第8話 約束と決意と

「おいしいものをみんなで食べて幸せになれる、そんな世界を目指したいのです!」


 はっきりと言い切ったミルフィは、内心ドキドキしながら父親である魔王を見つめていた。

 魔王からは鋭い視線が向けられている。はっきり言って相手が自分の父親だからといっても、ミルフィはその視線が怖かった。


「ミルフィ」


「は、はい!」


 魔王から突然名前を呼ばれて驚くミルフィ。


「お前の横に浮いているそれは何だ?」


「ふえ?!」


 魔王からの質問で、ミルフィは思わず自分の横に浮かんでいるピレシーを見る。よく見れば、魔王の視線は先程からピレシーの方に向けられていた。

 どうやら魔王は、姿が見えないはずのピレシーをはっきり認識しているようである。さすが魔王である。


「ピレシー、姿を見えるようにできる?」


”無論”


 次の瞬間、すうっとピレシーの姿がミルフィの隣にはっきりと浮かび上がる。これには食堂に控えていた使用人たちが、驚きを隠せずに騒めいた。


「やはり居たか、異界の者よ」


”お初にお目にかかる、魔族の王よ。我が名はピレシー。あらゆる世界の食の知識を蓄えし魔導書である”


 魔王の呟きに対し、ピレシーはしっかりと名乗る。


「して、なにゆえお前は我が娘の元に居る。唆したのはお前か?」


 魔法はピレシーに圧力を掛けるように問い掛ける。

 だが、ピレシーはこの圧力に屈するような魔導書ではなかった。まるで笑うかのようにピレシーはその体をふよふよと浮かせている。


”何を言うかと思えば、実に笑える話だ。我はただ呼び掛けに応じたのみぞ。この者のおいしいものを食べたいという望みに応えてな”


 ピレシーは魔王にはっきりと言い返した。だが、同時にミルフィの願望をばらしてしまい、ミルフィは思わず顔を赤くして俯いてしまった。

 ちなみに使用人たちはほっこりとした表情で聞いていた。食事に関してかなり文句を聞かされていたので、納得の表情である。


「ミルフィ、そうなのか?」


 魔王はまるで普通の父親のような表情をして、ミルフィに確認を入れている。


「はい、その通りです……」


 ミルフィは俯いたまま答えた。微妙な声の大きさに、恥ずかしがっているのがよく分かる。


”主、別に恥ずかしい事ではないですぞ。食は根源。生き物であるなら誰しもが避けて通れぬものだ。ただ食べるだけの上を目指すのは、別に悪い事ではないぞ?”


 そのミルフィを慰めるように、ピレシーは寄り添いながら話し掛けている。その説得にミルフィは顔を上げる。


”我は主のおいしいものを食べたいという願いに応えてここへやって来た。その結果がその食事というわけだ”


 ピレシーは開いたページを朝食の方に向けながら、魔王に対して話をしている。その話を聞いて魔王は考え込むが、どこか納得したような表情をしていた。


「分かった。そこまで言うのならやってみろ」


 腕を組み、目をつぶりながら魔王が言い放つ。


「えっ……」


 思わぬ言葉だったのか、ミルフィは戸惑っている。


「二度も言わせるな。お前は自分で言った言葉すら忘れるのか?」


 片目を開いてギラリと睨む魔王。


「あっ、そうでした。……私はおいしいもので世界を征服する。そして、料理でもってみんなを幸せにしたいのです」


 改めて目標を確認するかのようにゆっくりと口にするミルフィ。魔王はそれを黙って聞いていた。

 そして、目標を確認したミルフィは、宙に浮かぶピレシーを突然両手で掴む。


”ど、どうしたのだ、主!”


 突然の事でピレシーが慌てている。魔王を目の前にしても冷静なピレシーが慌てるとは、実に面白い光景である。


「そのために、このピレシーは欠かせない存在です。お父様、どうかピレシーの事は見逃して下さい、お願い致します」


 ピレシーを胸の前で抱き締めながら、魔王に直談判するミルフィ。ミルフィの真剣な表情を見た魔王は、一度瞬きをして改めてミルフィを見据えた。

 魔王の鋭い視線は、それだけで気を失いそうになるくらい怖いものだ。だが、ミルフィは自分の決意が本気だという事を示すために、その視線と真っ向から見つめ合った。

 すると、魔王が先に視線を逸らした。その姿を見て驚くミルフィである。


「そうか、そこまで懇願するのであるならば、見逃してやってもいい。ただし、条件がある」


「なんでしょうか」


「実際にやってみせる事だ。食べてみたところ、この食事は悪くはなかった。だが、肝心のお前の実力が伴っていない。その程度の腕で世界征服ができると思っているのなら、それは思い上がりというものだ!」


 立ち上がり、背を向ける魔王。小さく振り返りながらミルフィに厳しい言葉を浴びせていた。


「分かりました、お父様。見ていて下さい、私は必ず成し遂げてみせますから」


 先程までうろたえまくっていたミルフィはどこへ行ったのだろうか。

 しっかりと気を保ったまま、魔王に対して強気の姿勢で宣言してみせていた。


「そうか、それは実に楽しみだ」


 ミルフィに背を向けたままそう言い残した魔王は、足早に食堂から出ていった。

 食堂の中にはピレシーを抱き締めたままのミルフィと、あまりの覇気に震え上がる使用人たちが残されたのだった。

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