第4話

 どさり。お尻に走った衝撃に私は飛び起きた。じんじんするお尻を摩りながら辺りを見回すと、そこには今まで見たことのない光景が広がっている。変な模様の描かれた床。高い天井。おかしい。だって外にいたのに。

 おばあちゃんは!? さあっと血の気が引いたけれど、おばあちゃんはすぐそばで横たわっていた。

 そして。私達を取り囲む、変な服に変な装飾品をつけた、全然知らない人達。武装してる奴が、たくさん。こんな物々しい雰囲気でなくておばあちゃんがいなかったならば「ここはコスプレ会場か何かですか〜?」なんて言って見せたのだけれども。


「ふ、二人だと? な、なんでこんな。一体どちらが本物だ?」


 口火を切ったのは、中でも一番沢山の装飾品を付けて、でかい杖を携えた男だった。


「あ? 何ですかあなた。もしかしてこの状況はあなたの仕業ですか?」


 低い声で尋ねるも、男は何で何でばかりで答えやしない。何でじゃねぇわ。こちらが何でじゃい。話できそうな奴はいないんか?


「う……」


「おばあちゃん! 気が付いた!? 大丈夫?」


「千冬……。ここは」


「わかんない! 今問いただしてるとこ!」


 状況確認。私はスクールバッグ、おばあちゃんはいつも使ってる手提げ鞄を持ってる。

 武器になるかは微妙だ。くっそ、五徳ナイフくらい持ち歩いておけば良かったな! いやそんな女子高生はおらん。


「何の騒ぎだ?」


「トリス様!」


 その声で、まるでモーゼみたいに人が割れた。そこから現れたのは武装してる奴等とおんなじ格好してる男だった。なんか、偉い奴なのかな。背が大きくて、怪訝そうにこちらを見る、緑髪の男だ。


「召喚は成功したようなのですが、何故か二人現れまして」


「失敗したわけじゃねえのに、難儀な奴だな」


 面倒そうに頭をがりがり掻いて、そいつは私とおばあちゃんを見た。


「何だ、ガキとばばあじゃねえか。なら若いガキの方だろ」


「……あ?」


 その言葉に、私は。ぷちり、と。頭の中で何かが切れた音がした。


「あー、まあ説明するとだな。お前を呼んだのは、この世界を救うっていうのを担って欲しいんだ。ここでは、魔物が出る。それは、あちこちにある歪みから湧いて出ているからなんだが」


「おばあちゃんを……ばばあ呼ばわり……」


「その歪みは俺達にはどうすることも出来ないが、異世界から召喚された救世主となり得る者なら、歪みを正すことが出来る。そして、救世主は高い魔力を秘めているらしい」


 なんかペラペラ喋ってるけど知らん。こいつは許さん。もう全部気に食わない。


「お前達には、増えすぎた歪みと魔物を浄化してもらいたく」


「くたばれこのカメムシ野郎がーーー!!」


 持っていたスクールバッグを思い切り奴に投げつけた。髪の毛緑色だからコイツはカメムシだ。


「うごっ!」


「トリス様!?」


「うりゃ!」


 そしてスクールバッグは奴の顔面に直撃した。

 奴がよろけた隙に一気に距離を詰める。ついた勢いもそのままに飛び膝蹴りをお見舞いしてやった。


「き、きさまっ! よくもトリス様をっ」


「うるせーーーー!!」


「ぐあっ!」


 振りかぶってきた奴には脛を蹴ってよろけさせた。なんだよトリス様って! やはり偉い奴か?

 いやそんなのはどうだっていいんだ、それよりも、だ。


「こんな、美しさと優しさを兼ねそろえたおばあちゃんをばばあ呼ばわりなんて……! こんなに若々しくて美人なおばあちゃんを! 私ですらおばあちゃんと呼ぶのをためらう時があるのに」


「いや、おばあちゃんでいいのよ千冬。あなたは私の孫だからね?」


「会って数分のカメムシ野郎がばばあ呼ばわりだなんて、もう許さない」


 決して私は武道を嗜んでいたとかではない。空手をやってたわけでもないし、柔道も古武術も経験がない。

 それでも、ルール無用の喧嘩なら。かつてグレて非行に走っていた時、割とやんちゃした。流石に倒せるとかは思ってない。だけど、まあ。

 メチャメチャに抵抗はします。 


「おばあちゃん。取り敢えず逃げよう」


「逃げるって、」


「こいつらはお話にならない! ここから出よう」


 戸惑いの色を滲ませたまま、おばあちゃんが頷くのを確認して私は駆け出した。


「うわっ来た!」


「所詮は小娘だ! 止めろ!」


 私を捕らえようと向かってきた男達の足元に向かってスライディングした。狙うは脛だ。脛を攻撃すれば、そいつは二、三人を巻き込んでひっくり返った。


「こ、こいつ!」


「どけ!」


 素早く立ち上がり、落ちていたスクールバッグを拾う。それをむちゃくちゃ振り回しながら走った。


「く、くそっ、こいつ!」


 もう少し、もう少しだ!


「しょうがねぇな」


 何が起こったのか、その時はよくわからなかった。気づいたら私の体は大きく吹っ飛んでいて、床に打ちつけた痛みと、顔の痛みに意識が飛びそうになったのだ。


「千冬!」


 おばあちゃんの悲痛な声。

 私はすぐに起き上がり、べっ、と唾を吐いた。びちゃりと赤い血が飛び出したのを見て口を切ってしまったことに気づく。頬を、殴られたのだ。


「くっそ」


「あまり調子に乗らない方がいいぞ。俺達はお前達を殺すわけにはいかないから手を出していないに過ぎない。手加減をしてやってんだよ。思い上がらない方がいい」


 カメムシ野郎がのそりと歩きながら、呆れ混じりに言った。む、むっかつくなぁこいつ!


「んなのわかっとるわボケェ。だからこうして暴れてるんやろがい。せっかく手加減して頂いてるんだから甘えないとね? 私は遠慮せずに暴れますので引き続き手加減お願いしますねクソ野郎」


 全力の笑顔でそう言った。ブレザーのボタンを外す。


「……おばあちゃん。今は緊急事態だからね。生き残る為に私は何でもするからね」


「……千冬?」


「おばあちゃん、悪いけど持ってて」


「またその鞄でも投げるか?」


「まさかぁ」


 今投げたらその剣で真っ二つにされそうだからしないよ。代わりに、


「これでも喰らえ!」


 脱いだブレザーを投げつける。そしてすぐに走り出した。少しは怯ませられたかな?


「うわ! こいつ衣服を!」


「これもどーぞ!」


 ブレザーが落ちて意味をなさなくなったので、すかさずワイシャツを脱いで投げつける。私の装備はあとはTシャツとスカートだ。いやスカートの下にハーフのジャージはいてる。まだ使える。

 秘技女子高生ストリップ目眩し。意味合ってる?

 騎士っぽいし女には慣れてない事を祈ります。


「ちっ、多少手荒でも構わん、さっさと捕らえろ!」


 うげ。こうなったらTシャツいくか。ブラジャー だけになっちゃうけどこいつら騎士だろ? 少しは躊躇しないかな。男だから少しは怯むよなきっと! 信じよう! まあ多少は目眩しになるでしょ!


「あ!」


「ち、千冬!」


「仕方ない!」


 羞恥心を脱ぎ捨てるイメージをしながらTシャツを脱ごうと裾を捲りかけた時だった。


「やめた方がいいよ」


 そんな声が聞こえたと思った時。私は動けなくなっていた。

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