第2話 誘拐

「今度こそ本当に旅に出るぞ!僕は自立するんだ!」


お小遣いでもらった大量の金貨が入った財布を持って、『自立するんだ!』は少し納得がいかないかもしれないが、アーサー王子は本気だった。


「じゃあ冒険パーティーの募集をかけるために、冒険者の集う酒場に向かいましょう。」


そう言った、その酒場に着くと、かわいらしい受付嬢がいた。それはレインハードのどタイプのお姉さん系の女性で、


「お兄さん——、かっこいいですね。」


照れながらも、そんなことを言ったそのお姉さんは、金髪ロングで、とろとろした目をした男心を擽る女性だった。


「え、うはは、そうかなあ??」


「はい、ちなみに、今日の夜は時間が空いておりますので…」


小声で彼女は呟いた。


「あはは、全然いいよ」


と言ったレインハードを冷たい目で見ていたアーサー王子によって、目を覚ましたレインハードは気を取り直して、本題の冒険パーティー募集用のチラシ紙をお姉さんからもらった。


「アーサー王子、まずパーティーに必要なのは魔法使いと戦士なので、それぞれの募集をかけてみますね。」


そう言うが、アーサー王子の返事がない。


「えー可愛いこの子!」


と酒場にいた綺麗な女性たちからチヤホヤされていたアーサー王子はレインハードの話を聞いていなかった。ピースしてこっちを見てきたアーサー王子にピキっとキレそうになったが、感情を抑えて、彼は募集チラシを全部自分で作成することにした。


チラシに必要だったのは、

ー募集している役職

ー既存メンバーの情報

ー既存メンバーの顔写真

ー集合場所

の4つの情報だった。


とまだ気づいていない者のために言っておくが、レインハードは世界一がつくほどのナルシストだった。そのために、彼は常備していた自分自身の超イケメン写真コレクションから一枚の写真を取り、それを大々的に募集チラシに貼り付けたのだ。一方で勇者でパーティーリーダーのアーサー王子の写真を小さく角に貼り、自分の写真が余計に目立つようにした。


七夕の日に、願いを短冊にかけるように、「可愛い女の子がパーティーに入りますように。」と願いながら、レインハードはチラシを酒場の掲示板に貼り付け、チヤホヤされていたアーサー王子を女性陣から引っ張り出すと、


「ありがとう、助かったよレイン。」


と皮肉にも感謝されたレインハードは余計にアーサー王子にムカついていた。


酒場から出て、宿舎に帰り、二人はその日、ぐっすり眠った。

(レインハードだけは明日女性陣がたくさん来ることを楽しみに、全く眠ることができなかった。)


◇ ◇ ◇


次の日…


ドンドン!と宿舎のドアをノックする音がきこえた。それも、何度もだった。


レインハードはピンときた。募集の集合場所をここに設定していたので、これはきっと私目当ての美人冒険者たちだ、ついに私にもモテ期がああ!と。


期待を膨らませてドアを開けると、なんと期待通りに美人女性たちが続々と小さな宿舎に入ってきた。


「きゃあ!!」


「きゃー!かっこいい!!」


「おっと、素敵なレディーたち…私のことで喧嘩しないでくれっ!」


ついに、モテ期!と思い、満面の笑みを見せたレインハードのピークは今日なのだと確信した。


すると、美人女性陣はドアの目の前に立っていたレインハードをガン無視し、寝ていたアーサー王子の元へと駆け出したのだった。


「——くっ、まあ子どもは有利だよな。」


寝起きのアーサー王子ではあったが、状況を大体把握し、美人女性たちに囲まれてデレていた。


「私、レインハード=フランツ、今日を持ってアーサー王子の使用人を、辞めたいと思います。」


悔し泣きをしていると、


「私にとっては貴方もかっこいいし、かわいいわよ。」


と女性陣の後から宿舎に入ってきたとある女性がそうレインハードに言った。


「へ?ってお姉様!?」


レインハードの実の姉、イルマ=フランツだった。


「やっぱり私はお姉様だけですうう!…ってそれよりどうしたんですか?」


「どうしたって、本当にここにいたのね。」


「へ?」


「その反応だと貴方、記事読んでないみたいね。」


とイルマは手に持っていた新聞記事をレインハードに渡した。そこには大々的な見出しで、『アーサー王子、誘拐。発見者には四千ゴールド』と書いてあった。


「なんなんだ、このデマ記事。アーサー王子は家出したのであって、誘拐はされていない。現に誘拐犯なんていないではないか。まあアーサー王子の冒険ごっこもこれで早く終わるし、帰った方が良さそうですね。」


「——そうもいかないみたいだわ。記事をよく読んで!」


「えーっと、『なお、誘拐犯のレインハード使用人は最高指名手配犯とする。見つけ次第、殺害してよし。』…」


「そういうことよ。」


「ええええええ!!まさかの私が誘拐犯?」


「まさかのまさかよ。だからここにいるのは危険すぎるわ。ほら、アーサーちゃんも冒険続けたいなら逃げるわよ…ってどこにいるのよ。」


「何言ってんだ、すぐそこで美人女性たちに囲まれて……いない——!?」


レインハードが振り向くと先ほどまでアーサー王子を囲んでいた女性陣は既にいなくなっていた。いや女性陣だけではなく、囲まれていたアーサー王子もいなかったのだ。


「ほらあああ!アーサーちゃん、連れていかれたじゃない!!」


青ざめた二人はすぐさま宿舎を離れ、イルマに全ての荷物を渡したレインハードは猛ダッシュでアーサー王子の行方を追った。


「フィテルベルク城に戻るのであれば、きっとこの道を通るはずだ。」


そう言ったレインハードはフィテルベルク城までの道をずーっと探索していたが、アーサー王子どころか、彼を連れ去った女性たちの姿も見つからなかった。


「——アーサー王子!」


大声でそう叫ぶも何も反応がない。それどころか、レインハードの叫び声に一般国民が反応し、アーサー王子がここら辺にいるのかと1000フィテルのために、国総出のアーサー王子大捜索となった。


