序章  業火転生變(一) 新免武蔵 26


   3 詩篇天魔・異界転生 一(鹿賀・武蔵)12


    『鹿賀 10』



 110番通報で直近の交番から警官が駆けつける前に、試験場に隣接する警視庁第九機動隊が大騒ぎとなった。

 自分たちの目の前で、発砲による殺人事件が発生したのである。


 続報を聞けば試験場内でも、複数の人間が殺害されているらしいと言う。

 一般の事件関連や捜査業務をしている部署ではないが、庭先で続行中と思しき凶悪犯罪を黙って見ていることも出来ない。

 かといって彼らには対応権限はなく、所轄または本庁の指示を待つしかなかった。


 単なる警官以上の訓練を受けている彼らではあるが、いまは歯噛みしながら見守るより方法はない。

 東陽交番から急ぎやって来た警官では、とてもではないが処理できる状況ではなかった。


 本署から応援の人員が、次々と第九機動隊の建物へ入ってゆく。

 都合のいいことに、試験場の窓はすべて機動隊の敷地を向いている。


 事件を知った直後同隊員のひとりは、向かいの建物を狙撃銃で使用するスコープを取外して双眼鏡代わりにして観察していた。

 その際に三階の学科試験会場で、拳銃を持った男の姿を確認している。


 いまなら簡単に狙撃できる、その隊員は上官にそう具申したらしい。

 しかしそんな勝手なことが許可されるはずもなく、ただ時だけが過ぎていった。


 絶対にあり得ない話だがこの提案が万が一、いや億が一兆が一実行されていればその後の惨事は回避できたのだった。


 特別捜査本部が設置された機動隊建物へ、警視庁捜査一課の精鋭を引き連れて管理官が颯爽と現れた。

 通常は大会議室として使用されている部屋が、総指揮を執る本部となった。

 そこで所轄の刑事を含めた捜査員を集め、本庁の捜査一課長から重大な情報の報告がなされた。


 犯人と思しき男性は推定ではあるが〝鹿賀誠治〟だと発表される。

 深夜の警官殺害及びタクシー運転手殺しの現場から採取された指紋が、鹿賀のものと一致したのである。


 さらに遡れば、錦糸町の飲み屋での殺人事件もこの鹿賀が起こしたものだと断定された。

 恐ろしいことに東京での凶行だけではなく、名古屋でも暴力団員を殺害していた。


 一連の犯行は日本の犯罪史上にも希な、個人による大量殺人の事例だった。

 この時点で鹿賀に殺害された人間の数は、二十二名だと告げられると場は騒然となった。


 怒りの言葉を発するもの、大きく溜め息を吐くもの、顔を両手で覆い呪詛の言葉を口にするものと様々な感情と言葉が飛び交う。

 ざわめく一同へ、管理官が立ち上がり冷静な声で言い放つ。


「鹿賀は薬物を摂取している可能性が高く、なにをするかわからん凶暴な人間だ。やつにこれ以上の犯行を行わせるわけにはいかん。場合によっては射殺も仕方がないが、なによりも人質となっている方たちの人命が最優先となる。くれぐれもその事は頭に刻みつけて欲しい、警視庁の威信にかけて鹿賀を逮捕するんだ」

 檄を飛ばされた捜査員たちは、大きな声でそれに応える。


 この時にはまだアパートで殺された、若い男女の遺体は発見されていなかったし、名古屋の雑居ビルの便所で殺された半グレも数には入っていない。

 この二件を合算すれば、二十五人もの人間を鹿賀は殺している。

 それは彼が関西にある刑務所から三年七ヶ月の刑期を終え出所してから、たった九日目のことだった。



 九十六人、鹿賀の人質となった人の数だ。

 この人質の多さから言っても、異例の事件だった。


 室内にはふたつの遺体、入口にはひとつと三体の射殺体はそのまま放置されている。

 否が応にも目に入ってしまう。


 人々は鹿賀に命ぜられるがまま窓際に移動し、外向きに膝をつかされた。

 両手は頭の後ろに組み、私語は厳禁とされている。


 そうしておいて、鹿賀は五人の人間を選出した。

 特に従順そうな気配の人たちばかりだった。


 その五人にみなが会場内に持ち込んだバッグや手提げの中を確認させ、ノートやメモ類を抜き取らせる。

 それをなるべく同じ大きさにカットさせ、今いる人数分の数字を一から順番に書かせる。


 一から九十六の数字が書かれた紙の中から、五人には九十二以上の大きい数字を選ばせた。

 残りの九十一枚を数字が見えないように丸めさせ、ざっと混ぜてほかの人間たちに配る。


「いいか、いま手元にある紙がお前たちの命の長さを決める数字だ。なにかあれば一から順番に殺す、俺が選ぶんじゃないお前ら自身が選んだんだ運命だ。恨むのなら己の運のなさを恨め」

 鹿賀の言葉を聞くなり、みな自分の手元にある紙を開く。


「言っておくが泣いたり喚いたりした奴は、数字に関係なく殺す。わかったな」

 騒ぎが起きる前に、鹿賀が先手を打った。


 なんの躊躇いもなく三人の命を奪うところを見ているだけに、誰も彼も恐怖で声を出す者はいなかった。


 各自の携帯電話は不正防止のために会場入りした時点で電源が切られ、所持品と一緒にバッグ類の中に入れられている。

 そんな中、微かにマナーモードの振動音が聞こえた。

 それは最初に射殺した、試験官後藤のズボンの後ろポケットから響いている。


 三十秒ほどで振動は切れた。

 着信設定がそう設定されているのだろう。

 しかしそれはなんど無視しても、しつこく繰り返される。


 とうとう業を煮やした鹿賀が、ポケットからスマホを取り出し応答する。

「うるせえぞ、こいつならとっくにくたばってる。もう掛けてくるな」

 そう怒鳴って切ろうとする鹿賀へ、携帯から必死な声が聞こえた。


《待ってくれ、電話を切らないで欲しい。わたしは君と話しがしたいんだ、君は鹿賀誠治だな。わたしは警察のものだ、頼むから切らないでくれ》


 電話の相手は自らを、警視庁の立花だと名乗った。

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