序章  業火転生變(一) 新免武蔵 33


   3 詩篇天魔・異界転生 一(鹿賀・武蔵)19


    『鹿賀 17』





 しかし最後に衆目を驚愕させたのは、SATのサブマシンガンで撃たれ、射殺されたはずの鹿賀が生きていたことだった。

 実際に射撃した隊員達でさえ、あの状態で生存しているはずはないと証言している。


 全身に二十数発の弾丸を受け即死したはずの鹿賀が、救急車の中で再び心臓を動かし始めたのだ。

 しかも二週間後には意識を取り戻し、一ヶ月経った頃には僅かにだが歩行さえし始めた。


 特段頑強な身体をしているわけでもなく、特別ななにかを有しているわけでもない。

 外観・筋肉・内臓・血液・遺伝子、どれをどう検査しても、一般の人間と違っている箇所は発見されなかった。


 そんなただの人間が、あの状態で生存していることは不可能と結論された。

 しかし現実に鹿賀は、いまも生きて呼吸をしている。

 医学的にも科学的にも説明のつかない、奇跡としか言いようのない事象だった。


 そんな奇跡が凶悪犯の身に起きたことを、人々は納得しなかった。

〝あんな人でなしが、なぜ?〟

〝さっさと死んじまえばよかったのに、なぜ医者は生き長らえさせたんだ〟


 実際担当した医師は、なにも懸命になって加賀の命を救おうと努めたわけではなかった。

 彼のしでかしたことは報道で聞いていたし、医師自身の感情からして救けたいという気持ちは皆無であった。

 ただ職業として、なすべき処置を施したに過ぎない。


 それでも鹿賀は生き延びた。

 或る霊能者はTV番組の中で、鹿賀には強力なが憑依しており、その存在が彼を護っているのだと看破した。

 しかし一部のオカルトマニア以外は、娯楽番組の演出だと笑いそれを信じなかった。



 確かに鹿賀は撃たれた瞬間、自分の死を実感した。

〝馬鹿な、俺は死なないんじゃなかったのかよ〟

 頭の中のを罵った。

〝嘘つきめ〟


 そこで鹿賀の心臓は停止し、脳は一切の機能を停止した。

 そのときに鹿賀は靄のかかったような場所で、時代劇で見るような侍らしき影を見た。


 大きな体躯のその侍は太刀と脇差しを両手に構え、天を睨んでいた。

〝俺は誰よりも強い、なぜならこうして生き残っているからだ〟

 天に向かってそう独白している男へ、ふいに対峙する形でもうひとつの人影が現れる。


〝ならばもう一度わたしを斃して見ろ。この巌流とおぬしの二天一流、どちらが上かお前が一番よく判っておろう。それとも騙し討ちせねば、怖ろしくて立ち合えぬか〟

 背に長い剣を背うた剣士が、涼しげな声で侍を挑発する。


 大柄な侍の身体から、空気さえも焦がすほどの熱量を伴った気が迸る。

 一方の剣士は青白く立ち昇る気を纏い、静かに立っていた。


〝待て待て、まだその時ではない。お前たちが再び相まみえるのはまだ先だ、武蔵よお前はまだ完成しておらん。いま戦っても勝てはせん、そう慌てることもあるまい。すべては江戸で決着するのだ〟

 どこからともなく声がした。


〝この声は?〟

 鹿賀はそれが自分の頭の中で、人を殺すことを強要していたものと同じだと気付く。

 目の前から、一切の映像が消えた。


 真の暗闇の中で、声だけが木魂する。

〝いまの奴らを見たか。あのふたりが生死を決するには、お前の存在が必要だ。だからお前はここでは死なん、死す瞬間はこの俺が決める〟

 そこで鹿賀の意識は完全に途切れた。


 それと同時に、心臓が鼓動を始める。


「し、心臓が動き出しました。信じられない、こいつ蘇生したぞ」

 救急車の中で、若い救命士が叫んだ。

 確かに心拍数を表わす電子計器が再び波打ち始め、酸素マスクを被せられた顔に微かに色が戻っている。


 呼吸を始めた胸が力強く上下し、酸素マスク内が息で白く曇った。

 そこに居合わせた人間はその奇跡のような現象を目の前に見せられ、驚きのあまりしばらくは言葉も出せずにいた。


 若い救命士は、思わず本音を呟いていた。

「こんなやつ、死ねばいいのに」

 ほかの同乗者はその言ってはならない言葉を、誰ひとり咎めようとはしなかった。


 言葉に出さないだけで、みなが同じ気持ちだったのだろう。

 不思議な声の言うとおり、鹿賀は死ななかった。


 の死のために。



 

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