第7話

        玲子 四


翌週の金曜日の午後、俺は約束どおり玲子に電話をかけた。


「何時にどこに行けばいいかしら?」


「三時に東急インでどうかな?」と俺は提案した。


「お仕事は大丈夫なの?」


「仕事なんてどうでもいいんです」


 事務所に立ち寄って少しだけ雑務を行ったあと、幸子さんに今日は戻れないと伝えて、俺は約束の東急インへ向かった。


 太陽がまだ三十度の位置に踏ん張っているというのに、俺たちは会ってから世間話のひとつも交わすことなく、オスがメスを求め、メスはオスにすべてを委ねるかのように、大融寺界隈のラブホテルのひとつに飛び込んだ。


「この前からずっとあんたのことを考えていたよ」


 俺は恥じらいも遠慮の欠片もなく言った。


「それって本当なの?」と玲子は笑った。


 この前と同じようにシャワーも浴びずに慌しく抱き合った。


「こんなに簡単に関係していいのかしら?」


 最初の交わりを解いたとき玲子が言った。


「何の問題がある?」

 

「そうなんだけど・・・」


「なぜか分からないけど、俺はあんたと一体化したい気持ちになるんだ。七月にあんなふうに会って以来、あんたのことをもっと知りたいとずっと思っていた」


 言い終わらないうちに、玲子は俺の顔に涙の雫を落としはじめた。


「変な人ね。でも、あなたの言葉が嬉しい。もう一度入ってきて」


 玲子は訴えるような目で言った。


 俺はつながる形を何度も変えて彼女を抱いた。

 「愛」に該当する囁きの言葉など、行為の中に存在せず、ときどきの吐息と喘ぎ声だけがふたりの会話だった。


「あなた、寂しい人なんでしょ?」


 五分以上も経ってからようやく玲子が目を開け、俺の顔を見ていきなり言った。


「どうしてそう思う?俺は寂しくはないよ、こうしてあんたと生まれたままの姿で抱き合って、一体化している」


「そんなことを言っているんじゃないの。あなたはひとりなのって聞いているのよ」


「人間は誰だってひとりじゃないのか?」


「そんな哲学的なことじゃないのよ。あなたの言い方だと家族なんて意味のない集まりになるじゃない。家族は大切よ。ひとりじゃ生きていけないのが人間なのだから」


「家族?そんな御伽噺みたいなもの、俺は信用しないな」


 俺は玲子の身体を右腕に抱いた。

 少し肉がついた腋下と二の腕、そして豊かな胸が俺の上半身に密着して、長い間忘れていた心地よい幸せの感触をしばらく味わった。


「あなた奥さんや子供さんは?」


「そんな面倒なものはいないんだ。あんたはどうなんだよ」


「私も今は同じよ。ただ、小学校三年生だった息子が今年の五月に事故でね・・・ちょっと可哀相なことをしたのよ。不思議ね・・・でもそんな話やめましょう」


「あんたが聞いてきたんだ」


「そうだったわね、ごめんなさい」


 俺たちはもう一度交わった。


 会って二度目なのに、俺は玲子に対してまるで長年連れ添った妻と交わっているような錯覚に陥った。

 それほど彼女の表情は穏やかで、しなやかな身体の動きとともに俺のすべてを心地よく包み込んでくれるのだった。


「どこかで食事して帰ろうか。それとも飲みに出るかな?」


「そんなことをしたら、まるで付き合っているみたいじゃない。行きずりじゃないの?」


「あんたの思うままでいいよ。でも、また会えるよな」


「さあ、どうかしら」


「車で送っていくよ。家はどこなんだ?」


「いいのよ、そんなに遠くないから」


「家の近くまでは行かないから安心しろよ。俺はあっさりしているんだ。妻にいきなり別れを宣告されたって、それをすんなり受け入れたくらいなんだから」


 新御堂筋を飛ばしていると、まだ午後六時半だというのにすでに夕焼けの名残りさえなく、暗闇が街並みを覆っていた。


 中国自動車道へ抜ける途中の道路沿いにある、ファミリーレストランの駐車場で降ろして欲しいと玲子は言った。

 そして暗闇の中に幻影のように消えてしまった。


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