第4話 魔王女、レシピを教える

 ミルフィが作ったシチューはものすごい勢いで全員の胃袋の中へと消えていった。


「うまい! こんなシチューは初めてだぞ!」


「これは……、本当に同じ材料で作ったのか?」


「ふえぇ~、ほっぺたが落ちそうです……」


 客席で食べた人物たちからは、揃いも揃って絶賛の嵐が巻き起こっていた。この状況には作った本人であるミルフィも驚きを隠せなかった。

 それもそうだろう。なにせ、料理をした事自体が初めて。ピレシーが与えてくれた知識通りに作ってこの味なのである。自分自身で信じられないミルフィなのである。

 だけども同時に、料理に対して可能性を実感していた。同じ材料でもこれだけ味に差が出るのだ。手の加えようで今の料理はいくらでも化けるはずだと、ミルフィの中で何かがふつふつと湧き始めたのだった。

 その時だった。ミルフィに対して店の料理人が近付いてきた。

 さすがに勝手な事をしたので怒られるのではないかと身構えてしまう。なにせその表情はすごく険しかったのだから。

 次の瞬間、片をがしっと強めに掴まれるミルフィ。これにはミルフィの護衛が剣に手を掛けてしまう。


「すまない。このシチューのレシピを教えてくれ!」


 しかし、次の瞬間に出たこの言葉に、全員が驚きの表情をしていた。なにせこの店で一番偉い料理人のが言い放った言葉なのだから。

 しかも相手はどこの誰とも分からないお嬢様という設定のミルフィである。

 普通なら素性も分からない相手に教えを乞うというのはするものではないだろう。だけど、そんな気持ちも吹っ飛ぶくらいに、この料理人はミルフィの料理に感動してしまったのである。はっきり言って予想外の展開だった。

 はてさて、ミルフィはどうしたものだろうかと悩んでしまう。

 シチューのレシピは自分で考えたものではないし、ピレシーに聞いてみた方だいいだろう


「ピレシー」


 ミルフィはぼそりと呟く。


”我は伝えても構わないと考える。それを選ぶのは主だ”


 呼び出しに応じたピレシーはそう答えた。つまり、ミルフィがいいと言えばよく、ダメといえばダメ。ピレシーはそういう立ち位置のようである。

 ふむ、と考え込むミルフィである。

 ふと何かを感じて周りを見てみると、全員がじっとミルフィの事を見ているではないか。これには思わずぎょっとしてしまうミルフィだった。自分の連れてきた従者たちもじっと見てくるので、ミルフィは正直焦っている。しかし、さすがに視線に耐えきれなくなってしまう。


「分かりました、教えます。教えるからその視線はやめて下さい!」


 両腕を下に突き出して、叫んで訴えるミルフィである。

 教える貰えると分かると、料理人たちやその場にやって来ていた客たちが揃いも揃って喜んでいる。その浮かれた様子を見て、ミルフィはものすごく複雑な顔をしていた。


(はあ、頭が痛いわ……)


 ため息を吐いたミルフィは厨房へと入っていく。その後ろには料理人たちがついてくる。

 作業台の前に立つと、ミルフィはさっき作ったシチューを再び作り始める。ただし、今回は教えるために作業を見せながらである。

 正直いうと、ミルフィはものすごく緊張していた。これだけの人に見られながら何かをするというのは実に初めてだからだ。しかも料理人たちの視線がとても真剣なのだ。


”主、我がフォローするので安心されよ”


 ピレシーが励ましてくれていた。その言葉を聞いて、ミルフィは少し気持ちが軽くなったようだった。

 食材の処理から調理の手順まで、ミルフィはしっかりとこなしていく。料理人たちは自分たちとの違いをしっかりと確認しながら、ミルフィの調理を注視している。

 どちらも真剣である。


「ふむふむ、先に肉と野菜に火を通しておくのか……」


「火力を落としてじっくり煮込むのか……」


 目から鱗と言わんばかりの料理人たちである。

 今まで適当に作っていたと言わんばかりの状況だった。しかし、ピレシーから知識を得て作っているミルフィは、とりあえずその反応は聞き流しておいた。とやかく言える立場ではないからだ。

 しばらくして、二度目のシチューが完成する。でき上がりを味見してみるが、やはりおいしい。これは見学していた料理人たちも同じように感じていた。


「今までの味で満足していた自分たちが恥ずかしい……。ありがとう、おかげで目が覚めた」


 ミルフィを見ながら、脱帽して頭を下げる料理人たちである。

 驚いたものの、自分に対して頭を下げてくる姿に気をよくするミルフィである。

 だがしかし、これ以上人間の街に居るわけにもいかず、ミルフィは魔王城に帰る事にする。


「みなさん、私はこれで失礼致します。今日の事を忘れずにこれからも精進して下さい」


「はい、今日はありがとうございました!」


 料理人や客である人間たちに見送られながら、ミルフィは街の食堂を後にしたのだった。

 ごはんを食べに来たはずが、ごはんを作るはめになってしまったミルフィ。しかし、当のミルフィは晴れやかな顔をしていた。


(何でしょうね、この満足したかのような気持ちは……)


 城へと帰るミルフィは、不思議な気持ちを抱えていた。

 彼女の部下たちは、そんなミルフィの後ろ姿を不思議そうな顔をしながら見守っていたのだった。

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