序章 業火転生變(一) 新免武蔵 32
3 詩篇天魔・異界転生 一(鹿賀・武蔵)18
『鹿賀 16』
鹿賀の犯行は言語を絶するものであったが、ただひとつ殺害相手をいたぶる事だけはなしかった。
みな一瞬であっさりと絶命させる、それが彼の
そこからも判るように、彼は殺人自体を楽しんでいるのではなかった。
一種の強迫観念に苛まれ、銃で撃ち、ナイフで引き裂き、アイスピックを突き立てる。
それは一種の作業と同じだった。
彼の頭の中には、常に声が聞こえている。
〝たりない、まだ足りないぞ。もっと殺せ、百人でも二百人でも殺すんだ。そうすればお前はもっと強くなれる、この世の誰よりも〟
〝いいか、これは儀式だ。お前が真にその資格があるかどうかの通過儀礼だ。それにはもっと殺せお前は無敵だ、誰もお前を殺せはしない。その時が来たら俺がお前を連れて行く、お前に相応しい場所へ〟
とにかくその声は、のべつ幕なく人を殺すことを要求する。
その声に急かされるように従順に従い、なんの躊躇いもなく殺人を続けてゆく。
いまの鹿賀には人を殺すと言うことに、なんの意味も感慨もなかった。
ただ逆らえない声に急かされるがまま、淡々と作業をこなしているだけだった。
〝そろそろ潮時のようだな。だが安心しろ、お前は死なない。俺がついている限り、誰もお前の命は奪えない。慌てるな、お前は人を殺すことだけに集中しろ。ひとりでも多くの命を奪え〟
〝十五分毎に殺すなど生温い、いっぺんに残りを殺し尽くせ。時間がない、早く殺せ〟
鹿賀にはその声の意味するところが理解できない、なにが潮時なのか、どう慌てるというのか。
〝なにを言ってる? 分かるように言え。死なない? 俺は本当に死なないのか〟
頭の中の声に尋ねたが、なんの
すべての人質を殺すよう頭の中の声は命じたが、鹿賀の中に残っている人間としてのなにかが、それを実行しないでいた。
それこそが彼の持つ、人間として最後の感情だったのだろう。
そろそろ、また十五分が経過しようとしていた。
鹿賀は順番になっている、中年男性の背後に近づいてゆく。
慎重に狙撃されないよう、人質を盾にしていた。
「さあ、今度はお前の番だよ。順番なんだから悪く思うな、痛くはない一瞬だ」
右手にダガーナイフが光っている。
その刹那部屋の照明が一斉に消えた。
屋外からは大音量で、スピーカー越しの声が響いた。
「みなさん、窓から飛び降りて。躊躇わず飛び降りて下さい、命の安全は確保してあります」
それを聞いた若い男が、真っ先に窓外へと身を躍らせる。
さきほど外を確認した男性に違いない。
「みんな跳べ、下にはマットが敷いてある。死にゃしない」
その叫び声につられ次々と人々は窓に取り付き、意を決して空中へ飛び出す。
拡声器での指示が発せられた直後、試験会場内がいままで経験したことのないほどの眩しい光で包まれた。
拡声器での誘導のため、閃光手榴弾と催涙弾の発射はわざと数瞬遅らせたのだ。
耳をつんざくほどの大音量はその場にいる者の聴力を奪い、共に発せられた強烈な光により
鹿賀は思ってもいなかった事態に、首筋に当てたナイフを引くことさえ忘れている。
同時に室内に打ち込まれた金属からは瞬く間に煙が放射され、室内中が白一色に変わった。
ただの煙ではない、それは催涙ガスである。
鹿賀は涙と強い刺激臭に咽せながらも拳銃を両手に持ち、破れかぶれに弾丸を連射した。
催涙ガスで満たされた室内に異様な怪物のような影が素早く侵入すると。一斉に鹿賀に向かって
「作戦完了、直ちに救急隊を寄こして下さい。すでに犯人は射殺済み、危険はありません」
隊長の斎藤がレシーバーへ呼び掛けた。
暗視ゴーグル越しに、床に横たわり指先一本動かさない鹿賀を確認したうえでの要請である。
それは彼らが作戦を開始してから、わずか一分二十五秒間の出来事だった。
これにて日本犯罪史上最凶最悪の、連続大量殺人事件は幕を閉じた。
最後の苦し紛れに乱射した鹿賀の弾は、幸いにも三名の重傷者と一名の軽傷者を出しただけで死亡者は出なかった。
人質の死亡者が出なかったと言う点で、強行突入作戦は完全な成功を納めるという結果となった。
この一連の騒動はマスコミによって生中継され、日本中の人々がその推移を固唾を飲んで見守っていた。
これからひと月ほどは、TV・新聞・週刊誌・ネットの話題はこの事件一色であった。
鹿賀の犯した犯行の全容が詳細に判ればわかるほど報道は過熱し、日本中を恐怖の
鹿賀がその手にかけた人間は死亡者三十五人、負傷者四人であった。
単独の犯行としては、類を見ない大量殺人だった。
しかも爆弾や可燃性の物質、毒薬等を使用したわけではなく、拳銃と刃物による凶行だった。
いまさらながら少年時代に犯した事件も大きく取り上げられ、これにより世論から少年法の見直し並びに司法制度の在り方の議論まで噴出した。
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