第3話 ジゼル=オーティス
「グンター、案内してやって。この時間は多分修行中だから、あの子。」
イルマがそう言うと、日差しが強く当たりながら、アーサー王子とレインハードはグンたーの案内のもと、村から少し歩いていた。
「そういえば、先ほど街中を走りながら『アーサー王子』と叫んで御坊ちゃまを探していたら、国民からの視線がすごかったので、大変失礼ではありますが、街中にいるときは呼び方を変えてもよろしいでしょうか?」
「え、いいよ。じゃあ『勇者アーサー』ね。」
「——いえ、却下です。」
「なんでええ!」
「現にまだ勇者っぽいこと、何一つしてませんよね。アーサー様とでも呼んでおきます。」
「ちぇーっ。」
そんな会話をしていると、グンターが滝のある場所へと連れて行ってくれた。何瀑かある滝の筋が強く地面を叩きつけ、飛び跳ねた水しぶきが彼らを少し肌寒くさせた。ちょうど滝の中央で滝の瀑布を浴びていた、文字通りに小さな魔法使い見習いがいた。
「おい、ジゼルや。上がってこい、お前さんにお客さんだ。」
魔法使いの修行に滝行が必要なのかは別として、彼女は何事にも非常に冷静だった。グンターの声掛けに反応し、近くの岩に置いてあった大きな布を頭からかぶり、身体中を少しイヤらしく拭いて、彼女はアーサー王子らの近くに駆け足で寄ってきた。
「私にお客様とはどういうことですか、グンターさん。」
「見ての通り、彼らは君の願った冒険者じゃぞ。」
(厳密にはまだ冒険なんてしてないけどね、てっへ!)
「——え、ええ、えええええええ!!」
「どうしたんじゃ、ジゼル。」
「こんな子どもとへなちょこな大人のパーティーなんか嫌ですよ!!」
(おうおう、言ってくれるじゃないですか)
「言うてお前さんもまだ15歳じゃろ。これくらいのユルさがちょうどいいんじゃ。」
ジゼル=オーティスはわ・が・ま・ま・だった。このままではアーサー王子のわがままに付き合うだけでなく、ジゼルのわがままにも対応しなければいけない!!と思ったであろうレインハードはどうにかして、ジゼルをパーティーに参加させないようにしようと決めた。
「——お、俺はああ、バカのレインハードおぉぉ。。。」
汗を垂らしながらも勇気を振り絞ってバカを演じたレインハードはその場にいたアーサー王子を含めて、みんなから引かれた。
「私はジゼル=オーティス。まあこれからよろしくお願いします、バカのレインハードさんっ。」
「僕、アーサー=フィテルベルク!今はまだ13歳だけど、これから最強の勇者になるんだ!!」
「ぷっ!最強なんて、子どもっぽいですが、まあよろしくお願いします。」
「ねえねえ、レイン。ちょっと僕、この人苦手かも。」
(わかる、わかるけど…わがまま王子のアーサー様が言うな。です…)
「ちょっと、どういう言い方よ!あたしもこんなパーティー入りたくないわよ!!」
「お互いに落ち着いておくれっ…」
そうグンターが言うと、ジゼルは不機嫌そうな顔で、じっと黙り込みアーサー王子とレインハードのことを見ることなく、滝の方へと戻り、修行を再開させた。
「本当は素直で良い子なんじゃがなーっ。」
(素直すぎてわがままなんじゃないっすか!くーっ!!)
