第6話 魔王女の決意

 この日1日で目にした光景。

 ミルフィはその光景にものすごく心を打たれてしまっていた。

 自分が作った料理を食べて、みんなが幸せそうにしていたのである。それはミルフィの心の中に強く印象に残っていた。


(私が料理をした事も驚きだけど、それを食べてくれたみんなの顔が忘れられないわね……)


 自室のベッドの上でゴロゴロと転がるミルフィである。


「ピレシー」


”何かな、主”


 ミルフィの呼び掛けに、ピレシーが颯爽と姿を現す。


「ピレシーの持つ料理の知識ってどのくらいあるのかしら」


”うむ、多すぎで分からんな。料理だけでもかなりの数だ。それに加えて食材の知識ともなれば、それこそこの城を書庫にしても足りるかどうかという量だ”


 何気にした質問だが、ピレシーの回答にあんぐりとして言葉を失うミルフィである。

 想像をはるかに超えていたからだ。そのくらいに料理というものは無限に広がっているものである。

 ピレシーから軽く話を聞いて、ミルフィはゴロゴロと左右に転がっている。

 そんな時だった。


「姫様、失礼致します」


「ティア? 入っていいですよ」


 侍女の声が聞こえてきたので、許可を出すミルフィ。すると、扉を開けて侍女のティアが入ってきた。ただ、その表情がなんとも重苦しい。ミルフィはその様子を見て心配になってしまう。


「どうしたのですか、ティア」


 気遣うようにティアの顔を覗き込みながら、ミルフィは声を掛ける。


「姫様、……どうか落ち着いて聞いて下さい」


 ものすごく神妙な面持ちで話し掛けてくるティア。それがゆえにミルフィは目を開いて首を傾げている。本当に何があったのだろうかという顔だ。


「魔王様が……、魔王様がご帰還になりました」


「お父様が?!」


 ティアの報告にミルフィは驚いていた。

 それもそうだ。今まで父親である魔王は、前線に出ており不在だったのである。その父親が帰ってきた。

 この報告は、ミルフィが一人の食事から解放されると同時に、もの凄いプレッシャーにさらされるという地獄の到来を告げるものだったのだ。魔王というのはそのくらいの存在なのである。


「分かりました。伝えてくれてありがとう、ティア。……それで、私は会いに行った方がいいのかしら」


「いえ、魔王様が別にいいと仰ってられましたので、大丈夫だと思われます」


「そうですか……。では、私はこのまま眠らせてもらいますね。お休みなさい」


「はい、お休みなさいませ」


 お休みの挨拶を交わすと、ティアは部屋を出ていった。

 ミルフィは起こした体を再び横にする。


「ピレシー、お父様に喜ばれそうな食事って何かないかしら」


”そうだな。疲れているのなら、あっさりとして消化の良いものがいいだろう。ただ、それが魔王の口に合うかは分からんな”


「やっぱりそうかしらね……」


”だが、父親のために食事を作ろうというのなら、我は協力は惜しまぬぞ。何でも申されよ”


「うん、ありがとう、ピレシー」


 ピレシーと相談をしたミルフィは、そのまま深い眠りへと落ちていった。そのくらい、今日は疲れていたのだった。


 早く寝たせいか、その分翌日は早起きしてしまったミルフィ。眠たい顔を擦りながら、ミルフィは魔法で顔を洗って服を着替える。魔族の姫様とはいえ、一人でできるのである。


「ピレシー」


”お任せあれ、主”


 召喚されるや否や、やる気十分な魔導書である。

 準備を済ませたミルフィは、早速城の中を厨房へと向かっていく。

 ところが、朝早く起きたというのに、厨房ではすでに人が働いていた。魔王城も朝は早いのである。


「おはようございます、姫様」


「おはようございます。みなさん早いですね」


「ええ、食事の仕込みは時間がかかりますから」


「……あの手間がかかってなさそうな食事で?」


 料理人たちの言葉に、ミルフィは訝しそうに視線を向ける。すると、料理人たちは引きつった笑いを浮かべていた。


「まぁいいですよ。今日は私がお父様のために腕を振るいます。みなさんはいつもの通りにしていて下さいな」


「姫様がですか?!」


 料理人たちが驚いている。


「ええ、そうですよ」


 そう言ってミルフィは、厨房の片隅にあったリンゴを引っ張り出す。


「私、決めましたのよ。この料理の知識を使って、世界征服をしてみせます。みなさんのお腹を満足させて、平和な世界征服ですよ」


 ミルフィの言葉に、料理人がざわざわと騒ぎ出す。しかし、昨日の料理を見ていたので、もしかしたらと思えてしまうのだ。


「姫様、一体何をされているのですか?」


「ふふっ、ふわふわの元を作っているのですよ。でき上がってからの楽しみです」


 秘密だと言わんばかりに、唇に人差し指を当ててにこやかに笑っている。


「そのためには、まずはお父様を満足させて説得しませんとね。さすがに手抜きはできません」


 真面目な表情に戻って、魔法を使いながら熱消毒した壺の中でリンゴを発酵させているミルフィである。


 食の魔導書ピレシーと出会った事で、ミルフィは自分の中に明確な目標を打ち出す事が出来たのだ。

 魔王女ミルフィ、これからの彼女の行く道には、一体どんなものが待ち受けているのだろうか。そして、彼女が掲げた「食による世界征服」は成し遂げる事ができるのだろう。

 その第一歩は、自分の父親である魔王の説得に掛かっているのであった。

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