第3話

 ようやっと授業を終えて、待ちに待った放課後。私は帰宅部なので、するりと下駄箱で靴を履き替えて校門へと向かう。

 とんとん、と爪先を整えていると肩を軽く叩かれた。振り向くと、まぁ予想通り、長峯がいた。


「よ」


「よっす」


 なんとなく並んで、他愛のない話をしながら歩く。こんな感じで気づけば登下校を共にしているけれど、まあご近所さんだから道が一緒なのだ、仕方なかろう。


「あっ!」


 そんなことを考えていた私だが、不意に校門近くにとある人影を見つけて思わず声を漏らした。あちらも私に気づいたのだろう。ひらりと手を振ってくれた。


「おばあちゃん!」


 我慢できずに駆け寄る。おばあちゃんはふんわりと優しい笑みを浮かべて「久しぶりだねえ」と言った。


「あ、宇津木さん。お久しぶりです」


「ふーくんね!? 男の子は伸びるの早いわねぇ」


 感心したように長峯を見上げるおばあちゃん。そうだね、こいついきなり伸びたね。同じ目線だったのに、気付いたら見下ろされていた。まだ伸びるのだろうか。いや待て、私が伸びるかも知らんぞ。敬語を使って挨拶をしている長峯をちらりと見てから、私は帰宅したら牛乳を飲むことを決意した。


「さて、せっかくだからふーくんも一緒にどこかお店入ろうか?」


「え、いや、そんな。折角久しぶりに会ったのに俺がお邪魔するのは」


「いいのよ。千冬の様子も聞きたいし」 


「おばあちゃん、私の様子は私が言うよ」


「千冬本人だと言えない事あるじゃない? また暴れたりとか」


 こいつはあれだな。かつて長峯を泣かしちゃった件だな。あれ、後からバレて怒られたんだよな。隠してたから。


「……じゃあ、お言葉に甘えて」


「まあ、そんなことは建前で。純粋にふーくんともご飯したかったの。大きくなって、ハンサムになって」


 ハンサムかこいつ? そう思ったけれど、おばあちゃんのいたずらっ子みたいな笑顔にどうでもよくなった。


「あの、もう高校生ですし、ふーくんは、ちょっと、あの」


 私がそんなことを思っていると、長峯がもごもごと言いづらそうに何やら訴え始める。そんな長峯おばあちゃんは少し悲しそうに目を伏せた。


「だめかしら?」


「全然だめじゃないよおばあちゃん。ねっ長峯。ふーくんいいよね。ふ菓子みたいで」


「ふ菓子みたいって何? お前悲しいくらいにフォロード下手だな……」


 そんな哀れみの目で見ないで! 思わず殴りそうになるじゃないか! おばあちゃんの前だからしないけど。


「千冬、長峯なんてそんな他人行儀な呼び方してるの? 寂しいじゃない」


「他人だからですが……」


 あら本当に? と意味ありげに笑うおばあちゃんはいつもより若く見えた。

 いや、実際若いんだ。背筋もしっかり伸びてて、髪の毛も綺麗。年はいくつだっけ。まだ六十にはなってなかったはず。そうだ。五十四歳。うん。好き。長生きして……。


「さて、いつまでもここにいても仕方ないし、行きましょうか」


「うん!」


 その時のことは、よく覚えてない。ただ、でっかいトラックが、すごいスピードでこちらに向かってて、何となくヤバいと思ったのだ。

 何とかおばあちゃんだけでもと伸ばした手は、届いたのかどうかすらわからないまま、気づけば意識を放り投げていた。

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