少し暗くなったところで、グンターに案内され、村長の家に戻ると大量のご馳走が用意されていた。
「ウッヒョー!!」
と叫ぶアーサー王子は目の前にあった飯を食べ始めた。その姿を見たイルマはまたもや笑顔で彼を見守った。
「——それでどうだった、グンター?仲間になれそうか?」
「ああ、まあ時間が経つにつれてじゃな。」
「あのー、私的には普通に無理なんですけど…」
レインハードは小声でイルマにそう伝えると、イルマは「わがままを言うんじゃない!」と怒るのではなく、「そうか、じゃあ仕方ない。」と寛容的な言葉をレインハードに言った。
(よかったーっ、とりあえず彼女が仲間になることはなさそうだー)
——グルル…
朝から何も食べていなかったレインハードも流石にお腹が減っていたので、アーサー王子の隣に座り、一緒に仲良く爆食いを始めた。イルマの仲間たちと村の人々も大きな円卓を囲い、たらふく飲み食いをし始めた。大人たちのお酒に酔った騒ぎ声は夜まで続き、レインハードはお酒を大量に飲んだせいか、酔いが回り、次第に眠くなっていった。アーサー王子は夜の9時半を過ぎたら寝てしまう良い子なので、みんながご馳走を前に騒いでいた中で、一人ポツンとベッドで寝ていた。
◇ ◇ ◇
次の日の朝…
村長の家のベッドではむにゃむにゃと寝言を言いながら、アーサー王子とレインハードは一緒の毛布に包まって気持ち良さそうに眠っていた。目を擦りながらも、しっかりと9時半には寝た偉い子のアーサー王子はベッドから出ると、酒臭いレインハードを見ながら、「げっ」と思い、自分の服の匂いを嗅いで絶望していた。
「あれっ、なんだろうこれ。」
そんな絶望の中で、アーサー王子は円卓にポツンと置いてあった一枚の手紙を手に取った。
『親愛なるアーサーちゃんとレインハード、
15歳でいかにも可弱い女の子、ジゼルちゃんを村に置いて私たち勇者御一行は村から昨日の夜に旅立ちました。仲間に入れさせるかどうかは二人の判断ですが、かわいらしい15歳の女の子を見ず知らずの村に置いていくほど冷酷無慈悲じゃないと思います。どうしても仲間に入れたくなければ、近辺のモンスター出現率が異様に高い森の中に彼女を置いていってください。
PS.冒険パーティーはギルド登録が必要なので、隣国のレオンハルト王国まで行ってください。あと道中で盗賊には注意してね。
愛しきイルマお姉ちゃまより♡』
その手紙を読んだアーサー王子は全てを理解した。たった今、自分は見ず知らずの場所に置いていかれた挙句、知らない少女を仲間に入れろという脅しをかけられていることを。
すると何かを思いついたように、彼は村長の家を後にした。
次に起きてきたのはふらふらの酔っ払いレインハードだった。また円卓に置いてあった手紙を読み、彼は叫んだ。
「ぎゃああああああああ!!!」
つい昨日、わがままなジゼルが仲間になることはないだろうと安堵していたら、
「なんだこれはああ!話が違うじゃないか!」
イルマの行方を探してやる気満々のまま、村長の家を出た彼は、宿の隣で何かゴソゴソ準備をしている様子のアーサー王子を見つけた。
「おー、アーサー様も同じ考えでありましたか!今すぐにここを出ればきっとイルマを…って何してるんですか?」
戸惑いながら、アーサー王子の手元をよく見ると、イルマを追いかけるための準備をしていたのではなく、片手には大きめのシャベルを持ち、反対の手には小ぶりの人1人入りそうな布袋を持っていた。
(やべえ、森の中に置いてくつもりだあ)
純粋な顔でこっちを見てきたアーサー王子は顔がひきつっていたレインハードに向かってこう言った。
「置いていったら可哀想だから、埋めよ…」
「——ダメです、アーサー様!それ以上言ったらもう犯罪者になります。」
(って最高指名手配犯の私が言うことではないか…あは)
「ぎゃあああああああああ!!」
レインハードの叫びを思い立たせるような甲高い悲鳴が隣の村家から聞こえてきた。
そしてシーンとした後すぐに村家から出てきたのは予想通りに寝起きで、あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべたジゼルだった。出てきてから、周囲を見渡し、こちらに気づくと、ドスドスと足音を立ててこちらにやってきた。
ジゼルの怒りはイルマたちではなく、なぜかアーサー王子とレインハードに向けられていた。危機察知能力が非常に高いレインハードはいち早く王子を置いていき、村長の家に駆け込んだ。
(せいぜい頑張れよっ、アーサー王子っ)
とウィンクされたアーサー王子は一人きりとなり、ジゼルの標的は彼に集中砲火した。
ドスドスと大きな音を立てて、アーサー王子のいる所に向かって歩いてくるジゼルは怒り沸騰しそうな表情でアーサー王子を睨みつける。そんなアーサー王子はというと、何か嫌な予感がしたので、手に持っていたシャベルを構えて、決心した表情でジゼルを迎え撃つ準備をしていた。
「貴方達と冒険なんて、絶対にいや!!」
とジゼルが言いながらついにはこちらに向かって走り出したら、なぜかすってんころりんと前に転倒してしまった。
バタっ!
