序章  業火転生變(一) 新免武蔵 29


   3 詩篇天魔・異界転生 一(鹿賀・武蔵)15


    『鹿賀 13』




 こんな遣り取りから十五分ほどが過ぎた頃、鹿賀が頭を捻ってなにやらぶつぶつと喋ってっている。

 なにを言っているのかは、周りの人質たちには理解できなかった。

 おもむろに鹿賀はスマホを掛ける、もちろん警視庁の立花へだ。


「立花さんかい、鹿賀だ。こうしていても暇だから、十五分ごとにひとりづつ殺すことにした。妙な気配がしたら手当たり次第ぶっ殺すから、くれぐれも行動には気をつけろよ」

 立花からの返事も聞かず通話を切る。


 その言葉を聞いた一番目の位置に立っている若い娘は、恐怖のために全身を震わせた。

 近づいてきた鹿賀が、まるで日常会話のように素っ気なく言う。


「まずはお前からだ、さっさと脱いでりゃもっと生きられたのにな」

 そう言うと、アイスピックを躊躇うことなく頭頂へ振り下ろした。

 その細く尖った金属は、頭へ半分ほど突き立った。


「ほれ、もうひと息」

 右掌をアイスピックの柄の部分へ宛てがい、一気に押し込む。


 それを見た横の女性が、叫び声を上げながら出口めがけダッシュし始めた。

「もういやーっ、たすけてお母さん! 助けてよー」

 鹿賀はその背中へ取り出した拳銃を向け、冷静に銃爪(ひきがね)を引く。


〝ぱん!〟


 女性は電池の切れたおもちゃのように、その場に倒れ動かなくなった。

 声も出せず震えている人々へ、さらに残酷な言葉をかける。


「おいお前ら、死人を窓から投げ落とせ。さっさと言うことを聞かねえと、どうなるか判るよな。俺は気が短けえんだ、早くやれ」

 恐怖に支配された人々は、鹿賀に命ぜられるがまま場内で骸となっている遺体をすべて屋外へと投げ捨てて行く。


「あいつも片付けろ」

 鹿賀が顎でしゃくったのは、半分廊下へはみ出している女性職員の死体だった。


 渋々といった仕草で、二名の男性が女性職員の身体を抱え上げ窓まで運ぶ。

 その際に廊下側の上半身を持つために室内からほんの少し出た男が見たのは、廊下にびっしりと身構えている防弾服を着込み盾を持った機動隊員の姿だった。


「妙な動きをするなよ、一発であの世行きになるぞ」

 銃口を構えながら、鹿賀が唇の端に笑みを浮かべる。

 室外にいる警察を予想しているのだろう。



 その時、外から声が聞こえてきた。

「鹿賀、お前は完全に包囲されてる。どこにも逃げ場はない、人質を解放しておとなしく出て来なさい」

 声の調子から、どうやら拡声器を使っているらしい。


 その後も次々と鹿賀を説得する言葉が、スピーカー越しに聞こえている。

 鹿賀は再びスマホを手にした。


「こらお前ら、電話してくるなと言ったら次は拡声器か。俺はお前らと話したくねえんだよ、電話も拡声器も一緒だ。すぐに止めろ、俺を舐めてんのか。罰だ、ひとり殺す」

 そう言い様、これまた若い女の右耳へ背後から尖った凶器を差し入れる。


〝ずずうっ〟

 右耳から左耳へとアイスピックで貫かれ、女は白目を剥いて絶命した。

「窓から落とせ」


 もう鹿賀は窓へ近づこうとはしない。

 狙撃を怖れているのだ。

 運転免許試験場三階の会場は、まさに地獄と化していた。



「チャンスがあればいつでも射殺せよ、もういっときの猶予もならん」

 管理官が脂汗を額に滲ませ、そう命じた。


 すでに十名以上の狙撃手が、向かいの建物の三階へ向けさまざまな角度から狙いを定めている。

 しかし窓際には人質が多数並べられ、室内に引っ込んだままの鹿賀への狙撃は思うに任せなかった。


「立花君、君がこっちの手の内を聞かせたのが間違いだったんじゃないのか。重大な判断ミスだよ、管理官の意見を聞いてからにするべきだった。これはすべて君の失策だからね」

 管理官の隣に座っている、警察官僚らしい眼鏡の男が声を荒げた。


「申し訳ございません、鹿賀をただの人間だと判断していたわたしの誤りです。あいつには通常の人間の常識が当てはまりません、いや通常の犯罪者の心理が当てはまらないのです」

 立花は言い訳もせずに、わが非を素直に認める。


「管理官、言葉を挟んで大変申し訳ないのですが、鹿賀はあまりに異常すぎます。これは単に立花さんのミスで済ませられる事態じゃありません。どうかそこをご理解いただきたい」

 警視庁捜査一課長が、神妙な面持ちで意見した。

 上下関係だけが絶対である警察組織において、これは異例な言動だった。


「それはどういう意味だね冬原課長」

 管理官の目が鋭く光った。


 その表情を見た冬原は、この官僚にしては気骨のありそうな管理官も、自分と同じ事を考えていることを察知した。


「はっ、まことに不謹慎な考えなのですが、わたしの私見を具申させていただいてよろしいでしょうか」

「構わん、忌憚なく言ってくれたまえ」

 その言葉を待つように、管理官が頷いた。


 ひと呼吸おき、冬原の口から驚愕の言葉が発せられた。

「一定数の人質の命の損失は、この際仕方のない犠牲と見做し、強行手段を取ることを提案致します」


 特別捜査本部となっている室内は、一瞬で沈黙の場と化した。

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