第15話 彼方の図書館 阿修羅館長
僕たちだけではきっと気が付かなかったと思う。
司書室と書かれた表札は高く乱雑に積み上げられた大小様々な本の山とほとんど同化している扉にこっそりと掲げられていた。扉だって四人の中で一番小柄な綾見が屈まないとくぐれない作りだ。巨大な図書館に似合わず、どうやら司書はずいぶん小柄らしい。
「頭をぶつけてしまわないように十分ご注意ください」
ペニーを先頭に扉をくぐった先は、天井すら本で囲まれたドーム状の部屋だった。その部屋の奥、背中を向けた椅子に誰かが腰掛けている。
「館長、お客様です」
ペニーの呼び掛けに椅子がきしみながら回り、背もたれに隠れた館長の姿が露わになる。
「――!」
飛び出しそうになった声はペニーでの失敗を繰り返してなるものかと唇を噛んで食い止めた。ペニーは鳥だったから安直な考えで司書も何かしら動物の姿をしているのだろうと勝手に想像していた。だけど館長と呼ばれたあの司書の姿は――僕らと同じ世界に存在してよい姿なのだろうか。
「お忙しいところ押し掛けてすみません。館長さん、ですか?」
挨拶はまたも匠さんが代表してくれた。微塵も動揺していないのは流石というほかない。
「いかに」「も。私がこの図書館の司書兼館長」「を務めています」
同じ顔をしているにもかかわらず声が三者三様に異なり聞き取りにくい。僕らの目の前にいる図書館の館長は、小学生くらいの身長をした、顔が三つに腕が六本……小さな阿修羅さまだった。
どの顔にも黒縁の眼鏡が掛かているが、僕らを見つめる真ん中の顔以外はそれぞれ別の本に目を通している。本当に読めているのかと疑いたくなるペースでページが次々にめくられていく。
「失礼なのは承知している」「のですが、この図書館には次々と新しい本が流れこんでくる」「のでこうでもしないと間に合わないのです」
目と違って喋る口はどうやら代表はいないらしい。頭の中で混乱しないのか尋ねてみたいが、本当に混乱させたらどうしようかと僕は思い切ることができなかった。
「ご用」「件は?」
(言葉が少ないときは休憩できる口もあるのか!)
「この本なのですが……」
匠さんが差し出した本を阿修羅館長は空いている手で受け取る。
「失ったことはご存知でしたか?」
阿修羅館長が首を傾げる。外見相応、子供のような仕草。
「見てのとおり入庫だけで精一杯の状態な」「ので、恥ずかしながら棚卸しはできず、紛失はあなた方のような」「方たちからの返却頼みが実状です」
紛失は滅多に起きることではないですが。とペニーが口添えする。
「その本なんですけど、今ここで館長さんに渡しても返却したと見なしてもらえないんですか?」
綾見の質問に阿修羅館長は残念そうに首を横に振った。
「ペニーから聞いたんですね? 申し訳ないのですがその通りです。本は元の位置に戻さない限り返却扱いには」「なりません。元の棚に戻さないと、本は元の世界に存在しないままなのです。本来でしたら」「私自身が戻すこともできるのですが、あいにく身動きできない状態でして……」
阿修羅館長が視線を落とした自身の左足には包帯が何重にも巻かれていた。
「散らかった本に躓」「いてこの様です。自業」「自得とはいえ、年はとりたくないです」
年齢不詳すぎる、心中でつっこんでいる隙にマリアさんが小さく挙手した。
「ペニーさんはどうして戻せないのですか?」
質問を受けたペニーの嘴が下に傾いた(項垂れている?)。
「残念ながら私にはどこに戻せばいいのか、正確な位置が分からないのです」
「正しくは視えないのです」
館長が補足する。
「大体の場所までならペニーにも」「案内することはできます。しかし」「彼には本棚の何段目の何列目に戻せばよいのか、
「標っていうのは――」
僕の声に反応して六つの瞳すべてが黒縁眼鏡の奥から僕に向いた。
「もちろん、正しい場所に刻まれた輝きです。貴方には視えるのでしょう?」「そうでなければ、そも」「そも当館までたどり着くことができませんからね」
僕が細かく二三度頷くと、阿修羅館長は言葉を続けた。
「視えるからといって、すぐに見つかるとは安易に」「考えないことです。大まかな場所はここでお伝えしますが、光源は僅かですので注意深く観察」「されることをお勧めいたします。ではペニー、準備を」
阿修羅館長に呼ばれたペニーは天井近くまで飛び、ぎっしりと並べられた本の一冊を嘴で器用に抜き取りと宙に放った。
落ちっ――――ない。僕らの頭上で本がぷかぷかと浮いている。
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