第1話 元人間

 MTとホープは魔導書庫内での情報収集を断念した。MTは指令本部との連絡を一通り終わらせた。


「ホープ、一度指令本部に帰還せよとの命令。有益な情報が無い以上ここで油を売る理由はないわよ。」


 スチームパンク風の女中服を着たMTは冷静な口調だ。その声が本棚を敷き詰められた建物内に響いた。


「せっかくここまで来たんですから、もう少し読書を楽しみましょうよ。」


 サイバーパンク風の服装をしたホープは、読書を続けたいようだ。


「はぁ…、本部の命令を優先。置いていくわよ。」


「そこまで言わなくても……。」


 ホープは不満げな声を上げた。


「魔導書庫からの退室希望を確認。直ちに転移プログラムを起動。」


 建物の上部から音声が流れた。次の瞬間、二人の足元が白く光った。


 気がつくと目の前には荒れ地が広がっている。魔導書庫から出られたようだ。


「強制退出ですか……。」


 ホープは残念そうに肩を落とした。


「わざわざ荒れ地の真ん中に転送させるなんて……。」


 MTはしゃがんで地面に手のひらを置いた。土は乾燥していて、ごつごつしている。


「魔力を感知。魔導兵器と断定……。こちらに向かって来てる!逃げるよ、ホープ!」


「はい、はーい。」


 ホープはこなれた感じの返事をして走り出した。地面が揺れ始め土埃が舞う。それでも二人は走り続けた。


「追いつかれる。ホープ戦闘準備を。」


「言われなくとも。」


 地面が割れ敵の姿が現れた。土埃で見えにくいが、アンドロイドの目には見える。その姿は巨大な蛇で、口の中に丸鋸のような無数の刃物が回っている。


「魔導兵器近距離防御型と判断。生物の捕食行動を真似た動きをすると予想。」


「了解、了解。」


 MTの冷静な分析にホープが相づちをした。魔導兵器はこちらの様子をうかがっているのか、地面から出てきてから動いていない。


 しかし、次の瞬間視界の端から黒い影が現れ、一瞬で魔導兵器の背後を取っていた。その後、魔導兵器の首が取れ地面に落ちた。


「魔導兵器の停止を確認。」


「それよりも、あいつは何でしょうか……。僕ら、ホープ型と同じくらいの瞬間速度ですよ……。」


「今、スキャンしてる……。生命体反応確認。魔導兵器でもアンドロイドでもない。」


 ホープが背中に携えた剣を抜いた。その途端黒い影が、こちらを振り向いた。ボロボロの黒いマントの下に黒い鎧、顔にはフルフェイスのペストマスク、左手は爬虫類のような腕をしていて鋭い爪もある。はっきり言うと異形な姿だ。


「なら、なれの果てとして処分します!」


「待って!」


 ホープを制止したが既に走り出していた。ホープは一瞬で間合いを詰め、剣を振り抜いた。しかし、相手は左手で剣を止めた。


「我はアンドロイドに敵意は無い。故にこの争いは無意味。」


「なら、目的は何だ!」


「我の目的は魔導兵器と魔物の殲滅。この戦争を終わらせる事が使命。目的はアンドロイドと似たものだ。剣を収めてくれぬか?」


 ホープは申し訳なさそうに剣を収めた。


「いきなり斬りかかって失礼しました……。」


「ホープ!」


 MTが追いつて、自分より背が低いホープの耳をつまんだ。


「いつも、言ってるでしょ!勝手に突っ込まない!周りの意見を聞いてから行動する!」


「ごめんなさい、ごめんなさい!」


 ホープが叫いたので手を離した。


「突然刃を向けてしまって申し訳ない。」


「我は気にしていない。」


「その……、あなたはどういった……。」


「我は元人間、人間のなれの果て。この地で戦争が始まった当初から戦い続けている。人がまだ見かけることが出来た頃は死神やグリムと呼ばれていた。お主らは?」


「私はMT、マルチタスク型400番。」


「僕はホープ、ホープ41型です。」


 それぞれの自己紹介が終わり一段落がついた。しかし、MTはグリムのある発言が引っかかった。


「グリムさんは、戦争が始まる前から生きていたの?」


「生きていたのだろうが……、多くの記憶を欠損してしまっていて、戦いの記憶しか残っていない。」


 グリムは腕組みをして答えた。


「それなら、グリムさんの記憶が戻れば僕たちの目的が果たせるのでは?」


「お主らアンドロイドは敵の殲滅意外に目的があるのか?」


 グリムが興味深そうに質問をしてきた。


「私とホープの目的は戦争が始まる前の時代の出来事を調べる事。魔導書庫で資料を探ったけど信憑性がある書物が無かった。」


「なるほど、当時を生きていた我の記憶であれば信憑性があると。我も過去と向き合いたいと言う気持ちはある。」


「なら、話しは早いですね。一緒に指令本部に来てもらえませんか?」


 ホープが勝手に話しを進めたので、MTは少し焦った。


「ホープ、勝手に決めないで。グリムさんにも私情があるだろうし……。」


「我は構わん。自己を思い出すいい機会だと思っている。」


「ほらMT、本人も了承してくれていますし、指令本部の交渉お願いしますよー。」


 ホープの言動が少しうざいとMTは思った。


「はぁー、連絡するから静かにしてて。」


 深いため息をして目を閉じた。


「(こちらマルチタスク型400番、本部に応答を願う。)」


「(こちら本部、帰還命令を出したはずだが、何か問題が発生したのか?)」


「(移動中、戦前から存在する者とコンタクトを取ることが出来ました。名をグリムと名乗っています。)」


「(データベースに検索をかける。しばし、待機せよ。)」


「(承知しました。)」


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