第19話

 免罪符の意味ね。はいはい。それなら現役の女子高生こ私の出番かしらね。ふふん、成績は悪くはない。


 ……よくもないけどね!


「免罪符って要はあれですよ。犯した罪をチャラにするヤツです」


「ん?」


 ようわからんと言いたげな顔でレオルカさんが首を傾げた。何故だ。完璧な回答だっただろうが。

 確かそんな意味だったはず。これ以上何にも言えないのですが何が気に入らないのか。


 そんな感じでもう何にも言えない私の言葉を引き継ぐようにおばあちゃんが口を開いた。


「贖宥状のことですよ。罪の許しを与えるという意味です。犯した罪や責任を逃れたり軽減したりしようとして行う行為や理由、ですね」


「なるほどなー!」


「おいこら」


 私の答えで概ね合ってんじゃん! おばあちゃんの方がわかりやすかったし辞書引いたんか? って感じだったけれどもー! 私も割といい線いってたじゃないの!


「チトセさんは博識だなあ」


「私の回答も割と良かったと思うんですがねえ!!」


「信憑性がさ……違うよな。あ、違う、説得力」


 はあ〜〜〜〜!? どちらにせよ失礼すぎるだろう!! というか!


「説得力ないってなに!? それ私を馬鹿だと思ってるって事!? 失礼にも程があんでしょー! これでも元の世界では真面目に勉学に励む学生だったんですけど!!」


 甚だ遺憾なんですけども!

 ぷりぷり怒る私とは裏腹に相変わらずレオルカさんは軽い笑みを浮かべたままだ。へらへらしながら謝るんじゃないよ。謝られてるのに腹立つでしょうが!


 おばあちゃんは鼻息荒くしている私を宥めつつ「まあまあ千冬、ちゃんと勉強してるのおばあちゃんはわかったよ」と誉めてくれた。く、くそっ嬉しい。嬉しさが怒りに勝ってしまう。


「ごめんて。年下の脳筋ぽい年下よか落ち着いた淑女の年上だと説得力大分違うからさ」


 よし、殴ろう。


「誰が脳筋だ! このまっしろしろすけ! 表に出な!」


「まっしろしろすけ」


 また安直なあだ名を付けてしまった。髪の毛ご白いのでまっしろしろすけ。

 がたたっと立ち上がり、扉を親指で指したがレオルカさんはのんびりと腰掛けたままだ。その余裕にまたむかついて、詰めようとした時。とても静かな声音で、でも何故か響く声が私の名前を呼んだ。


「千冬?」


「アッ」


 ぎぎ、とブリキの人形のように声の方向へと向くと、そこにはおばあちゃんがにっこりと笑みを浮かべていた。

 特に言葉を発することはなく、ただ笑みを浮かべているおばあちゃんに私は固まってしまう。じとり、と冷たい汗が滲む。

 私はゆっくりと腰を下ろした。


「表に出るのはやめとこかな。まだ紅茶を残ってるもんね」


 そう言って少し冷めた紅茶をぐいっと一気に飲み干した。喉がからからに乾いていたのだ。


「ハァー美味しいなぁ! あっはははは」


 くそぅ、我ながら下手だな!?

 私には演技力なんてないんや……。


「ははは、チフユは面白いなぁ」


 何回繰り返してんの、とレオルカさんが笑う。うるさい。

 私は直情型なんだ。

 むすっとそっぽを向く私を楽しそうに見るレオルカさん。見過ぎです。金取りますよ。


「見ないでください。お金取りますよ」


「お金払ったらいくらでも見て良いのかな?」


 違う。よくない。

 じろりと睨みつけるがどこ吹く風で全く気にする様子はない。


「んなわけなねーでしょ。とにかく見んなってことです」


 はっきりと言ってやった。レオルカさんはまた楽しそうに笑う。


「何が楽しいのかさっぱりわからん……。レオルカさんって変わってますよね」


「よく言われるよ」


 でしょうね!!


「チフユって、表情ころころ変わるから楽しいんだよ」


「まあポーカーフェイスではないですけど」


 でも言うほど変わるか?

 そう思ったけれど掘り下げる話題でもない。ましてや私の表情の話など。


「この子は昔から喜怒哀楽がはっきりしてますからねぇ。私達もついついプレゼント買ったり、遊びに連れて行ったりしました」


「おばあちゃんちに行くの昔から大好きだったよ!」


「ふふふ。私もおじいちゃんも千冬が来るの楽しみにしてたよ」


 中学校に上がってからは泊まりに行ったりすることが少なくなったけれど、それでもおばあちゃんとおじいちゃんに会うのは楽しかったし好きだった。二人とも優しくて、甘やかしてくれた。たまに怒られたりはするけれども。

 おじいちゃんの優しい笑顔も思い出して、おばあちゃんと顔を見合わせて笑った。記憶の中のおばあちゃんちの思い出は暖かい記憶ばかりだ。

 そんな私のおばあちゃんの和やかな雰囲気にレオルカさんも頬杖をつきながら穏やかな笑みを浮かべて見ていた。こそばゆいからその顔やめてください。


 そしてレオルカさんはしんみりと息を吐いた。


「いいなぁ。仲良きは美しきかな。そういや、思ってたんだけど、二人は別々に暮らしてるんだな? チトセは誰と暮らしてんの?」


「ん? 両親と暮らしてますけど」


「ふーん。どんな両親?」


「どんなと言われても」


 う〜ん。何と言えば良いのか。

 普通に良い両親だし好きだ。ちょっと目に毒かなくらいのいちゃつきと、改善の余地がない料理スキルが目につくけれども、他は別に不満はない。

 遊びには、連れて行ってはくれたんだけど、ここ数年は遠慮している。

 だってすぐいちゃいちゃするんだもの! もうね、カップルなの! バカップル!

 結婚してもう十五年は経ってるはずなのに!

 思春期には辛かったの! 出先で両親がちゅっちゅっしてて居た堪れなかったの!

 過ぎ去りし日を思い出し、ふと遠い目をしてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る