序章  業火転生變(一) 新免武蔵 31


   3 詩篇天魔・異界転生 一(鹿賀・武蔵)17


    『鹿賀 15』




 試験場の建物の下には、出来る限りの緩衝となるものが敷き詰められてゆく。

 それも三階に気取られぬよう、完全なる沈黙の中での作業だ。

 三階から飛び降りても、よほどのことがない限り人命には影響しないだろう。


 幸いなことに鹿賀は狙撃されるのを警戒し、一切窓際には出てこない。

 気取られることなく作業は完了した。

 その間にも、犠牲者がふたり三階から落下してきた。


 窓から投げ落とす役をさせられた者は、屋外の状況を見ていた。

 下では大きな紙が無言で幾枚も掲られていた。

 見た者に状況の意味を知らせるためである。


〝いざとなったら合図をする、皆を誘って一気に飛び降りてください。ですが、いまは気付かれないように〟

 窓から顔を見せていた人質のひとりが、判ったと言いたげに目顔で伝える。



 SATの到着により、現場は一気に緊張感が高まった。

「現状をお聞かせ下さい」

 責任者らしきがっしりとした体躯の、四十前くらいの精悍な男が訊いてきた。


「捜査一課長の冬原です、わたしがご説明します」

「本官はSAT隊長の斎藤です、なるべく簡潔にお願いします」

 斎藤は異様に目つきが鋭く、並みの人間にはない独特なオーラのようなものを漂わせていた。


「現在三階現場内には、八十人以上の人質がいます。しかも犯人は十五分おきに殺すと言ってきた、実際それは脅しではなく実行されています。相手はなんの要求もせず、交渉にも応じない。殺人のための殺人としか言いようがない、希に見る異常なケースです。このままでは被害は増大するばかり、強行突入するしか方法はありません」

 冬原がいまの状況を説明した。


「判りました、強行突入で問題はないのですね。これは人質の生命にも関連してきます、判断はどなたが・・・」

 当然のように、作戦実行のための最終確認をしてくる。


「管理官の槇田です、全責任はわたしが負います。あなた方は最善を尽くして下さい」

 槇田の肚を括ったような表情を見て、斎藤が頷く。


「了解致しました」

 ただ短く応えた。



 それから手短に、突入の段取りを打ち合わせする。

 悠長に作戦を練る余裕はない、なにせ十五分おきに人が殺されるのである。


「突入自体はすべて我々にお任せ下さい、下手に動かれると却って邪魔になる。催涙弾発射と同時に室内へ走り込みます、犯人が発砲する可能性があるため室内へは近づかないように。一分、長くとも二分あればすべての片は付きます。それよりも救急車と医者の手配は万全なのでしょうね」


「それは大丈夫です。いつでも救急隊が建物内へ駆けつけられる手はずになっています」

 立花が返事をする。


「人質に被害が出る前に犯人を射殺します。しかし相手は相当に手強いと聞いています、万が一人質に被害が出たとしても、それは仕方がないと考えて構いませんね。これは究極の作戦です、言葉づかいを選んでいる余裕はありません」

 斎藤が最終確認をしてきた。


「致し方ないことです。すべてわたしが決定したこと、責任はわたしが取る」

 槇田が青ざめた唇を震わせながらも、はっきりと言い切った。


「SAT突入と同時に、我々は人質へ窓からの待避を拡声器にて促します」

 突入をひかえて、冬原の顔が上気したように赤みがかっていた。

「課長、また一名犠牲者が落下しました」

 その報告を聞いた瞬間、斎藤がすっくと立ち上がった。


「これより作戦を決行する、皆さん配置について下さい。

 いよいよその時を目前にして、現場中に緊張が漲ってゆく。



 日本警察が誇る精鋭中の精鋭の姿が、試験場三階の廊下に現れた。

 それと入れ替わるように、警官や機動隊員が後退する。


 総数十二名のSF映画にでも出て来そうなシルエットは、見る者を圧倒する迫力があった。

 SAT隊員の重装備に防毒マスクと暗視ゴーグルが加わり、その姿は尚いっそう怪物じみて見える。


 屋外では冬原が、トランシーバーからの合図を待っていた。

「こちら三階、聞こえますか」

 トランシーバーから声がする。


「音声良好、いつでも合図を下さい」

「了解」

 冬原のトランシーバーを握っている手が、さらに白くなるほどに強まっている。


「五、四、三、二、一、突入!」


 その瞬間、館内すべての照明が落ち、静かに入口ドア近くまで進んでいた隊員から、数発の催涙弾が打ち込まれる。


 いよいよ強行突入が始まった。



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