第7話 魔王と朝食を
「ところで、姫様は今何をなさっているのですか?」
厨房で壺の中にリンゴを放り込んだミルフィに対して、料理人が質問をしている。
「内緒」
しかし、ミルフィが答えるわけもなかった。答えたところで誰が理解できるのかという考えがあったからだ。なにせ、ピレシーの膨大な知識から取り出した方法なので、料理人たちが知っているとは思えなかった。
何やら魔法を使っているのは分かるのだが、料理人たちは誰もその行動がどういうものなのか分からなかった。
「中の見える容器ならよかったんでしょうけど、そんなもの、この魔王城にあるわけないものね」
”容器は何でも構わぬ。どうせ魔法を使うだからな”
苦笑いをするミルフィに対して、ピレシーは淡々と言葉を掛けていた。
さて、壺の方は準備が整ったらしく、ミルフィは貯蔵庫から小麦粉と塩を持ってくる。塩といっても魔王城にあるのは岩塩である。
岩塩を魔法で砕いて粉々にするミルフィ。そして、壺の中身をこした液体と小麦粉を混ぜ合わせる。
そのミルフィの様子を見ている料理人たちは、何をしているのかまったく理解できない。
小麦粉と塩とよく分からない液体を混ぜ合わせて捏ね上げていくミルフィ。まん丸になった物体に、何やら魔法を使うミルフィ。すると、なんとその物体は何倍にも膨れ上がっていた。
驚く料理人たちだったが、それを気にしてもいられない状況である。なにせ魔王とミルフィの朝食を作っている真っ最中なのだから。
ミルフィのしている事が気になる料理人たちは、手を動かしながらちらほらとミルフィの方を覗いていたのだった。
「ピレシー、こんなもので大丈夫かしら」
”主、初めてにしては上出来ですぞ。知識があってもそれをきちんと使いこなせるかは、その人物次第。主は実に素晴らしい。我の睨んだ眼に、間違いはありませんでしたな”
ピレシーは確認を取りながらミルフィを褒めている。ちゃんと調理ができていると聞いて、ミルフィはひとまず安心したようだった。
”だが、主。料理は完成まで気を抜いてはなりませんぞ。最後の焼き上がりまで、しっかりとやり遂げるのですぞ”
「分かっているわよ。えっと、ここで2回目の発酵だったわね」
”その通りだ”
ミルフィはピレシーと話をしながら作業をしていた。
「なあ、姫様って誰と話してるんだ?」
「さあな。姫様って変わってるからな……」
料理人たちはミルフィを見守りながら、独り言に首を傾げていた。
さすがの魔族たちとはいえ、まさかミルフィの隣に魔導書が浮いているとは思うまいて。実際、料理人の誰一人としてピレシーの存在に気が付いていなかった。
「さあ、できましたよ」
”うむ、きれいな仕上がりだな。初めてとは思えん”
ピレシーから絶賛である。
”味は我が保証しよう。早速、魔王にも味わわせるとよいぞ”
「うん」
ピレシーの言葉に満面の笑みのピレシーである。
そして、料理人たちの作った料理とともに、食堂で待ち構える魔王の元に料理が運ばれる。
料理人たちが作った料理も、昨日ミルフィが教えたものである。はたしてこれを魔王が気に入ってくれるだろうか。実に緊張の瞬間がやって来たのだった。
本来なら魔王と一緒に食堂で待ち構えるはずのミルフィだが、料理を作る事にしたので料理と一緒に食堂へと出向く事になってしまった。これが魔王に対してどういう心証になるのか、食堂に近付くにつれてミルフィの緊張が高まっていった。
食堂の前で使用人が中に呼び掛ける。
「魔王様、朝食をお持ち致しました」
「うむ、入れ」
中から重苦しい声が響き渡り、中へと料理を運び入れる。そして、そこで見たものに、魔王の鋭い視線が飛んだのだった。
「ミルフィ、お前はなぜ使用人と一緒に入ってきた?」
当然の疑問だろう。だが、ミルフィはそこでは言葉を発しなかった。
そして、運ばれてきた料理が魔王の目の前に置かれる。ミルフィは、そこでようやく口を開いた。
「お父様、本日の朝食は、私の意見を元に作られました。どうぞ、ご賞味下さいませ」
ミルフィの発言に、魔王の眉がぴくりと動く。
そして、魔王が手を上げると、料理人がかぶせていた金属製のカバーを取り除いた。
中から現れたのは、ミルフィが作っていた料理と、料理人たちに教えた料理だった。
「なんだこれは」
鋭い視線がミルフィに向く。
「パンとシチューです。朝食用に少々軽めに作らせて頂きました」
「お前が作ったのか?」
魔王が尋ねてくるので、ミルフィはこくりと無言で頷いた。
「よし味わってやろうではないか。だがその前に、ミルフィ、お前も座れ」
魔王に言われたので、内心びびりながら隣に腰掛けるミルフィである。
ドキドキしながらの実食タイムである。
ミルフィだけではなく、魔王城の料理人、それにピレシーが見守る中、魔王による朝食の実食が始まった。
「こっちはパンとか言ったか。どれ……」
パンを手に取ってかぶりつく魔王。
「ふむ、食べた事がない食感だな。ふわふわしている」
続けてシチューにも手をつける。香りがよいためか、魔王はかなり興味を示しているようだ。
「なんとも味わい深いものだな。このような味は長く生きてきて初めてだ……」
なんと魔王絶賛のようだった。
しかし、安心するのは早かった。魔王がミルフィに向けて鋭い視線を向けてきたのである。
「ミルフィよ。このようなものを作って一体どうするつもりだ? 食事など食えれば問題なかろう?」
魔王の圧力に息苦しくなるミルフィ。だが、せっかく思い立った計画を、ここで終わらせるわけにはいかなかった。
ミルフィはぎゅっと気持ちを引き締める。
「お父様、私は料理でもって世界征服をしたいと考えています。おいしいものをみんなで食べて、幸せになれる。そんな世界を目指したいのです!」
ミルフィは魔王に言い切ったのだった。
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