「——イタタ、」
この時、ジゼルはただ転んだだけではなかった。
「聞いてる??貴方の仲間になるつもりはッ!…ってどこにもいないじゃない…」
座りながら、そう言ったジゼルは、アーサー王子の姿を見失ったのだ。
「もう!話も聞かずに、どこにいるのよ!」
と彼女が言うと、転んだ弾みでそのまま座っていた彼女の近くから手がゆっくりと挙がった。
「え?」と思いながら、履いていたスカートの横から手が出ているのに気づいた。
「ぃ、息、がぁできませんっっ…」
スカートの下、いやジゼルの股の間に仰向きで倒れていたのは、アーサー王子だった。パンツの食い込み部分にちょうど顔がすぽっと入り、息が苦しそうになっていた。
そうなのである、、ラッキースケベだああ!
それに気づいたジゼルは次第に顔を赤め、恥じらいのせいで毒舌でわがままなキャラじゃ無くなっていたのが目に見えた。ジゼルは無言でゆっくりと立ち上がると、息がやっとできたアーサー王子は首を抑えながら苦しそうに座っていた。
「…ちゃったっ…」
「ん?なんて言った?」
「またやっちゃったあああ!」
と豪快に泣き出した彼女を見たアーサー王子は結構なまでに引きながらも、「ごめんって」と一応謝っていた。
ジゼルの言動から察せるように、これが初めてのラッキースケベではないらしい。きっと師匠のグンターにラッキースケベをしすぎて、イルマがグンターの心臓に悪いことを気にしたのか、独り立ちさせようとしていたのだろう。確かに、昨日もジゼルが仲間にならないと言った時に、変態グンターは嬉しそうに、笑顔が溢れていた。
「——恥ずかしいから、このことは誰にも言わないで!」
少し精神年齢が落ちたような言葉遣いで、ジゼルがアーサー王子にそう頼むと、良いことを思いついたと言わんばかりの顔で、「いいよ、言わない。でも条件がある。」と言った。
「条件…なんでも言うとおりにするからっ、、」
「ふふっ。じゃあ…これからは僕のパーティーの魔法使いをちゃんと全うすること!」
ジゼルのことが嫌いと言い、先ほどまで森の奥で彼女を埋めようとしていたアーサー王子にしてはまさかの要求だった。
「わ、わかったけど、それだけでいいの——?」
「うん、それだけで十分!仲間が増えるのは良いことだし!」
すると、弱虫で裏切り者のレインハードがどんな風にアーサー王子がボコボコにされたのかを見に、外へ出ると、泣いていたのはアーサー王子ではなく、ジゼルだったのを見て、状況整理がうまくできなかった。
(もしかすると、アーサー王子はめちゃくちゃ強いのか?ジゼルちゃんをボコったのか?)
イルマの気遣いによって、荷台のついた馬車が村の出入り口に置いてあったため、それに乗り、とりあえずイルマの言っていた隣国まで行くことにした。
アーサー王子に全てを任せてしまったことを反省し、その償いとしてレインハードが馬車の操縦を自ら志願した。大きな荷物を馬車の荷台に乗せたアーサー王子とジゼルはなるべく人の目につかないようにしっかりと荷台の布ボンネットをかけて、やっと村から出発した。
「そういえば、レオンハルト王国って冒険者の国って呼ばれるくらいに冒険者が盛んな国らしいですよ。…って寝てるのか二人とも。」
これから起こる出来事からは想像できないくらいに、荷台にいた二人が平和に寝ていた。
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