第21話

 そんな感じで、気づけば良い時間になっていて、待ちに待ったお夕飯の時間となる。


「煮物に味噌汁、そして光り輝く白ご飯。最高のお夕飯だ〜!」


「鰹節を見つけたからね。良いだしになったよ」


 食べ物系はあんまり変わらないのかな? 有難い限りだ。後は肉くらいか。ない事はないと思うのだけれども。


 ずず、と味噌汁をすする。美味しい。そして白米を頬張る。美味しい。煮物の小鉢から人参を取って頬張る。美味しい。白米を頬張る。美味しい。美味しいしかない。


「しあわせ〜」


 これはもう幸せの体現です。


「やっぱりおばあちゃんの料理は最高に美味しいよ! 煮物美味しい! ありがとう!」


「ふふ、ありがと。煮物は明日のお弁当にも入れてあげるからね」


「やったー!」


 これは幸せ家族ですな。現実は一緒に暮らしてないけど! お弁当にも入れてくれる!

 こりゃモチベーション上がるな。


 おばあちゃんはいつもご飯作って、配って、食べるところを見る。そして美味しい美味しいって食べる私を良かったと笑って、そして自分のご飯の用意をするのだ。


「おばあちゃんも食べよう。私お皿洗うから!」


「ふふ、ありがとう千冬」


 おばあちゃんはそう言って椅子に腰掛けると、いただきますと手を合わせた。


「うん、チトセさん。すごく美味しいよ。オレまでありがとう。こういう料理は初めて食べたけど、すごく好きだな、オレ。というか、皿洗いオレやるよ? 押しかけてご馳走になったし」


 押しかけた自覚はあるんだな。

 随分と殊勝なこと言ってますが、結構です。皿は私が洗います。


「いや皿洗いとかいいんで帰って下さい」


「手厳しいなー。それにもう敬語はいいってのに」


「皿洗いとかせんでいいから早よ帰って」


 よくよく考えたら会ってまだ一日経ってないからね。恐ろしいくらいに馴染んでいたけれど、この人今日初めて会ったんだよ。こわ。

 この人やっぱりおかしいって。


「食べたら帰るよ。そんなに威嚇しないで?」


「いやするよ……。絶対もう胃袋掴まれたでしょ……。危ない……」


「だーいじょうぶだよ。オレだって、人妻には手を出したりしないよ」


 にっこりと笑って言うレオルカさんに、私は特に何も言うこともなくじとりと目線をやる。そんな中、おばあちゃんが口を開いた。


「ーー千冬は、私の心配をしてくれているけど。私は千冬の方が心配だわ。だってそうでしょう?」


 私? 何故?

 よくわからなくて首を傾げる私に、レオルカさんはくつくつと笑い声を漏らし始める。


「うん、そうだねぇ。普通そっちの心配になるよね。ねえチフユ」


「ん?」


 呼ばれたので、レオルカさんの方を向く。レオルカさんは読めない笑みを浮かべたまま私を見ていて、何故か私は動くのを忘れた。

 ふわり、と頬に彼の手が触れる。


「チトセさんを大切に思うのは結構だけれども、自分の心配もしようね。君は若くて可愛い女の子なんだからさ」


「は?」


「あれ、わからないかな。君はチトセさんばかり気にしてるけれど、君だって魅力的な女性なんだって事だよ?」


「は?」


 何を言ってるのかわかりませんね!?

 添えられた手が温かいとか、割とゴツい事とか、そんな事はどうでもよくて。こんなに真っ直ぐ向かい合って正面から可愛いだとか魅力的だとか言われた事なんてない。

 何が言いたいかって? 私だって照れるという事です。


「概ね同じ意見かな。千冬はおばあちゃんの心配をしてくれるけれど、千冬ももう十六になるしうんと可愛いからね。これからは警戒しないとね」


 ぽふん、とおばあちゃんの手が頭に乗る。ここでレオルカさんの手が離れていたことに気づいた。おばあちゃんに頭を撫でられて、私は気恥ずかしさと共に多幸感に包まれる。

 だって頭を撫でられるって、大きくなるとなかなかないもの。

 そして久しぶりにしてもらうと凄く嬉しい。今わかった。


「んへへ、おばあちゃんが言うなら気をつけるよ。ちゃんと警戒する」


 正直、いまいちぴんとこないけれども。


「本当にわかってんのかなぁ……。そしてチトセさんに言われた方が素直だし嬉しそうだね。少し悔しいな」


「こればっかりは今日会ったばかりのレオルカさんに譲れないわね。千冬は中々素直じゃないし」


「まあ仕方ないかぁ」


 あの、私を挟んでそんな会話をされるといくら私でも恥ずかしいのですが。


「あっ。私お皿洗ってくるね」


 取り敢えず仕事に逃げる事にした。お願いねと手を振るおばあちゃんに勢いよく頷き、私はお皿洗いを始めるのだった。



「……チトセさん、チフユはーー」


「そうね。私もわかってるんだけどーー」



 お皿洗いをしながら、二人が会話をしているのがわかった。でも、微妙に声が小さくて内容がつかめない。わからないまま、会話は終わり、レオルカさんは今度こそやっと帰って行った。


 さて、色々あったけど明日は頑張ろう。絶対にコントロール出来る様にして、おばあちゃんと別行動なんてないようにしなきゃ。私がおばあちゃんを守るんだ。


 改めて決意を固め、私はぐっと拳を握り締めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る