第2話 食の魔導書

 ミルフィは次の瞬間、知らない空間で目を覚ます。


「どこ……、ここ?」


 意識を取り戻して周りを見回すミルフィだが、周囲には本棚が並んでいる景色しか目に入ってこなかった。


「まるで書庫のような感じ……」


 体を起こすミルフィ。しかし、服装をよく見ると変装中の姿ではなく、普段のお姫様スタイルだった。

 何がどうなっているのか混乱するミルフィ。

 だが、そこに突如として声が響き渡った。


”目が覚めたか、我が知識を求めし者よ……”


「なに? 頭の中に直接声が響いてきます……」


 急に聞こえてきた声に対して、頭を押さえて顔を青ざめさせるミルフィ。いくら魔族だとはいっても、突然声が聞こえてきたら怖がってしまうのである。ミルフィはまだ幼いという事もあるから、なおさらだった。


「一体、なんなのですか、この声は……」


 顔をさらに青ざめさせてぶるぶると体を恐怖で振るわせるミルフィである。


”……すまぬ。そこまで怖がらせるつもりはなかった。姿を見せよう”


 この声が響くと同時に、目の前で光が収束していく。そして、集まった光が軽く弾けると、そこには一冊の本がぷかぷかと宙に浮いていた。


”我が名は『ピレシー』。食に関するありとあらゆる知識が収められた魔導書だ。食べ物の生産から加工法、調理法、そして、それに付随する魔法のすべてが記されている”


「なんですって?!」


 ピレシーが自己紹介をすると、ミルフィが激しくそれに食いついた。

 なんといっても食に関するあらゆる知識が記されている。これがミルフィの興味を引いてやまなかったのだ。


「それを、それを早く教えて下さい。ごはんがおいしくなさすぎて、私の我慢はもう限界なんです!」


 そう言いながら、ミルフィはピレシーを鷲掴みにしていた。本を破ってしまいそうな勢いである。


”痛い、痛いぞ、食の道を求めし者よ。魔導書とはいえデリケートなのだ。もう少し丁寧に扱ってもらいたい”


「あ、ごめんなさい……」


 咎められて慌てて手を放すミルフィである。ミルフィの手から離れたピレシーは、再びその場でふよふよと漂い始めた。


”……我を見て驚くのも無理はないだろうな。ちなみにここは現実から切り離された空間。我がそなたの意識をここに引き寄せたのだ。現実のそなたは今気を失って倒れておるが、ほぼ時間は止まっているようなものだから心配は要らんぞ”


「あら、そうなんですね。それを聞いて安心しました」


 胸を撫で下ろしているミルフィ。その様子を見て、ピレシーは目の前の魔族が変わり者だと感じていた。

 第一、魔族でありながら食の魔導書である自分が共鳴して呼び出された事、この点からして既におかしい事なのだから。

 だが、目の前の魔族が食に関してものすごく貪欲なのは、先程の行動からしてすぐに分かったピレシーである。


”……すまぬが、そなたの名前を教えてもらえぬか。我と契約を結びたいのであれば、互いの名前が必要だ。もちろん契約をするとなるとそれなりの代償を伴う事にはなる。その覚悟があるというのであれ……”


「契約ですか、構いません。よろしくお願い致します。私の名前はミルフィと申します」


 ピレシーが語り終わらないうちに、ミルフィはかぶせるように喋り出した。これにはピレシーもドン引きである。魔導書に引かれるとはなんという事なのだろうか。


”よいのか? 我と契約するという事はそれなりの代償を負う事になる”


「構いませんわ。私は、おいしいごはんが食べたいのです。そのためであればあらゆる努力を惜しみません。もちろん、私がいつでも食べられるようにみなさまにも広めて参ります」


”……その覚悟、偽りはないな?”


「もちろんです」


 ミルフィの目は迷いなくピレシーをずっと見つめている。これにはピレシーの方が先に折れた。


”分かった。まあ代償というのは大したものではない。我と契約を行い、魔力共有を行う事になるだけだ。我との魔力共有では、我の知識を引き出すために相応の魔力を契約者から頂くというものだ。よほどの事がなければ魔力切れになる事はあるまい”


「承知しましたわ」


 代償の部分を聞いても、ミルフィの決意はまったく分からなかった。その瞳の輝きに、ピレシーは確かな意志を感じ取った。


”分かった。では、手を前に出して、我の表紙部分に触れてくれ。手はどちらでも構わないが、できれば利き腕の方がいい”


「分かりました」


 ミルフィは利き手である右手を前に出して、ピレシーの表紙に触れる。


”食を極めし魔導書ピレシーが命ず。新たなる食の求道者たるミルフィに、我の知識を授けん”


 ピレシーが魔力のこもった言葉を連ねると、ピレシーとミルフィの居るあたりに眩いばかりの光があふれていく。

 そして、光は空中へと舞い上がり、ミルフィへと降り注ぐ。


「うっ、くぅ……」


 光がミルフィへと取り込まれていくが、その際にミルフィに少しばかりの痛みが走ったのだった。

 完全に光がミルフィに取り込まれると、


”うむ、これにて契約完了だ。必要な時はいつでも我を呼び出すといい。必ずや力になろうぞ”


 ピレシーは嬉しそうに空中で体を揺らしていた。


”無事に契約も終えた事だ。そなたの意識を現実へと戻そうぞ”


 ピレシーは魔法を使い始める。


”我はいつでもそなたの側に居る。我は食を極めんとする者と共にあるのだ……”


 再び光に包まれたミルフィは、その意識をまた失ったのだった。

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