第17話

 ざぶざぶと最後の濯ぎをしながら心の中で私は高らかに叫んだ。いやもう本当、仲良しだったもんね!

 よく二人でお散歩したり買い物したりしてたもんね! たまにお邪魔してたけれど、ほんと私の理想の夫婦だった。

 両親も結婚してからずっとあんな感じだから、ある意味理想っちゃ理想かもしれないけれどあそこまでの熱量は割としんどい。

 この年頃だと特にそう思ってしまう。

 穏やかで、ほんわかしたおばあちゃん夫婦は私の理想だったのだ。


 だけど、今のおばあちゃんの告白を聞いて、おばあちゃん両親に負けないくらいの熱量を秘めていたのだとまざまざと感じてしまって。

 何だか、むず痒い。


 そんな私の胸中など知らないレオルカさんのからりとした声が響く。なんか温度差のせいかすごい能天気に聞こえる。


「あはは、こんな穏やかで淑やかなチトセさんがそんなに熱を上げてるなんてね。何だか聞いてるだけで照れるな」


 何でおめーが照れるんだよ!! おうおう怪しいな。惚れてないか?


 危機感を感じて、適当に水を切って談笑の輪の中へと突入する。


「おうおうおう、兄ちゃん。人のおばあちゃん口説くのやめてもらおうか」


「うわっすげぇ変なキャラで入ってきた。てか口説いてないよ」


「はぁ〜ん?」


 精一杯のメンチを切っていたらぱしりと頭を軽く叩かれる。振り向くとおばあちゃんが呆れた顔をしていた。


「やめなさい、もう」


「でもぉ、」


「でもじゃない」


 そんな私達のやり取りにレオルカさんは面白そうに笑う。トリスさんはすっごい腹立つ顔で「お前疲れないか?」と聞いてきた。ど、どういう意味だ。別に疲れませんけど!? ちっとも! 微塵も!


「じゃーあー、チフユの好きな人の話してよ!」


「は、はあ!?」


 とんでもない飛び火が来た! じゃあって何だじゃあって! 繋がってないし!

 てか! 好きじゃないし!


「な、何言ってんすか? 好きじゃないですし! 言ったでしょ、気づいたら大体一緒にいるなって思っただけでっ」


「でもさぁ、いつも一緒にいるってことはそいつのそばが心地良いってことだろ?」


「は、はぁ!?」


「ふふ、そうねぇ。いつも仲良く出てくるものね」


 そ、そんな微笑ましい顔をして言わないで! ただの女神! いつもそんな風に見られてたん? 恥ずかしい!


「お、チトセさんは知ってるのか! チフユのイイ人」


「小さい頃から知ってますよ」


「おお。もしやその人って、話に出てたナガミネ? ってヤツか?」


 あれ? 知られてる? 言ったっけ?


 そんな私の顔にレオルカさんはチトセさん怒られてる時に言ってたぞと教えてくれた。よく覚えてたね!?


「チトセはフークンと言っていたな?」


 ずっと黙ってだトリスさんがそう聞く。あ、そこ気にしてたんだ。よくわからん人だな。


「え? あ、そうですね。長峯冬海って名前なので、私はふーくんって呼んでますよ。あ、こちらではフユミ・ナガミネですね」


「チフユはファミリーネームで呼んでるのか。チトセさんの方が仲良さげだね?」


「ふふふ、千冬はお年頃ですから。小さい頃はふゆくんって呼んでたんですよ」


 やめてー! 恥ずかしいから言わんといてー!

 私の話で盛り上がるのやめよう!?

 別に好きでもないんだからさー!!


「なるほど! では好きじゃないってのは年頃の照れ隠しだな!?」


「どうでしょうねぇ。でも、本当に仲良しなんですよ。小さい頃この子に泣かされたのに、その後はすごく世話を焼いてくれて」


 公開処刑だ。これ。

 取り敢えず黙ろう。私が何か言っても全部裏目だ。おばあちゃんが面白がってあちら側にいるのは不利すぎる。


「チフユは男を泣かせてたのか! 昔からヤンチャだったんだな」


「そうですねぇ。お淑やかにするよう会う度に言ってるんですがねぇ。その時は泣かせてしまったから謝りに行ったんですよ。たまたま私が泊まりに来てたから私とね。その時この子ったらすごい不本意な顔してて、そこを怒ろうとしたらこの子も泣いちゃって。そしたら、ふーくん……冬海くんが謝ってきたんです。それからはずっとチフユに良くしてくれて」


 そうだ。私のお母さんお手製のお弁当を見て、馬鹿にしてきたんだ。「お前の母ちゃん炭製造機!」とまで言われて私はキレた。


 仕方ないだろ! お母さんは料理ド下手なをだから! 私もお父さんもド下手なんだよ! と当時は大声で叫んだ。

 お前にはわかんないよな! 綺麗なお弁当を普通に作るお母さんがいるお前はな!

 でも、ド下手でも真っ黒でも早起きして頑張って作ったのを知ってるから。どうしても嫌いにはなれない。


 癇癪を起こした私はそいつの唐揚げを奪って、私のお弁当に入ってた真っ黒になった金平牛蒡をそいつの口に突っ込んだ。

 そしたら泣いた。

 この時たまたま両親がいなくておばあちゃんが来る日だったのを思い出して。おばあちゃんに迷惑をかけてしまったのが悔しかった。自業自得なんだけど!


 うっ当時のことを思い出して居た堪れない。


「千冬はその時の事、あまり良い思い出じゃないと思うけれどーー」


 ちらりと私の顔を見ておばあちゃんは言葉を切る。

 そりゃそうだ。怒られた思い出が好きな人なんてなかなかいないだろう。ましてや子供の頃の話だ。でも、でも。


「私は結構、良い思い出なのよね。あの時の冬海くん、素敵だったもの。この子が千冬の運命の人かしら、なんて思ったわ」


「わーー!!」


 恥ずかしくて死にそうなんですけど!


「謝ったのがそんなにか?」


 トリスさんが不思議そうに問う。

 おばあちゃんはくすくすと笑いながら首を振った。


「その後ですよ。俺も悪かった、ごめんって謝った後。これからは優しくする。美味しいものは一緒に食べる。俺が楽しい時はちゃんと分ける! って言ったの」


 普通さー、小学生でこんなこと言う? でも一人っ子だった私はさ。楽しいことは分けるって言われたのめっちゃ嬉しかったんだよね。

 それからは気づいたら一緒にいて、本当に長峯は嬉しいことや楽しいことは必ず私と共有する様になった。


「ていうか、一緒にいるのは当たり前だよね。そいつと一緒にいれば分けてもらえるもんね。絶対に楽しい場所なんて居心地良いなんてレベルじゃないよね」


 だから好きとかじゃないんですよ!

 そんな思いを込めて言った私は皆の顔を見る。

 おばあちゃんとレオルカさんはすごく優しい笑顔で私を見ていた。や、やめてよ!


「好きじゃないですからね!」


「ふうん、そっかぁ」


 物凄い甘ったるい声音でレオルカさんが言うものだからぞぞっと鳥肌が立った。

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