第2話

 時計代わりにつけているテレビでは「ブラック校則」が取り上げられている。朝食のトーストを齧りながら、画面越しに自由や責任について問うコメンテーターをぼんやり眺めていた。コンソメスープの湯気を吹きとばしても、眠気はとんでいかない。こういう寒い日は早く家を出るのに、体はなかなか動かない。


 ある朝ふと自分の吐く息の白さが気になり、息遣いがおかしくないかと息を止めて歩くこともあった。苦しくなって息が上がると白さが増すと気づいてからは、マフラーに顔を埋めてゆっくり息を吐きながら歩くようにしている。冬は呼吸まで見えるので落ち着かない。纏わりつく白い空気のどこまでが私の責任だろうかと考えていた。


 声を荒げたコメンテーターが【冬のタイツ 何がダメ?】という見出しを指さして、行き過ぎた指導だと言っている。毎日髪留めを没収されているクラスメイトの派手な子たちの顔が浮かんで、私はここが豪雪地域でなくてよかったと思った。私にとって「ブラック校則」は心地がよいのだ。


「あなたもタイツは駄目なのよねぇ、こんなに寒いのに」

 同じく隣でテレビを観ていた母が言う。

「うん。でもコートもあるし、そこまで寒くないよ」

「あの長い方を着たらいいのに」

 遮るように母が言うのでしまったと思った。


 中学校まで徒歩30分と通学時間が長い私に、寒いからと母が新しく買ってくれたグレーのダッフルコート。とても気に入っているのだけれど、生徒手帳を読み進めると【肩につく髪は結ぶこと、靴下はワンポイントまで、髪留めは紺か黒、冬場のコートは黒、紺、グレー。※ロングコートは禁止———。】とあった。果たして膝下数センチが「ロングコート」なのかはわからないのだけれど、私はあの「長い方」を着ていく気にはならなかった。丈もそうだけれど、グレーのコートを着ている子なんて、学級委員のリナだけだ。支度を済ませて家を出る。私は私を纏いながら、無遅刻無欠席を守っている。



 リナは優等生なのに、毎日チャイムの鳴るギリギリのところで教室に入ってくる。小柄な彼女には少し丈の長いグレーのコートを脱ぎながら、さっそく近くのクラスメイトに「アガサ・クリスティーがやめられなくてサ」と徹夜で読んだ本の話をし始めている。彼女は目立っているけれど、馴染んでもいる。

 教室の後ろのコート掛けでは、私の紺色のコートに重なるようにグレーのコートが引っ掛かっている。暖房の効いた教室で、私は色のない私をふうっと吐き出した。


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