もうアーサー王子を探すのは諦めて、これから最高指名手配犯としてどう逃げていくかを考えていたレインハードは宿舎に戻った。「きっとフィテルベルク城に無事戻れたのだろう」と願いながら、彼は一人ぼっちでこれから逃げる準備をしていた。


《ピキンッ!ピュルルルルル!》


「え、なにこれ!」


レインハードは転移魔法でどこかへと転移してしまった。


目が覚めると、そこはある平凡な村だった。


「た、助かった…どうやって逃げようか迷ってたけど、こうして異世界に転移されたのなら——」


「異世界じゃないわよ。」


遮って入ってきたのは、イルマだった。彼女を見た瞬間に、レインハードは状況を大体理解した。


「転移魔法は姉さんがやったんだ…ね…」


「そんなことより、逃げようだのなんだの聞こえたけど、ちょっくら説明していただけるかしら?」


圧倒的な圧力でそう聞いてきたイルマに怖気付いたレインハードは情けなくも、土下座をして謝った。使用人として、使えているアーサー王子を放っておくなど使用人としてありえないからだ。


「そ、それでアーサー王子は!」

——情けない土下座姿で頭を地面につけながら、そう聞いた。


「それならしっかりと私たちが探し出して、あなたと同じように転移魔法でこの村にいるわ。」


レインハードの姉、イルマはアーサー王子の憧れる冒険者だった。幼少期から召使い一家生まれという障害も跳ね除けるような圧倒的な剣術と魔術の資質で冒険者として唯一、国に認められた冒険パーティーのリーダーだった。言うならば、魔王を倒すために出来た正式の『勇者御一行』なのだ。


「あ、ありがとう…ございました。」


そんなイルマのパーティーは曲者ばかりだった。グンター=メルトケ、なんと御年72歳の魔法使いだ。そんな年で童貞だから魔法使い、なのでは決してない。彼は元々国の聖騎士団の魔法騎士団長であり、魔法のスペシャリストだった。しかし、変態すぎるために聖騎士団を追放されたのだ。


「それで、アーサー王子は今どこに?」


その変態グンターがアーサー王子の居場所を追跡魔法で突き止め、イルマに転移魔法を使わせたのだ。


「今は長老の家で昼ごはん食べてるわ。」


あとは、戦士のシーラ=ヨーク、世にも珍しい巨人族だった。強靭な肉体から繰り広げられる打撃は恐ろしいほどのものだが、イルマが言うに彼女の本当の魅力は圧倒的な肉壁だそうだ。そんな積極的に戦場で戦うはずの戦士シーラは内気な性格なのだと言う。


「アーサー王子!ご無事でおられてよかったです!!」


「当たり前だろ、僕は勇者なんだぞ!」


「久しぶり、アーサーちゃん。」


笑顔でそういったイルマに気づくと、すぐさまアーサー王子は彼女を抱きしめた。アーサー王子は冒険者イルマが大好きであった。アーサー王子が幼い頃から冒険に行っていたイルマはフィテルベルク城に帰ってくるたびにアーサー王子に外の世界を奮闘させるような冒険の土産話を持ち帰っていた。そのためか、王子はイルマに懐き、彼の憧れの存在となっていた。


「それで、勇者クラウスは今日もいないの??」


アーサー王子が言う勇者クラウスはイルマパーティーの勇者に当たる者であった。


「え、姉さんが勇者じゃないの??」


「違うよ!勇者はクラウスって人!そんなことも知らなかったの、レイン?」


「そうよ、そうよ。レインはそんなことも知らなかったのかしら〜?」


勇者クラウスは謎めいた人物であるのは確かだった。アーサー王子もイルマの話で聞いた人物なようで、あまり姿を見せないのだと言う。ただ、勇者としての実力だけは確かなのだとイルマは言う。


「そういえば、なんでこんな村に俺たちを連れてきたの?」


「もちろん、指名手配されたうちの弟を助けるためっていうのもあったけど、たまたま酒場で飲んでたら、面白い募集チラシを見ちゃったからよ〜。」


「え、それってもしかして、姉さんが俺たちの…」


「ぶっぶー!それがさ〜、変態魔法使いグンターの弟子がそろそろ独り立ちしたいと申し上げてきたもので、魔法使いの募集パーティーを見てたらたまたま貴方達のチラシを発見したからさ〜、ちょうどいいと思って。」


(グンターの肩書き、かわいそっ…)


「そういえば、俺まだ指名手配中なのは変わってないのか…これはただの家出にはならなそうな予感…」


「え、それってもしかして魔法使いが入ってくれるの!!」


アーサー王子がワクワクした様子で、イルマに聞いた。


「こんなやる気のアーサー王子だし、、ちゃんと?冒険?でも?行きますか?」


「オーオー!その意気だ〜!!」


こうして、アーサー王子の興奮と勢いに押し負けてしまったレインハードは仕方なく、本格的に旅に出ることとなった。

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