第14話 彼方の図書館  本の返却

「以後、お見知りおきを」

「ペニーさん、もう一つ訊いてもいいですか?」綾見が言った。

「どうぞ遠慮なく」

「どうして日本語が喋れるんですか? 日本語が共通言語とはとても思えないのですか」

 その質問にペニーは羽をばさりとはためかせ、くちばしの奥から「ふふっ」と優しげな笑い声を漏らした。

「私はあなたの仰る『日本語』を喋っているつもりはありません。……聴きたいから聴こえる。視たいから視える。この世界はそのようにできているのです」

 答えになっていない回答だったが、僕も綾見も妙に納得してしまう説得力があった。

 匠さんが鞄から依頼品の本を取り出して受付に置いた。

「我々がここに来た理由はこの本の返却です」

 ペニーが受付のテーブルの端まで跳び、長い首をさらに伸ばしてしげしげと本を見つめる。

「確かにあなた方の世界とは装丁が異なりますね違いますね……。当図書館を経由して元の世界への返却は可能でしょう。しかし、誠に申し訳ないのですが、当館での図書返却はお客様ご自身で本棚に戻していただく必要があります。つまり、私がお預かりするだけでは返却されたとは見なされないのです」

「ではどうすれば?」と匠さんが質問。

「簡単なことです。ご自身で元の棚に戻していただければいい。ただし、気を付けていただきたい点が一つこ。当館はあなた方の世界とその書物が本来あるべき世界、その二つの世界だけに通じているわけではありません。もし間違った棚に戻してしまうと、その書物はまた他の世界に落ちてしまいます」

 僕は周囲をぐるりと見渡した。一面が本に埋め尽くされた広大な図書館で、たった一つの正解を探し出せとはなんと無茶な。

「ペニーさんはどの本棚に戻せばいいのかご存知じゃないのですか? この図書館の司書さんなんですよね?」

 綾見の質問にペニーは長い首を横に振った。

「私もここに存在してずいぶん経つのですが、如何せんこの蔵書量。残念ながらその書物が元々どこに並べられていたのかは存じ上げないのです」

「それじゃあ図書館中を手掛かりゼロで探し回る他ないということですか? ちなみに、一体この図書館には何冊の本があるんですか?」

「それも私にも分かりかねます。何処かとドコカの世界が重なる度、当館の本は無尽蔵に増えていきますから」

「そんな……!」

「待って恭子ちゃん」

絶句しそうになる綾見に待ったをかけたのはマリアさんだった。

「ペニーさんの話をちゃんと聴いていた? ペニーさんは自分が司書だとは一言も言っていないわ。『案内係』としか言っていなかった。おそらく案内係であるペニーさんとは別に、司書はいるはずよ」

 ですよね? と言わんばかりにマリアさんがペニーに視線を向けると、彼は右の翼を胸に当てお辞儀をした。

「お察しのとおり私は単なる案内係。当館の司書は別におります。――が、お恥ずかしながら現在足を悪くしており、この場に参上することが叶いません。恐縮ではありますが、司書室まで御足労いただいてもよろしいでしょうか?」

「是非もないです」

 匠さんがそう答えると、ペニーは大きな翼をゆったりと羽ばたかせて飛び上がり、「こちらです」と図書館のさらなる奥へ音もなく滑空していった。

 余談だが、ペニーを追って歩く間、僕は口を尖らせた綾見から何度も「あの言い方はちょっとずるくない?」と同意を求められた。粘り強い子とは知っていたが、根に持つ子でもあるらしい。

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