③選択

 じっと見ていて分かったんだが、挿し込んだ腕の中に何かが流れているのがうっすらと見えた。白い……煙みたいなものが……。

 それが腕の動きが激しくなるにつれて、流れが激しくなって……ハッキリと見えるようなった。

 どうやら、その煙は2種類あるようだった……彼女の体に流れ込んでいくものと、出ていくもの。

 流れ込むものはどちらかといえば灰色で、色あせたように見えた。

 出ていくものは、真っ白で、闇の中でうすぼんやりと光っているように見えた。

 ……もちろん、訊いたよ。

 あの子はこう答えてた。

<あれはね……魂をあげてるの>

「あげる? そんなことできるの?」

<うん、そう! ……死にたくないのに死んじゃった人は、本当はもっともっと生きたい。だから、自分の魂の一部を生きてる人にあげるの。それで、生きてる人からは、その分の余った分をもらって食べるの>

 僕はその子の頭をそっと撫でた。柔らかな髪の感触が確かにある……が実体は無い。

「食べないと?」

<消えるよ>

 その子はそっけなく答えた。

 つまり……その影は自分の魂の一部と生きてる人間の魂の一部を交換してるんだ。幽霊特有の代謝らしくて……どうやら死者の魂は生きてる人間と違ってそうしないと維持できないらしい。もっとも、自分の魂を組み込むのはまた別の意味……おそらく生きてる人間に魂を渡すことで生きてることを疑似体験してる……というより、もっと生きたかったという未練を満たそうとしてるんじゃないかと思う。

 それで、彼女は……どうやら本人は聞きたくないようだけど、何人もの影に入れ替わり魂を出し入れされていた。そのうち、もう一杯になったのか、お前の方にもそうしようとしてた。

 ……ああ、足は相変わらず動かないまま、不可抗力だよ。

 僕は仕方なくその子の頭を撫でていた。

 本当に不思議だったよ……その子の髪はさらさらで、髪の1本まで感触で判別できたのに……それでも実体は無いんだ。

 僕はぼんやりとその子の髪を弄びながら、お前が死者たちに囲まれもがき苦しむ様を見ていたんだ。

 それでも、怖くもなかったし、理不尽だとも感じなかった。……感覚が麻痺していたのか。あるいは死者たちにとってはそれが当然の摂理だと納得していたのか……。

 その後も、その子と話した。

 これからお前たちがどうなるのか……漠然とした内容だったけど……今思えば……。


「……それで、別れ際にあの子が言ったんだ、『友達には気を付けて。でないと死んじゃうよ』って」

 そこまで話して、あいつは深いため息をついた。

「それで、結局病気は?」

「ああ、それなんだけど……」

 彼女は全身布団にくるまっていた。だが、聞いていることは確かだった。

「あの病棟……後から知ったんだけど、あの病院の中でもかなりの重病患者が入る病棟だったらしい」

「……それで?」

 俺はあいつの顔をじっと見つめた。

 一瞬間があって、あいつはゆっくりと口を開いた。

「どうにも、病人の魂というのは移植すると良くないらしい。妙な話だろ? 実体の無いもので、ウィルスや細菌に感染するなんて……あの時はあまりに漠然としてて信じられなかったけど、あの子が言ってたのは……」

 あいつはまた遠い目をした。

「おい! 彼女が病気にかかることを予言してたってのか!?」

「うん、まあ……といっても、子どもだからな。病名なんて知らなかったようだし……漠然とだけど」

 どうにもあいまいな答えだが、それでも「結末」を知ってはいるらしい。

 さっきから胸の痛みはまた一段と増していた。さっきまで「じわじわ」だったのが「きりきり」と痛んでいた。

 きっと魂は覚えているのだ。それを無意識に思い出して……。

「なあ……教えてくれ! 俺がどうなるのかを……」

 半ば脅し、半ば懇願に似た声で俺はそう言っていた。

「でも……今、言っていいのか?」

 歯切れの悪い答え。どうにも楽しい答えではなさそうだ。

「言っていいよ。……さっさと言って!」

 背後から声。彼女だ。

 顔を合わさずとも、不機嫌であることは分かった。

 お前も病気にかかればいい、絶望すればいい――声の調子がそう言っていた。

 俺は……


<選択肢>

言ってくれ! → ④言ってくれへ

言わないでくれ! → ⑤言わないでくれへ

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