第5話

 金糸の髪の毛に青い瞳。形の良い眉を少しひそめてそいつは私を見た。どうやらこいつが、私に何かをしているらしい。


「何やら騒がしいと思えば……これはどういう事なんだい、トリス」


「あー……申し訳ありません。召喚に何故か二人現れた事と、その小娘が異様に暴れまして」


「異様ではないだろ。この状況なら普通抵抗するわ。異様なのはそちらということを肝に銘じて下さいね」


 ぺっと唾を吐きながら言ってやった。口の中か切れているので真っ赤だった。ていうか今の状況が異様。


「ああもう、千冬、また無茶をして! あんたは少し黙ってなさい、おばあちゃんが話をするから」


 私に駆け寄ったおばあちゃんは、ポケットからタオルハンカチを取りだして、私の口周りや鼻を拭いた。あ、鼻血出てた。私、今きっとひっどい顔してんだろうなぁ。

 ぼんやりとそんな事を考えていたら、おばあちゃんは金髪の男へと向き直る。


「情報を整理させて下さい。にわかには信じがたい話ですが、ここは私とこの子が生きていた世界とは別の世界なんですね? そして、魔物と呼ばれているものがいる」


「そうだ。その魔物を生み出している歪み。それを浄化出来るのが、異世界から召喚した救世主……つまり聖女、というわけだね」


 それが、私か、おばあちゃんか、ということなのか。


「……私達がいた世界では、魔物は空想上のものでしたので、そのような力が本当にあるのか信じられないのですが」


「そーだそーだ! というかぜって〜ないよ! ないない! だから帰せ! かーえーせ!」


「千冬、ややこしくなるからあなたは黙ってなさい」


「はい!! ごめんなさい!!」


 怒られた。にしてもこれ何だろ、まだ動けない。あの金髪、本当に何してくれてんの。さっきから動かそうと思ってるのだけどなかなか動けない。なんというか、見えない縄みたいなもので縛られている感じ。


「ああ、貴女は概ね理解されているようで何よりだ。私の名前はアルフィ。この国の王子だ。自己紹介が遅れて申し訳ない。貴女達をこちらへ喚んだのは……今、貴女が言った通りだ。この国を、救って欲しい」


 そう言って、自称王子は頭を下げる。王子が頭を下げたことに周りの連中はざわついた。あのカメムシ頭も頭をお上げください! とか言っている。ほえ〜とぼんやり成り行きを眺めていた私はふと気がついた。


「ん?」


 私を拘束している何かが微かに緩んだのだ。自称王子が集中し切れていないからかな? 成る程成る程。今ならもしかしたら破れるかもしれない。


「事情は、わかりました。……もうご存知だとは思いますが、孫は見ての通り直情型です。女の子なのだから普段は慎むよう話してはおりますが、許せない事や気に入らない事があればすぐに周りが見えなくなるのです」


 ソウデスネ。直情型ですね。要は短気なんですね。すぐに化けの皮剥がれちゃうんですね。でも、仕方ないと思うのです。まさか初対面でおばあちゃんをばばあなんて呼ぶのは思わないじゃないか。このトリスとかいう髪の毛緑のカメムシ野郎め。

 おばあちゃんはしゃんと背筋を伸ばして相手を見据えながら、一度言葉を切った。

 そして「まあ、」と声音は柔らかく。けれどぴりと空気をひりつかせて。


「私もね。そんな孫の祖母ですから。この子ほどではないにしろ。割と私も、直情型なわけでしてね」


 いつも穏やかな笑みを浮かべて、優しい顔をしているおばあちゃん。そんなおばあちゃんが、ぎろりと。猛獣みたいな迫力で、カメムシ野郎と自称王子を睨みつけながら。


「可愛い大切な孫娘の顔殴られちゃあね? 腹わた煮えくり返るくらいには、腹を立てているわけでして」


 腫れた頬を優しく触れながら、刺すような冷たい声をだして。


「おばあちゃん!」


 あまり怒らないおばあちゃんが私の為に怒っている。それが嬉しくて、声を上げた。その時、先程からぎちぎち動かそうとしていた両手が、パァン! という音と共に今までの負荷がいきなりなくなる感覚がした。

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