第5話 魔王城でも料理を

 城に戻ってきたミルフィは、ひとまず自分の部屋に戻ってきてソファーに腰掛けていた。

 そして、しばらくの間は呆けたような顔をしながら、ただただ天井を眺めるようにしながら黙って座り続けていた。

 初めて自分で料理をした事もそうだが、それに対するみんなの反応にも驚きまくりだったからだ。どうにも実感が湧かずに、この通りの放心状態にあるというわけである。


「姫様、お疲れ様です」


「ありがとう、ティア」


 侍女の淹れてきた紅茶を飲むミルフィ。紅茶だけは相変わらずおいしい魔王城である。

 紅茶をこれだけおいしく淹れられながらも、どうしてそれ以外の料理が壊滅的なのか、まったく理解のできないミルフィ。


「ピレシー」


”お呼びかな、主”


 食の魔導書であるピレシーを召喚するミルフィ。


「侍女の入れる紅茶、どう思いますか」


 ミルフィはひと口含んだあとの紅茶をピレシーに見せている。魔導書なのでどこに目があるのか分からないが、ピレシーは熱心に紅茶を眺めているようである。


”いやはやなんとも。分量、水量、温度、どれを取ってもほぼ完ぺきではないか。これほどの腕前の者が居るとは、驚きぞ”


 ピレシーからも大絶賛の紅茶である。


「やっぱりそうなのね。でも、こんな技量の持ち主でも、味覚は壊滅なのですよ。魔王城の食事を見たら、あなたはきっと気を失ってしまうでしょうね」


 カップを手に持ったまま、ため息を吐くように話すミルフィである。


”ふむ……。主がそこまで悪く言う食事……。かえって興味が湧いてきましたぞ。さっそく夕食がどのようなものか見せてもらうとしよう”


 ピレシーは魔王城の食事というものに激しく興味を持ったようである。……だが、すぐさまそれを激しく後悔する事になった。


”……”


 ピレシーは魔王城の食事を目の前にして黙り込んでいた。

 魔導書であるがために食事をする必要はない。だが、特殊な力でその食事の内容を見る事ができるのだ。


”……主よ”


「何かしら」


”……これが食事なのか?”


 ピレシーが絶句する内容の食事である。なんといっても目の前にあるのは、獣の肉をそのまま、塩コショウのような調味料を軽く振りかけただけの生肉なのだから。食の魔導書としては、これを到底料理としては認めたくないのである。

 もちろん、生肉を食べるような文化だってあるので、食事には変わりはない。だが、あまりにも処理が杜撰すぎて、料理とは呼べたものではなかったのだ。


”魔族の体なら耐えられるだろうが、人間ならばあっという間に腹を壊す。料理というのであれば、多くの者に安心して食べてもらえるものでなければならぬのだ”


「なるほどね」


 ミルフィはピレシーの言い分に納得した。


”主、いっその事、ここでも先程のように調理をしてみてはいかがかな?”


「ほえ?」


 突然の提案に変な声の出るミルフィだった。


「どうなされたのですか、姫様」


 侍女のティアがミルフィに声を掛けてくる。急に声を出すものだから、驚いて心配になるのは当然だろう。

 しかし、ミルフィはティアの言葉に耳を貸さず、ずっと考え込んだように黙っていた。


(それもそうね。せめて自分がおいしく感じるいいものを作るのはありかも。我慢しながら食べてるんじゃ、食べた気にならないものね。それに……)


 ミルフィは人間の街での出来事を思い出していた。

 ピレシーの示す調理法に従って作った料理を、人間たちはおいしそうに食べていたのだ。その時の顔がどうしても頭の中でちらついてしまう。

 それが浮かんだ時、ミルフィは立ち上がってしまっていた。


「姫様?」


 ティアが驚いた顔でミルフィを見ている。


「ティア、厨房に行きますよ!」


「えっ、姫様?!」


 出された料理を持って、厨房へとすたすたと歩いていくミルフィ。


「ピレシー、この状態から作り直しってできるかしら」


”可能だな。ただ調理法が限られる”


「だったら、それを教えてちょうだい。私、やってみせるわ」


”承知した”


 出された食事を運びながら、ピレシーからレシピを受け取るミルフィ。それを頭の中で確認しながら、ミルフィは料理を決める。


「これにしましょう。単純に食べてみたいわ」


 侍女のティアに追いかけられながら、ミルフィは厨房へとたどり着いた。


「ひ、姫様?! 一体どうされたのですか?」


「厨房お借りします!」


 魔王女であるミルフィの登場に慌てふためく料理人だが、ミルフィはそれに構わず厨房の中へと入り、調理を始めようとしていた。

 厨房の中にある設備と調味料を確認するミルフィとピレシー。そして、ミルフィが決めた料理が作れる事を確認すると、周りの料理人たちの戸惑いをよそに調理を始めてしまった。

 ミルフィは持ってきた自分に出された食事を調理台の上に置くと、風魔法でバサバサと切り刻んでいく。

 雑ながらにも存在する魔界特製のパン、それに魔界鳥の卵、ボアの脂。これらを取り出すと、ボアの脂を風魔法で薄くスライスして鍋に入れて火にかける。パンも同じように風魔法で細かくして、魔界鳥の卵は割って撹拌する。


「ピレシー、タイミングは任せます」


 小さく呟いたミルフィは、十分温まった脂の中に、卵とパン粉をまとわせた肉を脂の中に投入した。

 そう、ミルフィが作っているのはボアカツである。実は揚げ油として使っているボアの脂は、食卓に並んだ肉の塊の余りものだったのだ。

 食の魔導書たるピレシーの力で、適切に揚がっていくボアカツ。そして、ミルフィの食事として出された肉の塊は、すべてボアカツへと姿を変えたのだった。

 魔王城の料理人たちは、そのミルフィの手際の良さに驚いていた。

 ミルフィは上がったボアカツをじっくりと眺める。そして、思い切りかぶりついた。


 サクッ!


 いい音とともにミルフィの顔がぱあっと明るくなった。


「この食感、味……、おいしい!」


 騒めく厨房である。

 味見をしたミルフィは、作ったボアカツを風魔法で切り分けていくと、


「みなさんも食べてみて下さい」


 見ていた料理人やティアに勧めた。

 結果としてボアカツは好評だった。一口サイズの試食とはいえ、味わった事のない食感にみんな驚いていたのだった。

 その様子を見ていたミルフィは、心の中にある決意を固めたのだった。

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