第4話 待ち人、来たれり

 戻ってきた教室に誰も残っていないことを確認すると、綾見はほっと一息ついてそう告白し、僕は遠慮なく我慢していた驚きの声を上げた。

「綾見さんが? っていうか、綾見さんの目にも光って見えるんだ? 他の人は見えてないみたいなんだけど? そもそも、どうして光ってんの?」

 疑問を一つ口にするだび次の疑問が浮かんでくる。分からないことが多すぎる。窓際、光る紙を置いた机を挟んで座る僕が身を乗り出して質問するのに対し、綾見は少し後退しながら困り顔で言った。「一つずつ、話すから」

「まず、この紙をあの場所に貼ったのは頼まれたから」

 誰に、と訊きたかったが話の腰を折らないようにぐっと耐える。

「誰に、って訊きたいんでしょ? 私の伯父さんだよ。伯父さんに四月の間だけ貼り出すよう言われたの。それも目立たないようにって。変な頼みでしょ? そもそも光っているんだからどうしたって目立っちゃうし、無理なお願い聞いちゃったって後悔もした。あそこに貼ったのは入学式当日。誰もいないのを見計らってチラシの山の中に隠すようにして貼った。でもやっぱり光は漏れた。伯父さんは心配するなって言ったけど、光る紙なんで珍しい物、盗まれやしないか本当に心配だった。だから昼休みと放課後、毎日様子を見に行ったの。そしたら、誰も気が付く様子がない。自分の目の方がおかしいんじゃないかって疑ったりもした」

 同じ不安に襲われた僕は大きく相槌を打つ。

「伯父さんに相談したら、視える人と視えない人がいるから安心しろって笑いながら言われてそれで説明はおしまい。視える理由とか一切なし。いくら訊いても「また今度」の一点張り。だから二見くんがなぜ視えるのか私にも分からない。私が訊きたいくらいなの。でも、私以外にも視える人がいてほっとしたし、嬉しい」

 不意打ちで見せられた笑顔に耐性のない僕は簡単に赤面した。今更になって放課後の教室で女子と二人きりという人生初の出来事に意識が向いてしまった。ドギマギしながら言葉を返す。

「僕も綾見さんが視えることが分かって良かったよ。声を掛けてもらえなかったらたぶんずっとモヤモヤしていたと思うから。あの場にいてくれて助かった」

 と、そこまで言って気が付いた。「もしかして、つけてた……?」

「驚かせるつもりはなかったの。だけど私だって驚いたんだよ? 誰も気が付くはずがないって半ば諦めていたから。昼休みのときは確信が持てなくて声を掛けられなかったけど、教室に戻って確信した。二見くん、自分じゃ気付かなかったかもしれないけど、ちらちらチラチラ、何度も部室棟の方を見てたから」

「見てたの?」

 観察されていたことを知った途端、恥ずかしい気持ちが湧き上がってくる。顔が赤くなった気がして眼鏡の位置を直すふりをして顔を隠した。

「ずっとそわそわしてて、思ったとおり放課後になった途端に部室棟に走っていくんだもん、内心『ついに来た!)って感じで後を追ったの。でも、紙に夢中で全く私に気が付いてくれないから声を掛けるの随分躊躇っちゃった」

「めちゃくちゃ驚いたんだぞ?」

 綾見はおかしそうに笑った。驚ろかされた分は彼女の笑顔を見られたことでチャラにしよう。女子慣れしていない僕に向けられる笑顔はとても貴重だ。

「最後にこの紙」

 綾見は机に置いた紙をぴらりと持ち上げた。夕方の薄暗い教室では、キラキラと輝く光は一層強く目に映った。

「どうして光るのか……私にも分からない。でも、理由はきっとこれに関係しているんだと思う」

 綾見は紙に書かれた文字を指でなぞる。

 ――彼方からの隣人を歓迎する――

「どういう意味なんだろう」

 独り言ともいえる僕の呟きを綾見は拾った。

「それはこれから教えてもらおう」

「どういうこと?」

「伯父さんに言われているの。この紙を見つけた人がいたら連れてくるようにって。今から時間ある?」

「暇。仮に用事があっても行く。このままじゃ気になって眠れない。むしろ僕からお願いする台詞だ。伯父さんのところ、連れて行ってほしい」

「気になっているのは私も同じ」

綾見は鞄を掴んだ。

「一ヶ月、ずっと待っていたんだから」

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