二人はご飯を食べたらすぐに荷台に移動し、仲良く寝始めた。


 レインハードは焚き火に照らされながら、アーサー王子らの使った食器を水で軽く洗い流していた。

この平和な時間も案外悪くないかも、と思った瞬間、草むらからカサカサと物音が聞こえた。

それも一箇所ではない。


 数カ所から、それも囲まれているかのように周囲全体から物音が聞こえたレインハードはちょうど洗い終わったテーブルナイフを手に持ち、そして構えた。


「こりゃ、大物でっせ!」


 レインハードの背後から現れたのは、いかにも盗賊っぽい見た目の盗賊だった。

レインハードはすぐさま、背を向けまいとその盗賊にナイフを構えた。

すると、続々と、物音がしていた草むらから盗賊の仲間が現れた。


「おっと、そんな小ちゃいナイフ向けてきたって無駄むだ。こっちは七人もいるんだ」


「——要件はなんですか……」


「お、話が早い。ただ持ってる金品全て渡せ。傷つける気はサラサラない」


 大ごとにはしたくなかったレインハードは、ポケットに入っていた銀貨6枚を素直に渡すそぶりをみせ、「これで、有り金全部です。旅の途中でほとんど使い切ってしまったのです」と嘘を伝えた。


「ほうほう。じゃあ馬車の荷台、確認しても金品は何も出てこないってことか?」


 レインハードはタキシードを着ていたので、流石に嘘を信じてもらえなかった。

荷台の中の二人に危害が及んでしまうことを危惧したレインハードは頭をフル稼働させた。

だが、案の定、恐怖により何も思いつかなかった。


 すると、アーサー王子は枕として使っていた大きな荷物を担いで荷台から出てきた。

彼は寝ぼけていた。


 目を窄めていたアーサー王子はほとんど夢の中にいた。そんなわけで、なぜかアーサー王子は金品やらが色々と入った荷物を寝ぼけながら盗賊のリーダーっぽい一人に、渡してしまったのだ。


(何してんの、アーサー王子……)


「金貨があぁぁ……」


 と思わず、口に出したレインハードは残念そうな表情を浮かべていた。


「おい、これって金品じゃねえか。お前ら、荷台を調べ上げろ!」


 と荷物の中身を確認した盗賊は、近くにポツンと座っていた半寝のアーサー王子を人質として使い、仲間に荷台を調べ尽くすように命じた。


 中にジゼルとジゼルの荷物が入っていることを思いだしたレインハードはすぐさま荷台の入り口部分に立ち、盗賊たちを入れさせないようにした。

すると、荷台の中から囁き声が聞こえた。


「敵は何人? あとアーサーはどこ?」とジゼルが入り口に立っていたレインハードに聞いたのだ。


 物音で状況を把握したジゼルはこの絶体絶命な場面を打破する作戦を持っているのかは疑問であったが、レインハードは一番冒険慣れしているであろうジゼルに全てを任せることにした。


「七人。リーダーの隣」


「アーサーを荷台の後ろ側に連れてきて。そしたら合図で大きく叫んで」


 入り口の布越しにジゼルがそう頼むと、レインハードは彼女に身を任せてアーサー王子に一直線に走り出した。7人の盗賊はびっくりした様子でこちらを伺っていた。

リーダーらしき盗賊の元まで突っ走ると、盗賊の手には両手斧が見えた。


 一瞬、怯んだレインハードだったが、ここまでずっと情けなかったことに気づいた彼は、勇気を振り絞り、そのまま突っ込んでいった。


「アーサー様あああああ!!」


 両手斧を何度も雑に振った盗賊の攻撃はたまたま一度もレインハードを当たることなく、見事な空振りを見せた。

アーサー様をしっかりと抱きかかえたレインハードは荷台の後ろに駆け込もうとしていた。


すると、先ほど勇気を振り絞って叫びながらアーサー王子救出作戦を成功させたレインハードの大きな叫びをジゼルはそれを合図だと勘違いし、魔法を詠唱し始めた。


「炎の精霊よ、炎獄の呪文を我に授けよ」


 薄っすらと聞こえてきた魔法の詠唱らしきものに気づいたレインハードは猛ダッシュで、荷台の後ろに隠れようとした。

そこには荷台に堂々と立ち、魔法の杖を持っていたジゼルがいた。


「滅びの火となりて、全てを焼き尽くせ『業火の裁きヘルフレイム』!」


 髪が擦れたくらいのギリギリで、ジゼルの魔法を回避したレインハードは心を落ち着かせるために、大きく何度か深呼吸した上で、惨状を目の当たりにした。


 七人の盗賊は全員ボロボロとなり、焦げ臭い匂いがし、煙がそこら中を這い上がっていた。

全長およそ1キロに渡って、真っ直ぐに伸びた森の焼け跡は、ジゼルの魔法の勢いを物語っている。


 ついでにアーサー王子が寝ぼけて、盗賊のリーダーに渡したアーサー王子の荷物は全て燃えてしまい、灰と化してしまっていた。

無事だったのは、荷台にあったジゼルの荷物とアーサー王子の木刀、そしてレインハードの肌身離さず、持っていた日記だけだった。


 魔法の巨大な爆発音には流石のアーサー王子も起きてしまい、混乱した様子でレインハードを見ていた。そして、すぐにまた寝てしまった。


「あ、ありがとうございます。ジゼル様……」


「え、なんで様付けなのよ」


「いや、なんとなくです……」


 ジゼルの魔力量に驚いた束の間、か細い女性の声が聞こえた。


「た、助けてください」


 どこからきたのかは謎だったが、腕と脚をひどく火傷してしまった女性の姿が見えた。

倒れながらも、力を振り絞って、こちらに寄ってきたのだ。きっとジゼルの魔法に巻き添いを食らったのだろうと思ったレインハードはすぐさま女性の方に近づくと、仰天した。


「え、あなたはもしかして!」


  冒険者の集う酒場の受付嬢であり、レインハードに夜の誘いをしたあの女性だった。

レインハードはなぜこんな森の奥に一人ぼっちでいたのか、気になったが、それよりも彼女の容体があまりにも酷かったので、ジゼルに頼み、浮遊魔法で彼女をレオンハルト王国の病院に連れて行くように指示した。


 寝起きでまだ深夜4時前だったので、面倒臭がっていたジゼルだったが、自分の責任でもあると思い、仕方なくレインハードの指示に従い、彼女を抱えて一足先にレオンハルトに向かうことになった。


 アーサー王子は、ぐっすりと寝ていたため、彼を荷台に放り込み、レインハードはジゼルたちを追うようにして馬車を発進させた。

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