第23話

 ぶるぶると握り締めた拳が震えている。ぎり、と歯噛みして地面を睨む。

 わかるよ。こいつの言いたい事は。私は別に強くない。普通の女の子より少し喧嘩慣れしてるだけだ。ぶっちゃけ、足も速くない。スタミナも、こいつと比べたら、大した事ない。

 そりゃ日々鍛錬に励む騎士様なんて比べ物にもならない。自主鍛錬してたとかはないし。

 放課後や休日は普通に遊んでるしね。


 でも、そんな私でも。


 こんな訳の分からない世界におばあちゃんと二人きりで。

 私はね。あの武装集団に囲まれた時に決めたんだよ。この世界から、絶対におばあちゃんを守るって。


「私はな。仕事なんて気持ちで守るなんて口にしてないんだよ」


「気持ちなんて関係ねぇよ。何だったら不意打ちで攻撃してきてもいいけど?」


「ふうん?」


 絶対煽られてる。大丈夫大丈夫。私は冷静だ。

 ゆっくりと呼吸する。


「そうだね。私の気持ちなんてお前らには関係ない。でも、いきなりこんな知らないところに呼ばれた時から決めてんだよ。私が、おばあちゃんを守るって。全部から」


 だから、別行動を早く解消しなきゃならない。早く、魔力をコントロール出来る様にしないとならない。


 こんな奴と揉めてる場合じゃあないのだ。


「お前らってオレも入ってんの? それ。オレは別に否定するつもりないけど。チフユの気持ち」


 ここでずっと傍観していたレオルカさんが口を挟んだ。

 私はちらりとレオルカさんを見る。


「まあ、言いたい事はわかるけどね。オレもチフユには昨日会ったばかりだし。いやまさかここまでバチバチになるとは思わなかったよ。君達自己紹介もしてないじゃないか」


「チフユです。まさかお洋服の相談でつっかかってくるとは思いませんでした」


「フレド。殿下が配慮して平民の服から良い物を厳選された服にいちゃもんつけてあまつさえよえーくせに戦うつもりとは思わなかった」


 コイツがフレドさん。さん付けしたくないくらいむかつく。長峯と似てると思ったけれど中身は似てないわ。最近仲良くしてるけれど、悪ガキ時代もこんなねちねちはしてなかったし。

 昨日、同世代だし仲良く出来るかなと思ったけれども撤回。絶対無理。


「いちゃもんて何? 相談しただけだろ。言っとくけど、ブラジャーなんて全然サイズ合ってなかったからな。レオルカさんBとか言ってたけどあれAだったし」


「えっマジで」


 さっきは一応オブラートに包んで上の下着と言ったけれどもう知らん。気を遣うのが馬鹿らしくなってきた。いや遣わなきゃいけないのだけども!


「そんなもん殿下は付けないんだから仕方ないだろ」


 そうじゃないんだよなぁ!

 全然引き下がらないじゃんこいつ!


「ブフッ、まあ確かにアルフィ殿下はブラジャー知らないだろうな。それにチフユは着痩せするみたいだし。あの異世界の服着てる時なんて全然わからんかった。……いや、今もそんなないよな? Dはないだろこれ」


 おいセクハラだぞ。

 こっちにセクハラとかそういう概念あるのかな。まあいいか。


「……付けるのが無かったのでサラシで潰してんですよ」


「なるほどなー! 悪い悪い」


 相変わらず軽い。私とこの男の空気が今最悪に悪くて重苦しいから、いつも通りの軽い空気を纏うレオルカさんは浮いている。

 ある意味すごい。


「さてさて、いつまでもここでバチバチしてても仕方ないし始めよっか!」


「うぃ……」


 雰囲気最悪なんだけれどこれどうしてくれんの。


「一応これ、木剣ね。チフユ普通の武器持てないでしょ」


 渡されたのは木で出来た剣。いやまあ確かに腕力ないけれどもさ。


 ちらりと茶髪の男を見る。


 見なきゃ良かった。あからさまな顔はしてないけれど、目が語っている。

 そらみろと。武器すら持てないのだろうと。

 むかっときた私はレオルカさんに言い返した。


「持てますよ別に。ぶん回せないだけで」


「あ、そっか。ごめんごめん」


「……持てないのと一緒だろ」


 もう無視だ無視。相手にしてたらいつまでも終わらない。


「まずは風からいってみる? 魔術はイメージが大切だから、こう、魔力を巡らせて変換するイメージ。ちょっとお手本見せようか」


 そう言って、レオルカさんが右を突き出した。するとびゅお、と辺りに風が吹く。

 ばさりと束ねた髪の毛が浮き上がった。おっと、そういえば伸びたな。

 ふとそんな事を考えた。その時ワンピースの裾が捲れ上がる。


「おっと、」


「わーーーー!? レオルカ様何してんですか!? 風向き!!」


「あ?」


 裾を押さえようとした時、いきなり大声で男が叫んだ。私は裾を押さえるのも忘れてそいつを見た。

 さっきまで腹立つ仏頂面だったそいつは顔を真っ赤に染めている。


「え?」


「ばっお前! 隠せよ! 仮にも女だろ!!」


「仮にもは余計だ」


 裾を押さえながら言った。そいつはプイッとそっぽを向く。

 さながら今私はマリリンモンロー状態ということだな。いやわからんて。多分あんなにセクシーではない。



「いやあの、レオルカさん?」


「ごめーん、こんなにフレドが狼狽えるとは思わなかった。あとチフユがこんなに冷静なのもちょっとびっくりした。剛胆だね」


 いつもの軽い謝罪。そしてぱちんと指を鳴らすと風が止んだ。


「いや、剛胆というか……」


 それよりも茶髪男の驚きの様子のが気になって。


「まあ昨日も膝くらいの服着て暴れてたしあんまり気にしてないのかな?」


「気にしてないわけではないですが。見られないようにハーフパンツとか履いてるし。見られたくないもんは隠してたから」


「隠してたって事は今は違う?」


「まあ、ハーツパンツは履いてませんが……」


 スパッツとか屋敷にはなかったからな……。探したらないかな。


 今履いてるの私のパンツじゃないし。いやそうじゃなくて。今の風でパンツ見えるまではいかないと思ったから。


「お前、おかしいんじゃないのか!」


 怒鳴り声に振り向くと、まだ顔を赤らめた男がいた。

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